第7話 とある地球事情(ツバキ編プロローグ)
何気ない日常の中、それは突如訪れる。
『ツバキ様! ツミキ様が! ツミキ様が!!』
急に鳴り響いた電話。その中から聞こえてくる侍女であり私たちの姉だった人から聞いたことがないほど焦りを感じた怒声。
頭が真っ白になった私はすぐに病院へと向かうと、兄がベットで寝ていた。
子供が轢かれそうだったため、それを助けたのだが意識が返ってこないとの事。精密検査もすでにおわり、外傷も身体に異変は一切ないのだが、意識だけはなく植物状態になっているが結果であった。
「⋯⋯お兄ちゃんは連れて帰ります」
「それは⋯⋯」
「健康のまま意識がないなら、それは病院の問題ではありませんので⋯⋯」
色々と言われたが、ツバキは医師を論破し、紬が運転する車に乗せてそのまま家に連れて帰る途中。
「紬お姉ちゃん。どういう状況?」
治せる治せない以前に現状の状況の説明を求めるツバキ。
「まだ分かりません。が、一言でいえば魂ーー心というモノが既にありません。もう一人の子も同じような症状ですね⋯⋯」
「そっちはどうでもいいわ。問題はお兄ちゃんよ。いつも言っている不思議な力でどうにかできるの?」
「現状、不可能ですね。今考えられるのは、ラノベなどによくある。巻き込まれ型の異世界転生かな。それがたぶん一番しっくりくる回答よ」
「異世界転生って⋯⋯ラノベかよ! て言いたいけど、この世に神様がいるなら大失敗したわね⋯⋯。よりによって、私のお兄ちゃんを巻きこみ連れていくなんて」
「まだ⋯⋯確定してるわけじゃないよ⋯⋯」
「ムギ姉が言ってるならホカク(ほぼ確定)でしょ! 天言か真言かはよく知んないけど、当たる確率高すぎなのよ」
「えぇ〜⋯⋯そこで八つ当たり? 悲しくなるわぁ」
「いや、それ以上にこの車内にこもってる怒気を減らしてくんない? 息苦しいんだけど?」
「それをいったら、今この瞬間もツミキちゃんを一人占めしてる人にいわれたくないかなぁ。お姉ちゃんは安全運転してるんだよ?」
「植物状態とは言え、私はこの手で、そしてこの目で確認しないと気が済まないんですー!」
「その手の動きが最早熟練した手捌き職人しかかんじられなくて最早キモいんですー!」
「ふん。兄の前なら妹は猛獣に変われる(ドヤ顔)」
「⋯どうでもいいですが、そのまま房中系を実行したら、車止めて私も参戦するからね。このまま植物状態のまま置いておくような事は絶対に無いけど、新鮮な内に私にも受け取っておきたいですしね!」
「散々お兄ちゃんに◯〇◯◯教えてた癖に⋯⋯ずるい!」
「ずるくありませんー! 拷問に関しての研究の一貫ですー」
わいのわいの言い合いながら、タワーマンションの地下駐車場に車を入れたところで従業員兼住民が一斉に現れる。
「お嬢、ボスの容態はどうなんですか? 一応寝たきりとのことですからタンカに、部屋は既に脳医学や精神の専医と機材は運びおえています」
「⋯⋯そうね。紬、お兄ちゃんの状態はどれぐらいで解析できそう?」
「どうでしょう⋯⋯。現状況での想定時間の予測は不可能ですが、少なくとも明日の朝までにはある程度の予測は立つと思われます」
「⋯⋯分かったわ。なら、お兄ちゃんは私のベットに寝かせて置いて⋯⋯」
「ずるぃ⋯⋯ゴホンっ。お嬢様、それではツミキ様の容態を確認できませんので、私の部屋の方がよろしいかと」
ピリッと空気が変わる。
「ふふ、紬は優秀ですし、以前は大丈夫(常に繋がっているので状態は常に分かりますよ)と言ってたじゃないの。それにね⋯⋯こういう時だからこそ⋯⋯せめて、おにぃとは一緒にいていたいの⋯⋯」
つぅっと一筋の涙(嘘泣き)が出る。
「⋯⋯はぁ⋯⋯わかりました。初日はお譲りしますが、明日は私ですからね。せめて平等(フェア)にいきましょう」
「おっけー。じゃあ、お兄ちゃんは私の部屋にお願い。それと、今から一時間後に8階の会議室(ホール)にお兄ちゃんの幹部は集合して下さい。これからの仕事分と方針を話し合います」
指示があると同時に、何も疑うこともなく動く部下達。兄の部下がその妹に対しても同じように動く事は本来はありえないのだが、これに対しても理由がある。
「ツバキ様もいまではすっかり裏ボスですね」
「裏ボスなんて陳腐な言葉使わないでよ。私はおにぃの影よ。兄様(ヒカリ)が強ければ私(ヤミ)も一層深くなる⋯⋯(にやり)」
「黒バスみたいな事は言わなくても良いですから、先程言いました平等(フェア)だけは意識しておいてくださいね。では、私も解析に集中しますので今日はお暇をいただきます」
