乙女艦隊
「うーん……」
魔法の授業中はちょっと考え事をしていた。
「それでは講義の復習については各人キッチリと」
と促されてソッチへ。
自然法則や物理学はこの際考慮しないとしても、普通に魔法は有り得なかった。言ってしまえばこの世界の魔法はどっちかといえば超能力に近い。汎用性ではなく一点特化という意味で。まず魔法に適性があるかどうかは運否天賦。そこから自己に内在する『属性』と呼ばれるタイプを探ることになる。
基本属性である――火、水、土、雷、風。
さらに特殊属性である――光、闇。
ついで固有属性と呼ばれる意図不明の属性を持つ魔法使いもいるとのこと。
後者ほど属性の希少性は高く、私の属性は……何というか俗物的に政治的だった。端的に言って『闇』の属性だったのだ。さすがは悪役令嬢。ここを外さないとはやってくれるぜ。お約束というかツッコミ待ちというか。ただ公爵令嬢が『闇』という属性では外聞が悪かったらしく、固有属性『夜』となっていた。つい先日まで。
都落ちした私に学園も遠慮がなくなったのか普通に闇属性と定義されている。いや、まぁ、文句もないものだけど。
「しかし闇ですか……」
「ファイトですお嬢様」
相も変わらず笑顔の冴え渡るカッホがグッとガッツポーズ。
「まず魔力って何です?」
「魔法を使う力ですね」
そんな反射神経で答えられる質問は、した方が悪いのか、答えた方が悪いのか。講義終了後、私は大図書館に来ていた。まず特殊属性『闇』があまりに謎すぎて、知識として簡潔に先人の知恵を求めた結果だ。
「知らなくて良い事ってあるのね」
パタンと本を閉じて書架に戻す。あまりにひどかった。影で縛るとか、目眩ましに影を作るとか、夜を助長するとか。具体的な既述が皆無に等しくこれではまだ火や水の方が有益だ。過去の闇属性にもどれ程のことが出来たのかよくわかっておらず、特殊属性故か研究も進んでいない。
「闇、闇、闇……」
悪役令嬢らしい属性ではあるけど、ぶっちゃけ扱いに困ること甚だしい。
「まず闇とは何かって言えば、光の届かないことよね」
宇宙。影。こんなところか。本質として、光が特殊なのであって、宇宙とは闇が基本則だ。
――あれ? そうすると世界基準点として闇はあるのか?
宇宙の方は、恒星の光の間隙だ。影は光を遮った際に出来る闇。ほぼほぼ大気圏では後者だろう。
「……となると」
宇宙学に詳しくなくても知っていることはある。闇の究極系。完全に光を発さない空間が宇宙には存在する。
「ブラックホール?」
そう相成る。いや、出力するのは良いんだけど、場合によっては世界が滅ぶ。悪役令嬢であることを差し引いてもコレはいただけない。
「というか人間の独力で発現できるのか……」
次の本を取ってパラパラとめくる。
「影縛り。まずはこんなところですか」
相手の影に干渉し動きを止める闇魔法の基礎。もっとも害性が無く、ついでに一対一なら便利だ。
「お嬢様は使えますよね?」
それが出来たら苦労も無いわけで。こんな物理法則ガン無視のトンデモ現象を個人で達成しろというのだから異世界も侮れない。
「後は……もうちょっと応用が利く物質とエネルギーと」
こっちの世界には存在しない概念だ。ブラックホールと同じく。ただ物理では普通に闇属性なので世界翻訳さえ上手く行けば出来るかもしれない。ブラックホールほど破滅的でもないしね。
「講義で習うに……魔法は『
「さすがお嬢様です」
穏やかにカッホは微笑んでいました。ちょっと面白くない。
「ではイメージ」
むむむ、と想起する。根幹はさっき本に載っていた影縛り。だがさらにその発展型。
「で、ソング……」
こっちはちょっと恥ずかしいんだけど、
「私が望むは糸無き人形劇。その魂魄から精神の糸を握り肉体を支配せしめ。いざ此処に魔王劇に再臨と喝采せん」
「なんですその
いや即興です。影縛りのソングをちょっとアレンジして。
「
闇が此処に顕現する。
「――っ? お嬢様?」
「おー。本当に呪文通りの効果が現われるのですね」
本人の持つ『
