令嬢フェアリーテイル


「ふぅん?」


「珍しいですか?」


「古典建築の類はそうですね。出版社も此処に?」


「ええ」


 そんなわけで街中。私はカッホと並んで歩いていた。庶民気分というか……既に限りなく庶民に近似するんだけど。


「ふー? へー? ほー?」


「何かご入り用でも?」


「本とか読みたいんですけど」


「そうですね。出版社にいけば取りそろえておりますよ」


「活字印刷は文明的にどうなんでしょう?」


「何かお嬢様には懸念が?」


「いえ、まあ」


 ネット文芸とかあるわけもないし。というか年代的に印刷ってありなのかと。


「萌えられれば良いんですけど……」


「もえ?」


 そこはまぁスルーの方向で。カッホに説明するのも億劫だ。ともあれ庶民の格好で冷やかしをする。


「おお。初めて見た」


 とはアイロンだ。いや、アイロンは見たことあるんだけど、こっちの世界には加熱も蒸気もついていない。暖炉で炙って使う古典的な奴。授業で勉強はしていたけど実物を見るのは初めてだ。


「そして手縫いのオーダーメイド……」


 服屋さんの至高さはとても言葉にしづらい。合成繊維も無い時代なので綿やウールというのは何処か感傷すら覚えさせる。


「服を買いたいのですか?」


「いえ、珍しいだけです」


 買うにもちょっと。


「お嬢様に不便はさせませんよ。欲しい物があったら仰ってください」


「ではその通りに」


 とはいえ本当に我が儘は無理だ。ウチには金が無い。男爵の家系も都合あってのこと。経済的に言えば庶民の商人の方がまだ金は持っているだろう。食費と学費は公爵の家が既に払っているので此処では勘案しないも、正直なところ自由に動かせる貯蓄はかなり寂しい。


「その意味で記事が金になるならそれなりに安堵するんですけど……」


「お嬢様の物語は本当に面白いですから」


 出版社の場合は商業なのでそんなに甘くはないだろうけど。


「朝一で出版社。昼は外で取りましょうか」


「これは不徳といたすところ。レストランの予約はしておりませんが……」


「しなくていいです」


 一食で経済削ってどうするんでしょう?


「こんな金食い虫に付き合わなくて良いですから」


「わたくしの至らなさ故にお嬢様にはご不便を……」


「そんなカッホが大好きですよ」


 ケラケラと笑う。それから街中を歩きつつ、カッホに社会勉強を教授してもらう。

 そんな折り、


「カノン?」


「うげ」


 変な声が出た。声から人は推察できた。濡れ羽色の髪の好男子。最後に見たのは牢獄でのことだ。出所してからすっかり忘れていたけど、そりゃ向こうも死んだわけじゃあるまいし。クロノス殿だ。王家直属の騎士様。あるいは将軍か。ついでにオマケも。


「カノン様!」


「毒嬢……」


 こっちは女の子。牢獄でも見た済みきった瞳と濁った瞳。


「あー」


 サッとカッホの背中に隠れてすり抜けようとする。


「落ちぶれたもんだな」


「ええ。まぁ」


 世の中って奴は上手く行かない物で。


「学園で虐められてるって? 俺が助けてやろうか?」


「間に合っていますのでどうぞご心配なく」


 此奴らは苦手だ。皮肉はいえども邪意が感じられない。というかクオリア様に於いてはちょっと眩しすぎる。そのクオリア様が言う。


「カノン様……ご一緒しませんか……?」


「デートのお誘いですか?」


「はい……はい……!」


 うわ。皮肉が通じない。


「ちょっと。ウチの妹に近付かないでよ」


「だったら囲ってくださいよぅ」


 そっちの管理不足でしょう。


「デート……しましょう!」


「いえ、その、用事がありますので」


「どちらへ……?」


「出版社に」


「また物語を書かれたのですか……!?」


「趣味の範囲で」


「読ませてください……!」


「一応機密に相当しますので出版するのを期待していてください」


 普通に編集に切り捨てられるかもしれないですけど。


「私も……出版社行きます……」


「クオリア? ちょっと勝手な」


 御姉さんは当惑していた。気持ちは分かる。


「私からも……出版社に懇願します……」


 そういうのを職権乱用っていうんですけど。


「ていうかお前、遺書代わりじゃなきゃ物語は書かないって」


「まぁ何ゆえかこうやって生きてますし」


「俺に読ませろよ」


「売上に貢献してください」


「じゃあ俺も行くぞ」


「クロノス様まで?」


 クオリアの姉が当惑する。


「どっちにしろ街中のお忍び視察だろ? オリビアだってコイツの物語読んで感動していたじゃないか」


「ぐ」


 どうやらクオリアの姉はオリビアと言うらしいですね。聞きながら?


