魔術学園と悪役令嬢の遺産
「ふふ。本当に戻ってきていらした」
「厚顔よね~」
「しかも男爵まで落ちぶれたんですって」
「可哀想~」
ケチョンケチョンだった。
「――――――――」
「おちつけ」
そしてさっきから殺気立っている執事カッホ。私を馬鹿にされて許せないのは嬉しいんだけど、仮に殺傷沙汰になれば私の肩身はまた狭くなる。
「いいからスルー」
凜々しい大人然なカッホが安い挑発には耐えられないらしい。
「教室は……」
魔術学園の指定された教室に入る。広い講義室。一般に知る大学の大講義室と同等かソレ以上。まぁ大学生になる前に死んだのであんまり自信ある比喩でも無いんだけど。
そして嘲笑が満ちた。こっちは学園の女子棟だ。使用人はともあれ、生徒は全員女子。しかも同年代。そして貴族が集まるクラスだった。男爵は最下層。
「あらあら。これはカノン公爵令嬢閣下?」
そんな女子貴族クラスの一番派手な女子が私にニマニマと笑みを向けた。
「今は男爵ですよ」
「そうでしたわね。なんでも失態を犯して勘当されたとか」
「ええ。まあ」
パァンと頬を叩かれた。
まぁビンタ。
「何ですのその言葉遣いは? 貴方は男爵。私は侯爵。礼に則り敬語を使いなさい。以前貴方が私に強要したように」
「残念ながら人間関係は嫌いなもので」
「金魚のフンを引き連れて無教養に高笑いして平民を使って遊んでいた貴方がソレを言いますの?」
「反省」
そして隣を過ぎ去る。
「お嬢様。お心は大丈夫ですか?」
「それなりに凪だよ。嫌われ者だね私」
「お嬢様が悪いわけではございません」
カッホはコレを本気で言うからなぁ。
「他の連中が格の違いも分からん愚物です。そもそもあの侯爵令嬢もお嬢様の取り巻きの一人でしたのに」
「失陥したせいで悪役令嬢の地位をさっきの御令嬢が引き継いだと?」
「先から聞く悪役令嬢とは?」
「性格の悪いヘイトを集める貴族令嬢の総称ですね」
「なるほど。その意味で的を射てますね」
「射てるのかー」
それもどうよ?
そんなわけで私はクラスメイトとは距離を取って後ろの席に座った。ぼっちだ。
「悪役令嬢の成れの果てね」
栄枯盛衰。祇園精舎の鐘の声と沙羅双樹の花の色。
「マイナスからスタートかぁ」
ぼっちで嫌われ者で、ついでに勉強も出来ないとくる。異世界に来たは良いけどあんまり立場も変わらない御様子。
「それでは魔術の授業を始めます」
ただコレだけは面白そうだった。日本にはない技術と知識だったので。
そんなわけで中略。
「――――――――」
しばらく講義を受けつつ、この世界の認識。ついでにフェアリーテイルを書き記していた。今回はマッチ売りの少女だ。ただし幻影に出てくるのはお婆さんではなく好男子。相思相愛の恋人同士がマッチの幻影で再会し、主人公の女性は天の国へと昇っていく。
「くあ……。ん~……」
基本教養に関してはあまり関連も無かった。魔法に関しては意味不明。
「それでは午前の部はこれまで」
講師がトントンと資料を揃えて抱えると、教室を出て行った。
「……………………」
「お嬢様……」
ふぅむ。書き連ねようとすると『マッチ売りの少女』も高度なドラマですよね。よくもまぁ思いつくもので。さすがの童話作家。
「お嬢様?」
「は、はい?」
ペンを止める。
「集中されていらっしゃいましたか?」
「いえ。無聊を慰める程度です」
「その。お食事のことですけど……」
「食堂とかあるのでは?」
「よろしいので?」
「むしろ不都合が?」
「以前のお嬢様でしたら食堂を使うのは庶民の感性……と」
「さすがの私ですね」
なんでもシェフを呼んでその場で調理させていたらしい。まさに外道。
「どっちにしろそんなこともできないわけですし」
「わたくしの力が足りないばかりに」
「カッホは良くやっていますよ」
苦笑した。本当に心までイケメンさんだ。この人。
「食堂はタダだからいいですね」
「一応学費に入っていますが……」
「良心的な制度で」
そんなこんなで食堂で食事をしているとクスクスと忍び笑いが響いた。冷えた視線が集まる。ついでにヘイトも。箸が欲しいんだけど、ナイフとフォークも使えないわけじゃない。大味な肉料理しか無いのはどうにかならんのか。魚をくれ。
「はふ」
「お嬢様?」
「カッホも食べてください」
「さすがにそれは……」
「一人飯はちょっと寂しいです」
なにせ友達がいない。どうやらカノンは平民にも嫌われているらしい。
どんだけやらかしたんでしょう?
