出所と今後の身の振り方


「出ろ」


 獄内でのこと。

 日にちは数えていなかったけど、ちょっと時間が経った。そろそろ死刑も近付いただろう。あるいは当日かも知れない。

 あれから牢屋奉行以外はクロノス様とクオリア様しか眼にしなかった。後者は姉の目を盗んで現われ、そして姉に連れ戻されて消えていく。

 さほど大層な事をしたつもりはないので、こっちとしてはなんだかなぁ。


「刑執行で?」


「ある意味そうだ」


 ある意味ってなんだある意味って。極刑を他に曲解しようがあるだろうか?


 足の鎖を外され、牢獄から出され、ついでに衣服も普通の物を着せられた。クロノス様やクオリア様のものと比べれば粗雑だが、囚人服に比べればまだしも人間らしい。狭く湿っぽく匂いがあれなプリズンから出されると日の光が私を襲った。


「おお。外だ」


 異世界で眼を覚まして初めての日光である。

 しかも空気が澄んでいるのか……あるいは久しぶりすぎて感傷が手伝っているのか……日本のモノより鮮やかな光で。


「出所だ」


「は?」


「御苦労だったな。少女の身でありながらよく頑張った」


「獄長さん……」


「迎えの馬車が来ている。アレに乗ってシャバに出ろ」


「……………………」


 見れば確かに馬車が止まっていた。ついでに執事服を着たモノクルのお兄さんが居る。クロノスとは違って静謐なオーラを纏い、外見以上に大人びたお兄さん。

 彼は私をお嬢様と呼んだ。

 どうやら使用人のようだ。


「どうも。カノンお嬢様。お久しぶりにございます。このたびは力になれずまこと申し訳なく……」


「こっちの事情ですので。ていうかたしかに公爵の家は私を勘当したと」


「ええ。お嬢様にとっては差し障りが……」


「それは別にいいんですけどね」


 元々が俗物だ。品の良い服を着て高笑いしていたら、それはそれで嫌だ。


「変わられましたか? カノンお嬢様」


「人格丸ごと。ブランニューワールド」


「そうですか。いえ。そうですか……」


「ご希望があれば言ってください。どんな性格が宜しいので?」


「お嬢様のことは幼少のみぎりよりお育て奉った我が身より可愛い御仁であります。どんなお嬢様も素敵にございますよ」


「だったら性格が捻くれる前に説教して止めて欲しかったんですけど……」


「いえいえ。我が道を行くのも貴族の特権かと」


「もう貴族じゃないですけどね」


 家からは勘当された。私の功績でも責任でもないけど。


「ていうか使用人的には私に構っても給料出ないんじゃ?」


「公爵の御当主にはお暇を頂きました」


「何故に?」


「お嬢様についていく所存で」


「それはまた奇特なお人で」


「しかし解放されてようございました。死刑が決まった日などは、その場で割腹するつもりだったのですが」


「そんな重い責任を私に押し付けないでください」


 なんでこっちの生死だけで、別の人間を死に追いやらにゃいかんのか。


「ぶっちゃけ私何も持っていませんよ? 給料も出せませんしクズですし。なのに私に仕えると?」


「お嬢様が死ぬときがわたくしの仕事の終わりにございます」


「何がそこまでさせます?」


「初めて見た頃より、わたくしの主君はお嬢様ただお一人です」


「ではコレから幾らでも失望してください」


「お嬢様がお嬢様でいらっしゃれば、お嬢様らしく暮らしていけば、わたくしは他に何も要りません」


「止めて。惚れる」


 執事さんの大人然とした凜々しさは尊崇に値するけど、その実年齢は私と同じらしく、ついでに御尊顔整いすぎている。


「畏れ多くございます」


 慇懃に彼は一礼した。


「えーと。名前は?」


「お忘れで?」


「薄情ながら」


「カッホと申します」


「オーケー。カッホ様。よろしく」


「では馬車に。お手をどうぞ」


 真っ白な手袋を付けている執事さんが、恭しく私に手を差し出した。

 うーん。惚れる。




    *




「男爵?」


「ええ。かなり身分は堕ちますが。一応国王陛下も追認しております。これからお嬢様は男爵令嬢となられ、屋敷も今までよりひなびた物を……」


