茶摘みと花


「くあ」


 異世界にはインフラがないので不便な点はあれど、魔法でソレを補っている側面もある。たとえば火魔法でお湯を沸かしたり、水魔法で綺麗な水を確保したり。元々の魔法使いの絶対数が少ないので、恩恵に与れられることが出来るのは一部なんだけど、この学園は例外。


「しかし暖かい季節……」


 日光の清々しさはこっちの世界が上です。


「お嬢様。お代わりは?」


「頂きましょう」


 水出しの緑茶を陶器に注いで飲んでいた。ここら辺は元日本人の面目躍如。やっぱりお茶には風景と日光が良く似合う。あたりはさざめくように笑っていた。もちろん私への嘲笑。貴族にはお茶会の習慣があるのだけど、私はさっぱり呼ばれない。強がりを言えば、殊に呼ばれなくても良いんですけど。


「今度また茶畑に行きましょうか」


「承知しました。お嬢様」


 日光ポカポカ。風そよそよ。


「ちなみにクラシックでしょうか?」


古典作品クラシック?」


「あー、やー、いわゆる音楽ですね」


 そういや時代考証そのものがクラシックだった。


「音楽演奏には幾つか部活もありますよ。お嬢様もピアノは弾けるでしょう?」


「いやまったく」


「あれ?」


 元公爵令嬢なら習ってるかもしれないけど、わたしゃには関係ございませんので。


「でもこんなタダで聞けるのは嬉しいことですね」


 お茶を飲みつつ耳心地よく。聞こえてくるのは弦楽器と管楽器のコラボレーション。うーん。お茶が美味しゅうございます。


「で」


 演奏が終わり小休止の音楽系サークル。


「貴方です」


「ふにゃ?」


「貴方は何様ですか?」


「いやま。通りすがりの茶人です」


 コクリと飲茶。湯飲みを傾ける。


「毒嬢め」


「真ご尤もで」


「何時もの様にプロを呼んではべらせればいいではないの?」


 毎度ながら過去カノンは金の使い方を間違っている。


「あなた方の演奏にも心打たれますよ」


「どの口が」


 この口なんですけど。


「休憩ならお茶でも飲みませんか? なかなか美味く淹れられたのですけど」


「何のおつもりで?」


「南無観世音菩薩のお導き」


「?」


 そうなりますよね。


「ままま。まずは一口。毒も入っておりませんので」


「緑色なんですけど」


「醸してないのでコノヤロー」


 音楽サークルにお茶を振る舞う。こっちの世界で緑茶は珍しく、ついでにヒット率が高いのも確認済み。そんなわけでサークル女子の好感触は予定調和でした。


「美味しい……さすが貴族」


「ペーペーですけどね」


「なんていうお茶なんです?」


「そのままグリーンティーです」


「爽やかな心地になりますね」


「それはようございました」


「それにしても。ふむ」


 音楽サークルの一人がお茶を飲みつつこっちを伺う。


「人の噂も役には立ちませんね」


「何のことでしょう?」


「カノン嬢に関しては悪評ばっかり聞いていたので」


「あー」


「こうして話してみると礼節も謙虚も整っていらっしゃるし」


「顧みて猛省しただけなんですけどね」


「なんか遠くから見る分には嫌みったらしいオーラ振りまいていた気もするんですけど」


「ブランニューカノンですので」


 いやマジで。


「ところで」


「はいはい。あ。お茶お代わりを」


「カッホ」


「承ってございます」


 使用人がいるだけ、平民からはちょっとズレているらしい。


「イケメンですね」


「恐悦の限り」


 サークル女子もそう思うようだ。実際に私の誉でもある。


「六弦琴を貸して貰っても?」


 ピッとシートに置かれた楽器の一つを指す。


「貴族の御令嬢ならピアノの方が宜しいのでは」


「生憎とそっちはど忘れしまして」


「大丈夫ですの?」


「私は元気に生きています」


 で。


「どうでしょうか?」


「いいですけど」


 女子生徒が快く貸してくださいました。


「ん~」


 ポロロンと弾いてみる。弦の張り方。音の振幅。


「こっちが半音ズレてるかなぁ」


 調整しつつ、弦を弾く。


「弾けるので?」


「趣味嗜み程度なら」


 ポロロンと鳴らす。


「ピアノやバイオリン……ハープやフルートみたいな高尚な物は無理ですけど」


「それは貴族グループのサークルですね」


 あー。そんな御様子で。


「こっちは平民のサークルなのでギターや縦笛なんかがメインです」


 値段に格差があるらしい。たしかに私の世界でもバイオリンはときに人命より価値の在る物として売り買いされていたけれど。


「何を弾くんですか?」


 別の女子生徒が尋ねてきた。


「ではお茶を飲んでいるんですし。茶摘みでも。季節柄の選択的にも」


「ちゃつみ?」


 タイトルを聞いたことがないのでしょう。むしろ知っていたらこっちが驚くレベルです。


「あ、あー」


 喉の通りも確認する。声の質自体は肉体に依存する。中々明朗な発声ではあり申しましょうぞ。ギターをかき鳴らす。コードは不思議と憶えていた。


「夏も近づく八十八夜――」


 趣味の範囲で良いなら、ここら辺は可能領域。


「摘まにゃ日本の茶にならぬ――と」


 あっさりと終わる。


「どんな感じで?」


「「「「……………………」」」」


 帰ってきたのは沈黙。


「あれ? 滑りました?」


 空気が不穏です。


「す」


「酢?」


「凄い!」


 サークル代表がグイと顔を近づけ申し。距離が近いですよ。


「何その歌!?」


「既述の如く、茶摘みと申し」


「いや。タイトルって言うか! 普通に詩文乗せたよね!?」


「はあ」


 それが何か?


