サイン会
「サイン会?」
「ええ。その」
出版社の社員さんが畏まって述べていた。
「先に頂いた原稿……古典童話集が想像以上に好評でして。王族から平民まで分け隔てなく」
「それはいいことで」
その分、印税も入る。銀行手形も貰った。
「有名な演劇団から打診が来たり、吟遊詩人も語りたいと」
「そこら辺の利権関係は任せます。印税さえ貰えれば文句言いませんので」
「弊社が利益を独占しても良いと?」
「お世話になっていますし」
「けど王属の演劇団に脚本を使われたらネームバリューが凄いことに……」
「いいんじゃないですか?」
それで、
「サイン会ですか」
「ええ。場所はここで。新刊の発売と同期させる形でどうでしょう」
「それはいいんですけど」
「では少し予定を詰めまして」
サイン会についてのアレコレ。
「今回の原稿も喜んで出版させていただきます。悲恋の語り手ベルナシオン先生の真骨頂でしょう」
考えたのはシェイクスピアですけどね。
てなわけで第二弾は『ロミジュリ』。
互いに険悪な家柄の男女が恋し合い、葛藤し、想い合い惹かれ合う……ロマンス譚。
「胸を突く作品です」
わかります。私も読んで面白かったですし。完全に贋作になるんですけど他に私の持つ能力ってありませんしね。
「最初から五百部刷らせて貰います」
「爆死しませんか?」
「売れますよ。古典童話集は既に国内に収まらない過熱を見せております」
「そうなので?」
「なんでも王族の皆々様が布教したらしく、ベルナシオン先生の名は轟いていますよ」
「はー、私を見て失望したりしないですかね?」
「大丈夫ですよ」
何を根拠に。
「お嬢様は可愛らしいですから」
カッホまで。
「なのでとりあえず概算だけ印税を算出したんですけど……」
うげ。生臭い値段。
「こんなに受け取ってよろしいので?」
「正当な報酬です。ベルナシオン先生にはお世話になっていますので。なにより弊社に活力を与える作品はそれだけでプラスですから」
「はあ」
ボンヤリと呟く。そんなこんなで出版社での次の原稿お届けも済んだ。出版社を出てちょっと背伸び。
「どうなさいましょうか?」
「チェリーガールが街角ライブするから見に行きましょう」
「お嬢様の歌ですね」
「だからアレは私の創作じゃないんですって」
「伝道師も大切な存在ですよ?」
「そこは否定申しませんけど~」
そんな感じで街を歩く。ちょっとは慣れた。周りの視線も冷たいけど、悪意とは少し距離を取る。
「スミダリバー……か」
花が聞こえてきた。ミスター滝。
「お嬢様」
「良く仕上げましたよね」
カッホも私も感動します。で、ま、音楽サークル、チェリーガールの面々の街角ライブには異様に人が集まっていた。ソング。歌詞つきの音楽が珍しいらしく、花や茶摘みを呟く人々が。
「どうも」
顔を出す。
「「「「師匠!」」」」
チェリーガールの面々の晴れやかな笑顔と、
「「「「「師匠?」」」」」
こっちを見て困惑する住民の皆様方。
「……毒嬢」
「……高慢ちき」
「……あの公爵令嬢」
妥当な評価ですね。
「どうでした師匠!?」
「良い歌でした。精進しましたね」
「「「「うし!」」」」
チェリーガールの面々のガッツポーズ。おひねりが投げられる。
「ライブは終わり?」
「そんな感じですけど」
「じゃあちょっと余興やっていい?」
「「「「師匠になら喜んで!」」」」
クラシックギターを貸して貰う。
「「「「「――――――――」」」」」
立ち見の客がどよめいた。私の悪名は轟いている。けれど音楽は別人だ。別物が正しいでしょうか? ともあれ音に罪は無い。
「では一曲」
ちょっと弦をチューニング。
「ミスターベートーヴェンより交響曲第九番。仮称、歓びの歌」
「交響曲?」
ポロロンとかき鳴らす。指弾きで。私が謳うのは歓びと翼の歌。
「「「「「――――――――」」」」」
衆人環視がどよめいた。声の方は……何とかついていけている。
きっと諸々がこの曲を聴いて歓喜に打ち震えるだろう。
しばらく第九を演奏しつつ、歓びの歌を口ずさむ。うーん。この瞬間は好きかもですね。文字を連ねているときと同じ幸福が私を襲います。しばらくして曲が終わると、
「「「「「――――――――!!」」」」」
「「「「「――――――――ッ!」」」」」
スタンディングオベーションがかき鳴らされました。
「うわお! すごい歌詞と旋律!」
「さすが師匠!」
「そこに痺れる憧れる!」
「教えてカノン先生!」
チェリーガールの面々もキラキラした瞳をしていました。
そして少女は伝説になる。伝説になったのはチェリーガールだったけど。歌詞付きの音楽を発露した謎バンドサークルは一日で街中の心を射止めたわけで。茶摘みと花は人々が口ずさむまでになった。第九? さすがに一回聞いて歌えるようになるなら嘘だ。
*
時は少し流れ。
「で、サイン会と」
まぁ古典童話集の増刷とロミジュリの出版。印税はちょっと「申し訳ない」と謝ってしまいそうなほど貰ってしまった。カッホに恩返しできると良いけど。サイン会に参加できるのはロミジュリを買った人だけ。しかも先着五十名。本に直筆で私がサインする。アコギな商売だ。
「お姉様……! いえベルナシオン先生……! 古典童話集……とても面白かったです……」
まぁ毎度の様にクオリア殿下が。オリビアもいた。憎まれ口叩いていたけど。
「え? ミズ・カノン?」
学園の生徒にも顔がばれた。悪役令嬢……闇使いの毒嬢カノンです。何か?