「いや雨風がしのげるなら民家で良いんですけど」


「いえ。日常は学生寮になります」


「え? 投獄死刑になったのに退学処置は?」


「畏れながらわたくしめが交渉を」


「はあ。そりゃどうも」


「けれども使用人もわたくしだけになってしまいます」


「むしろ見捨てなかっただけ貴方の頭を心配しますよ」


「いずれお嬢様のお立場も名誉も元に戻して見せます」


「人の話聞いていますか?」


 どんだけ私に忠義しているのか。


「男爵ね……」


 馬車の中で外を見る。普通に振動でお尻が痛い。スプリングくらい付けて欲しい。どうやらこの世界は文明的に中世のちょっと少しのようだ。産業革命は起こっていないらしい。

 いくつか街を通り過ぎ、野に山に緑が萌える。


「アレは?」


「茶畑ですね。我が国の文化の一つです。ここは茶畑でもちょっとした有名処で」


「お茶が飲めるので?」


 牢獄暮らしでは水が精々。しかもマズいことマズいこと。

 綺麗な水は貴族の特権らしい。

 どこかで聞いた話だけど、純水より葡萄酒が安いとのこと。本当にどこかで聞いた話だ。


「摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ摘まにゃ日本の茶にならぬ……か」


「何の歌でしょう?」


「ザッツ古典」


 どうにも異世界と認識にズレがあるな。


「お茶を買う金はありますか?」


「畑から?」


「直産で」


「いや。発酵させないと美味しくは……」


 紅茶の文化ね。


「熱処理だけされていれば十分ですよ。緑茶が飲みたいので」


「りょくちゃ?」


「グリーンティーです。茶葉を炒ってちょっと温度低めのお湯で抽出するお茶ですよ」


「初耳です。お嬢様は何処でソレを?」


「神の啓示です。祈りが届きまして」


 軽い言葉を口にする。


「では茶葉を買って参ります」


「よろしくカッホ」


「勿体ない御言葉にございます」


 そしてしばし。


「ホ」


 久方ぶりの日光の中。私は原っぱでお茶を飲んでいた。


「茶畑を見てお茶を飲む。貴族でもこんな贅沢はしていないでしょうね」


「それはまぁ貴族の御方はお茶会で飲むものですし」


「直産の茶葉を、その産地で飲む。これは何物にも代えがたいんですよ。風流という奴です。屋敷に籠もってばかりだと、こんな素敵も見落とすことになります」


「風流……」


「港で魚を。山で豚を。平地で米を。ブドウ畑でワインを。口に入る物が上等なだけなら、そんなものは無粋の一言。本当の贅沢は、素材の質の高さだけではなく、職人の仕事、場所の風情、時間と天気の恵まれ方に到るまで機を整えて初めて得られる物」


「不勉強で申し訳ございませんでした。わたくしは今までお嬢様に本当の贅沢を提供出来ていなかったのですね……」


「これから覚えれば良いだけです」


 湯飲みを傾けて緑茶を飲む。


「不思議な味ですね」


「私の好みです」


「不思議な座り方ですね」


「正座と申します」


 クスッと笑う。


「そんなわけでポカポカのお日様の下は温かいでしょう? 風も心地よく肌を撫でてくれます。またこの景色として広がる緑が壮大なこと。屋敷で飲む茶とは一味違うと申せましょうぞ」


「どうも貴族のお嬢さん。うちの茶はどうでしょうか?」


「良い仕事です」


 グッとナイスガッツポーズ。


「わかりますかカッホ? こうやって茶摘み職人が手ずから摘んだ茶をその場で飲めて、しかも職人と会話を交わせる。これも緑茶の美味しさです」


「勉強になります」


「では緑茶を貰って先に進みましょうか。名前を出してください。ここの農家の皆さんと契約しましょう」


「契約ですか?」


「個人契約です。男爵家……でしたか? 優先的に茶葉を譲って貰えるように交渉してください。代わりに契約料として定期的に金銭を支払うと」


「そんな交渉があるので?」


「あー、コッチにはまだ銀行が無いのかー。とすると手形で金品授受も出来ないわけで。信用創造も無理か。……………………ならこうしましょう。この一年で私とカッホの寮に緑茶を送る。その前払いと言うことで一年だけ契約しましょう」