ここまで嫌われるといっそ清々しい。
「しかしそうすると、味方は軽々作れませんね」
「お嬢様……」
「なわけで」
ほい、と私はメモ帳の束をカッホに差し出した。
「新しい物語ですか?」
「私の功績ではありませんけど」
「見たこともない文字で……」
日本語ですしね。
「とにかく放課後は図書室で。書き起こして貰います」
「この身に変えても」
そこまで覚悟完了せずともいいんですけど。
「ともあれ――」
「お嬢様――!」
「あらごめんあそばせ」
私が言葉を紡ぎ終えるより早く、冷水が降ってきた。大凡把握はしてるけど、この因業はどうにもならないらしい。びしょ濡れになった私を見て、軽薄な声が降りかけられる。
「手が滑ってしまいましたわ。許してくださいなカノン嬢」
「さいでっか」
前世でもロッカー水浸しにされたりしてたからなぁ。
「あら。水も滴るいい女ですわね? 感謝してくださいませ」
「……………………」
「ねえ? 皆様?」
「「「「「――――――――っ!」」」」」
食堂で喝采が起きた。全員が私を指差し笑っている。庶民から貴族まで分け隔てなく。いまさら損得も無いものだけど、色々とすり減るなぁ。
「公爵令嬢ざまぁ」「もう公爵じゃないぞ?」「そうだったな。笑える」「とても立派な男爵様だ」「さすがのカノン様」
ヘイトの種も尽きない物で。
「お嬢様……」
「午後の講義は欠席します。カッホ。タオルと温かいお茶をお願いしますね?」
*
「こうして少女は愛しい男の子と一緒に天国に昇っていきました。誰もが『可哀想な少女』と彼女を同情しましたが、皆々は知らないのです。その幸せの過度は……彼女だけが知っているのでした。めでたしめでたし」
「ああ、胸を突くお話ですね」
私が考えたんじゃないけどね。そんなわけでシャワーを浴びて、タオルで髪を拭っている私でした。カッホが買って出ようとして、私の却下。普通にセクハラだ。
「あとは出版社に持っていって」
「交渉ですか」
「コレも一種の無双かな?」
天井に向かって呟いてみる。まさか文学少女の肩書きが役に立つとは。
「お嬢様の考える物語は人の本質をつきますね」
だからアンデルセン先生は偉大なのだろう。
「マッチ売りの少女……でしたか」
「私の好きな物語です」
「わたくしも好きになりました」
「顔を見れば分かりますよ」
「これは……恐縮です」
はにかむようにカッホの笑う。彼も大人びているも少年なのだろう。年上だけど。
「ふむ」
飲んだ紅茶がジンワリ身体を温める。
「お嬢様は学園に無理に通わなくてもいいんですよ?」
「虐められるから?」
「……………………」
答えに詰まる……と。
たしかカッホの采配で復学できたはずだけど。
「殊更避けようとも思いませんよ。なんにせよカノンにとっては遺産です」
「よろしいので?」
「カッホが味方ですから」
「お嬢様」
「だから」
私は自分の唇に人差し指をあてる。その指先をカッホの唇にあてた。
「お嬢様?」
「間接キスくらいならセーフでしょう?」
「畏れ多いです」
「カッホは人間が出来過ぎです。こんな恋に恋する恋乙女は惚れてしまってしょうがない」
「どこまでもついていきます」
「そう……ですか」
世界でただ一人。私を嫌悪しない人。優しい人。格好良い人。まるで本の中から出てきたような。前世でもいなかった。そんな人は。学友は私を唾棄し、大人は私に目も向けなかった。人はソレを孤独と呼ぶ。誰も私を見なかった。
「……………………」
そのことに期待しなければ心が傷つくこともない。
「カッホはなんでそんなに私を?」
「お嬢様に貰った命です。好きに使い潰してください」
状況から察するに、さほど出来た人間には見えないけど。私もカノンも。
「お嬢様が生きていない世界などに未練はありませんので」
「そうですか」
紅茶を飲む。
「でもきっとソレは私も同じです」
「お嬢様?」
「一人ぼっちは毒のような物で」
少しずつ蝕まれて削れていく。
「ありがとうカッホ。私を見つけてくれて」
「何もしておりませなんだ」
「私を見てくれる」
「お嬢様の使用人ですから」
「給料も払っていませんよ。ボランティアを使用人と呼びますか?」
「奴隷でも良いですよ?」
「それはどうなんでしょう?」
それでも一つ言えることはある。
「これもカノンの遺産ですか」
私を呼んでくれる優しき人よ。
「次は恋の話でも書きますか」
コツコツと机を指先で叩く。学生寮もかなり広かった。腐っても貴族だ。ダイニングでのティータイムは満足がいく。
「新しいフェアリーテイルですか?」
「そうですね。鉢かづき姫とか」
お伽噺的にはそういうのもウケるだろう。
「ところで魔法って何です?」
「お嬢様も使えるでしょう?」
「いやさっぱり」
というか物理法則はどうなっているんだ。
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