「しかも弾き語りじゃ無かった!」


「なんていうかむしろ詩文が曲に適合してたっていうか!」


「そうだよね! 調和があったよね!」


 サークル女子が悉く感銘していたようで。


「なにかおかしな事をしましたか?」


「逆! 凄い!」


「吟遊詩人とかするでしょう?」


「アレとは別に! 言葉に音楽が追従するんじゃ無くて! カノンの場合、音楽に言葉が追従してたし!」


「貴族趣味の音楽には詩文なんて乗らないし!」


「しかも音楽と詩文が完全に調和してるし!」


 なるほど。ミュージック……というかソングの文化が未熟なのか。


「何処で知ったの!?」


「これも日頃の行いが守護天使がですね」


 嘘八百を並べ立てる。


「なんなら教えて!」


「えー」


「音楽の新たな可能性だよ!」


「文化黎明だよ!」


「革命的だね!」


「そのうえ先進的で先鋭的!」


 さほどのこっちゃないんですけど。まだ抱いているギターを鳴らす。


「他にはないの!?」


「簡単な物しか弾けませんよ?」


「ソレで良いから!」


「では次。ミスター滝から……華」


「「「「……………………」」」」


 沈黙。というより空気を読んだのでしょう。ギターをかき鳴らす私に、サークルは興味津々の御様子で。


 ビューティフルスプリング――。


「「「「おー……」」」」


 ――――――――。


「「「「おー」」」」


 ――――――――。


「「「「おー!」」」」


「お耳汚し。失礼しました」


 ギターを鳴らして、終える。そして持ち主に返した。


「すごいテンポの良い曲! こっちも詩文が曲に調和していましたし!」


「隅田川って何です!?」


 日本にある名物ですよ。言ってもしょうがないんですけど。


「お教えください!」


「伝授してください!」


「師匠!」


「先生!」


 うーん。文化の勝利。カノンロックとかも弾けるんだけど。


「じゃあコードですけど……」


 そんな感じで新たな可能性を広げていく。


「さすがお嬢様です」


「お兄様じゃないのが悔やまれますね」


「?」


「いえ。なんでもございません」


 妄言です。よしなに。


「ええと。こうですか?」


「指の配置は……」


 とギター役の女子に手取り足取り。他のメンバーも各々の楽器で茶摘みと花に音を合わせていく。楽譜は頭にあるので問題ないんだけど、さすがに打楽器の調子までは観念していない。打琴系は普通に無理だ。


「じゃあメロディからこっちは――」


「ていうか誰が歌うので――」


「あー。いきなりだから考えてないよぅ――」


「――師匠はどう思います?」


 なんか師匠呼ばわりがデフォってどうなんですかね?


「普通はギターがボーカルを兼任しますね」


「引きながら語れって!?」


「この分野では『歌う』と言いますよ」


「でもボーカルって。オペラ歌手じゃ無いし声に自信は無いんだけど……」


「名案発見! 師匠! 歌ってください!」


「え? 専門ボーカル?」


「あー。それいいかも。さっきの聞く限り声の通り良いし」


「ていうかこれからも教えて貰いたいし!」


「じゃあカッホ様がサークルのお手伝いで」


「えー……」


 珍しくカッホが困っていた。ちょっと希有な光景。


「文化大革命ならカノン様を御旗にするのが一番良い気もするし!」


「実際に話すと良い人だしね~!」


「しかもギター普通に弾けるし!」


「お茶も美味しいし!」


 緑茶はウケたらしい。


「いや。私にも固有時間が……」


 フェアリーテイル綴りたいし。次はロミジュリ。シェイクスピア万歳。


「ちょっと監督してくれるだけで良いから! 今度、街でライブがあって!」


「茶摘みと花なら良いところ行くと思うんだ」


「いや他にもライブ寄りな曲はあるんですけど……」


「「「「マジで!?」」」」


 いかんざます。炉に燃料を投下してしまいました。


「いや。その。私も教えられた身で……」


「「「「私たちにも教えてください!」」」」


「いやどうだろう?」


 著作権的に。井上○水とかギター向きなんだけど。


「なんでしたら教えるだけで良いんで! ボーカルはどうにか!」


「臨時コーチ的な!」


 あんまり大手を振って自慢できる事柄でも無いんですけどね。


「あと作詞と作曲のコツを……」


「それは無理」


 私に出来るのは既に完成された作品を伝導するだけだ。私のオリジナルは持っていない。


「とにかくまずは茶摘みと花を憶えてください」


「「「「はい師匠!」」」」


 季節柄マッチはしているのだろう。


「ソレらを弾けるようになったらまた教えて差し上げますので」


 なんか悪役令嬢的にどうなんだろう? 普通にボランティアな事をやっているような。


「カッホ。お茶を……」


「どうぞお嬢様」


 阿吽の呼吸もここまでくれば清々しい。


「しかし変なことになった」


 青空とお茶。春うららかなりし。


「ながめって何某に例えるべきでしょうかね?」


 心地よくサークルメンバーも歌う。


「不思議な物で」


 言語的に七五のリズムは損なわれていないらしい。文字違うくせに。


「こうなると平家物語も受けそう」


 こっちを嘲笑する貴族令嬢の哀れみも、どこか空気が白けていた。たしかに平民を味方にすれば当惑も必至ですか。普通に考えて一番嫌われそうなのが私ですしね。悪役令嬢万歳。オンマカシリエイジリベイソワカ。

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