「そんなわけで」


 どんなわけでしょう?


 中略。


「とまぁ子ども向けの文芸なんですけど」


 恋愛要素を絡めた元の世界の古典童話集。著作権的に敵を適確に作りそうだけど、そこはともあれ。


「騎士や魔法の出ない物語は珍しいですね」


 出版社の評価も相応だった。いわゆるフィクションのジャンルだ。主に吟遊詩人が生活費を割り当てるために持ち込むことが多く、騎士や魔法をメインテーマにする事が多いらしい。私の場合は魔法がまぁ……ちょっとどうしたものかというレベルなので、そこら辺の題材は排してみた。他にも白雪姫やシンデレラなんて受けそうだけど。


「表現も富んでいますしメッセージ性もある。カノン様はどこでこの物語を?」


「天の啓示です」


 大嘘ぶっこいた。


「はぁ……素敵……」


 そして会議でいち早く内容を読んだクオリアがうっとりしており申した。いいけどそれ私の功績じゃ無いですからね?


「では契約の方なんですけど……」


 編集の方は難しい顔をしていた。


「この場合の一般的な原稿料は――」


 申し訳なさげに提示された金額は私の予想を超えていた。


「不足でしょうか?」


「というかそんなに払ってよろしいので?」


「完成度は間違いなく高いです。売れもするでしょう。ただ書物の市場は流動的なので……ちょっとどこまで払えば赤字にならないのかを考えれば安全マージンとして著者に払う原稿料にもそれなりに懸念がありまして」


「じゃあ印税とかどうでしょう?」


「お嬢様?」


 カッホが眉をひそめた。「またワケ分かんないこと言い出したぞ」とでも言わんばかり。お茶の直接契約からこっち、どうにも私の観念は突飛らしい。


「印税ですか?」


 出版業界にもまだ通用しないらしい。


「そっちの刷った本の値段。その一部を貰い受けたいのです」


 単純に印刷物の利益の一部を支払って貰う。


「これなら売れなくても出版社が困ることはありません。逆に重版した場合はその分こっちにも利益が通ります。とはいえ人気が出るかは時の運。安全パイとしては商業的に分があるのでは?」


「利益の……」


 さすがにこの世界の出版は薄利多売ではないので少し多めに貰わないと割には合わないんだけど。


「吟遊詩人や演劇の脚本料はこの際無視するとして、本の売れ方からちょっと一部を貰うという考えはダメでしょうか?」


 ニコッと笑ってみせる。




    *




「では出版の費用一部をお支払いすると言うことで」


 と契約を交して外に出る。本も買った。これは二冊ほど。こっちの文芸にも興味がある。もともと読書は好きな方だ。というか他に期待する物が無いが正しいけど。他人にはあまり期待しないし出来ないので、どうしてもビブリオマニアに奔るのは私のような腐乙女にはデスティニー。いや、腐ってないけど。けれども文字が読めないのはご愛敬。


「ん~」


 で、今は食堂で昼食中。


「あなた方は何なので?」


 私は当然。カッホも同じく。だがクロノス殿とクオリア様、ついでにオリビア様までいた。


「いや、どうせなら奢ってやるぞと」


「カノンお姉様のお話を……聞きたいです……!」


「付き合い」


 クロノス様の皮肉とオリビア様の唾棄はまあいいとして。クオリア様は私をお姉様と呼んでいた。いいのですかソレで。こっちは悪役令嬢ですよー。


「お姉様……! 次のお話の構想は……?」


「ロミオとジュリエット」


 アンデルセン先生と同じくらい尊敬している作家だ。童話とは違うけど、劇場文芸としては今でも通用する強作だ。シェイクスピアは完全に生まれる時代を間違ってる。私の元の時代に生まれなば伝説すら築き上げただろう天才だ。いや、既に伝説は造っているんだけど、もうちょっとこう経済的に上を行ったんじゃ無いかと。ワールドワイドな高次情報化社会的な恩恵として。


「どういうお話で……?」


「今の作品が売れなければ普通にボッシュートですよ」


「だったら私が……買わせて貰います……」


「ん~。無念」


 気に入ってくれるのは嬉しいんだけど、布教とどう違いがあるのか?