サラサラとサイン。
「ベルナシオン先生! 貴方は神です!」
乙女艦隊まで出張る始末。街での布教は彼女らにも一定の功績があるらしい。
「光栄ですよ」
「カノン。お前は……」
「これはクロノス殿。読まれたので?」
「……面白かったぞ」
「さいですかー」
次。
「生徒カノン……ッ」
えー。教師までー?
そんな御様子でサイン会は終わった。出版社で売り出したロミジュリはその日のうちに完売。いきなり重版。評価は日が経たないと分からないので、そこは今後に期待。
「カッホはどう思います?」
「面白かったですよ。新機軸で」
そりゃそーでしょ。彼の人は究極の天才だ。
「お姉様……」
クオリアが抱きついていた。サイン会終わったんだから帰っても良さそうな物ですけど……。
「読んだら感想をください」
「あう……。いの一番に……」
「そちらは?」
「貴方本当にカノン嬢?」
「どうなんでしょうね実際」
オリビアさんも手厳しい。
「ま」
ポンポンとクオリアの頭を叩く。
「いきなり噛みついたりはしないので、そこはご安心を」
「それで貴方の何を安心しろと」
「自重するって事ですよ」
「それと演劇団が脚本を求めて」
「そっちは出版社と話をつけてください」
私はハンズアップ。
「で、お腹が空きました。奢ってください。カッホの分も」
「構いませんけど……何を食べましょうか……?」
「贅沢は言いませんよ。出来ませんしね」
「出来る……よ……?」
「真の贅沢は足を使う物です。肉は牧場。魚は港町。山菜と川魚は山でこそ美味しく食べられますし」
「おおう」
「ヤマメが食べたいですねー」
こっちの世界にいるかは別として。
「で、そんな御様子なので食堂で済ませ――」
「――カノン=ベルナシオン!」
「…………なんでござんしょ?」
見たことのある制服は学園の物。
「この外道が!」
「そりゃ外道ですけど」
「クオリア殿下とオリビア殿下を惑わす毒婦め!」
「乙女なんですけど……」
「クロノス様まで籠絡するか」
「いえ。あんまり興味もないですね」
「カノン~ぅぅぅ……」
何かクロノス殿が情けない声を出した。
「お前みたいな毒嬢がその御方々と一緒にいて良いわけあるか!」
「ですよねー」
何にせよ唾棄されるのは慣れている。
「許すまじぃぃぃ!」
とは愛すべき学友。
中略。
「
私は闇魔術を披露。一応のところ
そのまま影縛り。
「解け卑怯者!」
「仕掛けてから文句言わないでくださいよぅ」
実質的に正当防衛だ。
「ついでに腕を千切ったり出来て……」
ミシィと襲ってきた学友の腕が鳴る。正確にはその関節が。
「――ひっ!?」
「四肢ちぎり取ってオブジェにしましょうか?」
「闇魔法ってそんな事が出来るのか?」
「嫌われ者の属性ですし」
「自分で言うなよ。カノンも今は真面だろう」
「アレだったら切っていいですから」
「また君はそういう……」
クロノス殿もお疲れの御様子。
「で、いいんですけど」
影を操って無理矢理動きを強制すれば骨と筋肉ごと関節を粉砕できるんですけど……それはちょっと気が引ける。
「私って何なんでしょうね?」
「この世の希人カノンお嬢様にございます」
カッホは人が良すぎる。
「テメェはぁぁぁ!」
「そこまでだ」
クロノス殿が剣を抜いた。鮮やかだ。
「視界内での不当な暴力は罰則対象だぞ」
何時間合いを詰めたのか。学友の首筋に剣が添えられている。ギラリと輝く金属光。
「こんな奴を庇ってどうしますクロノス様!」
「幼い頃からの知己でな」
「憶えてませんけどね」
「だからお前様は一々……」
ジト目になるクロノス殿で。
「惚れているんですか!?」
「それはお前に語ることでもない」
そりゃ完全に嫌われているんですけど、そこまで言わなくても良いのでしょう。
「殺すぞカノン=ベルナシオン!」
「元々拾った命ですしね」
「お嬢様ソレは……」
「安易には捨てませんよ。カッホのお茶は飲みたいですし」
「恐縮です」
「闇魔術……すごいです……」
「序の口ですけどね」
「まだあるので……?」
「ソレはもう色々と」
「ふわぁ……ふわぁ……ふわぁ……」
クオリア様のお目々がキラキラ。
「あんまり人を害する類は使いたくないんですけど」
「お前がソレを言うか」
やっぱりジト目のクロノス殿でした。
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