「で、今使ったのは闇属性の基礎の影縛りを発展させた物で、人の影ごと肉体を乗っ取り……影によって動かす通りに肉体を自在に動かすという……」
「うわお」
感心なのかドン引きなのか。ちょっと彼の反応は分からなかった。
「こうすればカッホも私にイヤらしいことしてくれますよね?」
「お嬢様のお相手は畏れ多くも……」
「ま、肉体の表面上を操るだけなので心臓や肺や声帯は操れないんですよねー」
仮にそうだったら心肺停止から架空宣告まで自由自在だ。
「カッホに無理矢理愛を囁いて貰うのは諦めましょう」
「そんなことをお考えで?」
「それなりに」
ガキッと音がした。
「ところでこの魔術って維持時間はどれだけで?」
「先天的な
「じゃあ容量に優れた魔法使いの強魔法と、容量に劣っている魔法使いの弱魔法ではどっちが維持は難しいですか?」
「前者ですね」
なるほど。そう簡単ではあらじ……か。
「じゃ、理屈も分かったことですし」
パチンと指を鳴らして、創念を解く。トランスが解除され、強制影姿が消えた。
「お嬢様は遊びが過ぎます」
「いえ。唇くらい強制的に奪っても良かったんですけど、それも無念かなと」
「もっとご自愛ください」
「カッホ。貴方はもっと自分が少女にどう見えるか考えるべきですよ」
「然程の物では……」
自己評価については共感するけどね。私もカッホを仕えさせるほど自分に価値は置いてないし。
「では帰りましょうか」
パタンと手にした本を閉じる。日が差していた。ただし夕日。黄昏だ。
「緑茶も飲みたいですし」
「お嬢様。やはりグリーンティーは……」
「私が淹れますよ?」
「むう」
「そんなことで貴方に暇を出したりはしませんから」
「お嬢様の面倒事は全てわたくしが引き受けたいのです」
「でしたら自慰行為も引き受けて貰えます?」
「……………………」
あ。眼が死んだ。
ジョークにもならなかったらしい。どっちかってーと五蘊盛苦。
*
「で、まぁ」
学園から都市に下りた。寮部屋は生活空間だけど料理は出来ない。私にシェフを雇うゆとりも無い。ただちょっとお金に余裕はあった。出版料。生臭い話印税だ。まず二百部ほど刷ってみるということでちょこっと纏まったお金を貰った。売れ続ければ追加で貰う手筈だ。王族にも融通すると言うことで、契約を反故にはされないだろう。クオリア様が許すはずもないだろうし。記念に一冊貰って、とりあえず読んでいた。タイトルは古典童話集。古典作品を子ども向けに噛み砕いて童話とした短編集だ。赤ずきん。シンデレラ。桃太郎。滝廉太郎の詩など様々に。
「黒パンとベーコンと野菜炒めとコーンスープと……」
カッホも慣れた物で、私と食事を同席しており。これはかなり嬉しい。
「で、実際に本の売れ行きはどうでしょうね?」
古典童話集をツンツンと指先で叩いた。スープが跳ねるといけないのでちょこっと距離を取って。そんなことをしていると、
「貴方も買いましたの!?」
どこぞのお嬢が目を見開いてこっちに寄ってきた。ていうかどちら様で?
「何を?」
「古典童話集ですわ!」
「いや。これは……その……」
どうしたものか。
「同志ですわね!」
「はあ」
さいで。
「私たち乙女艦隊は現在! 古典童話集が話題ですわ! あなたも慧眼ですわね!」
まずその乙女艦隊っていうパワーワードにツッコみたい。
「流麗な文章。愛すべき表現力。テーマ性のある一貫したストーリー。哲学にドラマに考察の余地まである名著です!」
いやー、私の領域ではないんですけど。
「貴方も買いましたのね!?」
「そう相成りますか」
ちょっとこのお嬢……距離が近い。
「愛らしい乙女ですわ。その根幹が測れるような感性をお持ちですのね」
「いや、どっちかってーと嫌われ役です」
「?」
「カッホ」
「こちらのお嬢様は男爵令嬢……というのは世を忍ぶ仮の姿」
いや。仮も何も政治的に今は男爵令嬢ですけど。
「本来はクリスタルキング公爵令嬢カノン様に在らせられます」
「っ! あの!?」
「後騒乱奉り」
「光栄ですわ!」
はい?