 私の好きな物語を起こしているも、どうもなぁ。パスタをアグリ。


「次回作も期待しております……!」


 ロミジュリって超絶重い物語なんだけど。もしかしてコッチでも『若きウェルテルの悩み』を伝導すると自殺者が出るのだろうか? いや名作ではあるんですよ?


「恋は障害が多いほど萌える……燃えるといいますか」


「お姉様は……悲恋の伝道師です……」


「私自身が好きですしね」


「抱いてください……!」


「え? そっち?」


「クオリア?」


 オリビア様も大混乱。


「お姉様の御心が……私には刺さります……」


 国連刺殺団。


「お姉様の御心に触れられるなら……あらゆるモノを排せます……」


 うっとり陶酔するクオリア様と、


「カノン……!」


 危惧するオリビア様。

 わたしゃ何もしておらんでしょう。

 えん罪だ。


「ぶっちゃけ最近のお前は何なんだ?」


 クロノス殿まで思案する始末。


「謙虚をどこで拾った?」


「そこら辺のどぶ川で」


「そっちの方がいいんだがな」


「そりゃ光栄ですたい」


 殊更何を思うでも無いけど。


「むー……」


 そしてこのクオリア様の不満げよ。半眼でクロノス殿を睨み付けていた。独占欲が強いのか。ヤンデレなのか。というか私ガチで惚れられてる?


「お姉様は学園では……虐められていると……」


「過去状況的に嫌われ者ではござんすので」


 パスタを食べつつホケッと述べる。


「全員死刑で……」


「いや。笑えませんので」


 クオリア様はこの国の殿下だ。場合によっては市民千人より命が重い。


「オリビア様はどう思われるので?」


「殺すなら貴方からでしょうね」


「全く全く」


 焼きリンゴをアグリと食べる。うーん。シナモンの香りが良い感じ。


「でもでも……」


 あうあうあーとクオリアが狼狽える。


「だったらクオリア様が味方でいてください」


「はい……乙女を捧げます……」


 ソレは要らない。


「で、クロノス殿は男に奔ってください」


「何故!?」


「女子は大喜びですよ?」


「またまた何故!?」


「男の人同士の恋愛って夢が有りますよね?」


「私に聞くんですか?」


 オリビア様が眉をひそめていた。


「たとえばクロノス殿が道端で拾った可愛い男の子を世話して、仲睦まじくしているところに王子様が嫉妬すればどうです?」


「……………………」


 はい。長考に入りました。ついでにトランス状態。


「お前はあんな庶民に渡さない……って殿下が迫って」


 ヒラリと手を振る。


「クロノス様のお気に召すまま……と拾った男の子が健気な事言って」


 スープを飲む。


「そんな男子三人の禁断の恋愛劇は楽しいと思いませんか?」


「……………………は」


 中々腐った才能はあるらしいですね。私も嫌いじゃ無いんですけど、性癖的にもっと広かったりする。腐女子に枠に収まらない性別無視かつルール無用の残虐ファイター。友達も恋人も居なかったので拗らせるだけ拗らせた結果だ。無無明。


「なんなら書きましょうか?」


「是非止めてくれ」


 クロノス殿が青ざめていた。


「政治的にも良いこと尽くめですよ?」


「お前はソレで良いのか?」


「恋愛に性別って要らないんじゃないかとは思いますね」


「本当にお前はカノンか?」


「まぁ」


 カノンではある。


「乙女的に恋は好物ですので。他人事なら尚更」


 だから世界の恋愛譚を再現しているわけで。ついでに一字一句憶えるほど読み明かしているわけで。


「じゃあ……お姉様は……女の子にも恋しますか……」


「可愛ければそれは」


 何言ってるかは分かりますけど、あえて拒絶はしませんでした。百合も好きですよ。


「お姉様……」


 キラキラ瞳は良いんですけど、殿下は政略結婚では?


「毒嬢カノンはマジで何者よ?」


 述べた通りにござんすけど。


「ん~……」


 フレッシュジュースを飲みつつ考案。ここで巨大ロボット系のお話を書くと普通に異文化侵略になるのだろうか? そんなことを考える。オヴァンゲリオンとかちょっと面白そうだったりして。ガイナもめっちゃ神。

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