「可能ですか?」


「少なくとも露店に並べて売るよりは客が分かりやすくて喜ばれるのでは?」


「では。お嬢様の意のままに」


 そんなわけでカッホは一年契約を獲得してきた。


「男爵令嬢様。こんな商売初めてですけど、新鮮な茶葉を送らせてもらいまさぁ。ウチの茶葉は美味いでよ」


 茶畑の農民の皆様方もホクホクだった。


「緑茶を飲んで思い知りましたよ。此処はとても質が良い」


「違いのわかるお嬢さんですなぁ」


「紅茶は普通に造れるのよね?」


「ええ。国内に流通しております」


「じゃあ緑茶と紅茶をよろしく。それから紅茶の半分くらい発酵させて、かなり炒って香ばしくなった茶葉って作れる?」


「なんですかいソレ?」


「ウーロン茶っていうのよ。渋みがあって独特の味がするの。結構好みが分かれるんだけど私が好きでね」


「男爵令嬢様は何でもよう知っておりますなぁ。わかりました。ちょっと作ってみます。成功したら送りますよ」


「よろしくね」


「いえいえ直接契約で買い取って貰えてホクホクですわ。流通している茶店はもっと安く買いたたこうとしてくるんですよ。個人個人で取引すると末端価格とか関係無しに払って貰えて儲けさせてもらってます」


「こっちもですよ。茶店の末端価格だと実はここで直接契約するより高くなる可能性がありまして。茶店を仲介しなくて良いならこっちも最終的に安くなるんです」


「ほえ? じゃあ御令嬢が買う茶葉も普通より安くなって、あっしらが買ってもらう茶葉も普通より高くなると? 魔法じゃござんせんか」


「代わりに卸売りの茶店が丸々損するんですけどね」


 ケラケラと笑ったあと、私はカッホと一緒に茶葉のオマケを貰って馬車に戻った。




    *




 そうして次こそ学園に着く。王立魔術学園。


「……………………」


 チーン。


「王立魔術学園?」


「お忘れで?」


「さいです」


 魔術があるのか。


「魔術もお忘れで」


「まったく記憶にございません」


 そんな政治家の言い訳みたいなことを呟いた。


「それでは貴族寮を用意してございますので。荷造りは既に。お屋敷の方も見ておきますか? 少し離れていますが」


「いえ。ここでかまいません。とりま茶を淹れてください」


「とりま?」


「とりあえずまぁ……の略です。で紅茶なら手慣れた物でしょう?」


「紅茶なら仕事の一つです。緑茶も今後はお嬢様のお手を煩わせないように粉骨砕身する覚悟で」


「いえ。緑茶は自分で淹れます。これはちょっと勘所がありますので」


「使用人としてはお嬢様にお茶を淹れられると立つ瀬がないのですけど」


「じゃあお暇を出しましょうか?」


「ご勘弁を……」


「ジョークです」


 で。


「結局復学と言うことでよろしいので?」


 カッホの紅茶を陶器で飲みながら彼に問う。


「ええ。基本的に貴族の学園なので使用人も学内に存在します。一般開放もされているので魔法の素質を持つ平民も少ないながら入学しておりますが、そっちは一般寮ですね」


「身分格差……ね……」


「そのようなわけでお嬢様はここで男爵令嬢として登校して貰います。フォローはわたくしめに一任してください。お嬢様をお守りして差し上げます」


「マジで給料出せないんですけど」


「要り申しません。わたくしがお嬢様に仕えたいのです」


「じゃあせめて抱きません? 良いですよ?」


「貴族令嬢として慎みを持ってください。お嬢様には相応しい男性がおりましょう。きっと公爵の出来息子などはお嬢様の魅力にメロメロです」


「然程ですかね~」


 寮部屋の鏡で私を見る。茶髪に茶目の欧州系のお顔だった。可愛いようなそうでないような。身体の肉付きはこっちの方が順調に育っていてジェラシーを感じたり。


 シット!


「じゃ、ま、執筆と行きますか」


 一応馬車の中で紙とペンを調達して貰った。授業でノート代わりには使わない。紙は産業革命以前の文明では希少品だ。私は自分の知識から捻りだした物語を紙に書いた。もちろんガチの日本語で。


「不思議な文字ですね」


「色々ございまして」


 とりあえずこっちの文字に訳するのは日本語で書いて推敲してからで良いだろう。


「そういえばお嬢様にはフェアリーテイルの才能もございましたね。城でも文化大革命でしたよ」


「好意的に受け止めて貰った……って言ってくれる? 文化大革命はちょっと……」


 意図していないのは分かるんだけど。


「海を歩くことの出来る王子。水中を自在に泳げる人魚姫。そんな二人の悲恋譚。最後は死ぬことでようやく逢瀬が叶うという……わたくし不覚にも感動してしまって」


 パクリだけどね。


「じゃ次はマッチ売りの少女をラブコメ風味で行ってみましょう!」


 アンデルセン先生の汎用性は異常。リジェネーターじゃない方ね。

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