「古典童話集に目をつけるご慧眼ですもの! その心は澄み切っているのでしょう! 噂の方が大げさに伝わっただけなんでしょうね!」
そう来ますか~。ん~。
「なんなら私から乙女艦隊に話をつけましょうか!? この街の乙女の情報網と嗅覚はかなり広範囲を網羅しているので噂になった流行をかなり早い段階で耳に出来ますわよ!?」
うーん。布教活動に余念がない。こっちが著者だと言い辛い。
「ちなみに貴方は古典童話集では何がお気に入りですの!? 乙女艦隊で一番話題になるのはシンデレラですわね。王子様との身分違いの恋! でもガラス靴が繋げる運命! ロマンスの中でも一大傑作ですわ!」
ペロー先生も草葉の陰で泣いております。私は……ただの伝道師で。
「ちなみに私の一押しは雉も鳴かずばですわね! 言葉の魔力と悲劇の演出……子ども向けの童話とは思えないメッセージ性が胸を打ちますわ!」
ちなみにソレ。普通に改編しています。本来父親が死ぬところを恋人に改悪しているので。
「私はどれも好きですよ?」
「甲乙付けがたいと言うことですか!?」
「あー、まー」
「分かります! どれも面白く! 切なく! なのに心を打つ! ベルナシオン先生は神ですわよね!?」
いや。神なのは著者であって……。
「お嬢様?」
そういえばベルナシオンって私は名乗っていませんね。カノンだけ。
「カノン様なら乙女艦隊も大歓迎ですわ! そちらの使用人ももちろん!」
「ソレこそご慧眼で」
「ちょっと恋愛関係だったり!?」
「だといいですね」
ベーコンを囓る。
「それでそれで!」
「あー。ツッコミ不在なので言ってしまえば……私は今……食事中で」
「あ」
そこでお嬢様は気付いたらしい。
「私ったら逸って……。失礼しましたわ……」
「いえいえ。お近づきの印にグリーンティーでも」
「グリーンティーですの?」
「茶葉を発酵させないまま炒ったお茶です。産地直送ですよ」
店内を奔り回るウェイトレスからお湯を貰って、淹れて差し上げる。
「綺麗な緑色ですわね……」
「元々植物は緑色ですので」
コトンとカップを置く。
「他者の感想を聞きたく存じ」
「では失礼して……」
お嬢は緑茶を飲む。
「不思議な味。けれども爽やかですね……」
「お口に合ったらよろしゅうございました」
「あの。失礼ながらカノン様は毒嬢と評された……」
「ええ。ですよ」
もうこの際、私のことだ。仮にドッペルゲンガーが出れば押し付けるレベル。
「なんなら噂の波及に乙女艦隊を使っても」
「考えておきます」
「同じベルナシオン先生に惹かれた同志! いつでも相談に乗りますわ!」
「そうですね。その時はよろしく御願いします」
「私は何時でも恋する乙女の味方ですので!」
鮮やかに彼女は笑った。去って行く彼女は手に古典童話集を持っていた。愛読しているらしい。ソレは嬉しいことではあるけども。
「で、ベルナシオン先生はどうなされるので?」
「美愛と悲恋の伝道師程度はこなしてみせますよ」
「お嬢様の次作もかなり気になるのですけど」
「ロミオとジュリエット。失楽園。白野弁十郎。ま、ここら辺が鉄板ですか」
「よくわかりませんけど」
「ロマンスですよ。ちょっとドラマ性のある」
実際はちょっとどころじゃ無いんですけど。
「御気の向くまま」
「カッホはソレで良いので?」
「お嬢様が穏やかに暮らせるならソレ以上を望みません」
「クリスタルキング家に戻りたいといったら?」
「裏工作はお任せください!」
「ジョークなんですけどねー」
「ですか」
だからそこで意気消沈しないでくださいよ。
「カッホが愛してくれるなら一緒に駆け落ちしても良いんですけど」
「わたくしはお嬢様を思っておりますので」
「それを言い訳に使われるのもなんだかなぁ」
「恐縮の限り」
「むぅ」
黒パンにベーコンと野菜を挟んで食べる私でした。
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