「りょ。何か分かったらすぐに起こしていいから⋯⋯⋯⋯と、思ったけど明日の朝で⋯⋯」
「すぐに駆けつけて起こしますから大丈夫ですよ。それよりも、10分毎にご連絡いたしましょうか」
「⋯⋯ちっ⋯⋯何もしないから大丈夫よ。けど、おにぃの解析が終わったら、いつでもいいからすぐに報告してちょうだい」
「かしこまりました」
ーー1時間後の会議室ーー
ツバキが積み上げられた書類に目を通していく。
「なる。うん、さすがはおにぃが育てた幹部だね。問題はないのでこのまま行きましょう。ただ、おにぃが新しく展開していこうとした事業は事情を説明して暫く保留とします。中断破棄しないのは、このまま進めれば確実に成功はできますが、やはり最初はお兄様が動かなければ意味がないからと判断します」
「分かりました。ツミキ様目覚めるまではツバキ様が先頭に立たれますか? 日頃からツミキ様からは何かあった場合はツバキ様にと委任状を承っていたのですが」
「私が前に立つ事はありません。兄様がもし仕事ができなくなればそのまま私も業界からは消えます。その為に兄があなた達8名の幹部を育て、私達がいなくとも会社を回せるようにしたはずですよ」
「やはり⋯⋯そうなのですね」
「はい。その場合はツバキ様が育てた私達裏幹部も置いていくとの事ですので、仕事自体は何も変わりませんから安心してください」
「⋯⋯⋯⋯え? 『ツバキ様が育てた私達裏幹部』??」
「はい。あぁ、これは失礼致しました。初めまして。名字はなく名は夜空(ヨゾラ)です。場合によっては、これから私達が会社を回していくので仲良くしていきましょう。堅苦しい挨拶などは不要です。私達からはもうすでに馴染み深いと言える程の仕事仲間ですから⋯⋯」
それは今までもよく一緒に仕事をしていたという事実に驚愕している。
「そっくりすぎません!? では、本当のツバキ様は?」
「ツバキ様はもう寝床に入っておられますよ。久々におにぃと寝てるきゃっふぅぅ! 厄日に感じたけど案外神日かも! けど、明日の朝になったらおにぃがいなくなったりしたら⋯⋯ などと申しておりました。それと、この顔は化粧ですよ? 本当のお顔はツバキ様、ツミキ様、紬様しか知りません」
「な⋯なるほど⋯⋯。確かにこの状況でツバキ様のそれを邪魔するには無粋ですね」
「はい。それとあなた方の技術運営系統とは違い私達が得意なのは情報処理系統です」
「あぁ、了解した。なら、私達はいつも通りに何かそちらから指示があれば動く事にしよう。要望などがあればこちらからも連絡していく形でいいか?」
その言葉でハッキリと理解した。今まで指示されていたのが誰であろうと何も変わることがないと言う事を。
「問題ありません。私達と貴方達もツミキ様とツバキ様同様に光と影です。関係は平等に。理想は二人が満足する程のさらなる高みに」
ーー会議開始同時刻ーつばき自室ーー
「じゅるり⋯⋯」
この世で最も愛している、おにぃが私のベットインしてる。
私のベットにベットイン⋯⋯(大事な事なので2度言う)
私がおにぃのベットに潜り込む事は、まるで息をするかのような自然さがあるのだが、その逆は天地がひっくり返ろうともありえなかった。
だが、そのおにぃが今ではベットに寝て呼吸をしている。もうドキドキである。植物状態でも?と思われるかもしれないが、不思議な力を持っているおにぃと紬がいるなら余程の事がなければ大丈夫だと自覚している。
ただ、もし⋯⋯最悪なケースになったとしても、その場合は私もおにぃの肉体と共にそっちにいくだけである。
私達は常に共にいる。それだけはまぎれもなくいっぺんの曇りもないほどの誓いのようなもの。
なので、いまのこの瞬間を後悔の無い様に堪能するのが私の役割(いきざま)なのである。
理解した?理解したならそろそろはじめましょう。
「おにぃちゃん⋯⋯私のベットは衣服は禁止なので脱がすね」
はぁはぁと興奮(目は血走っている)しながらながらブラウスボタンに手をかけて一つ一つ外していくと細身を補うかのような筋肉が現れる。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯はっ!」
一瞬意識が⋯⋯さすがおにぃ。
そのまま上半身に打ち身や傷を確かめるのを理由に堪能したあとにズボンを脱がせていく。
「これほどまでに有意義にかつ至福の時間が存在していたとは⋯⋯人生ってまだまだ知らない事で溢れてるわ⋯⋯」
無駄の無い筋肉。紬姉に鍛えられた実戦向きに仕上げられている身体は男性美そのものである。
「残すところはパンツ一枚⋯⋯」
いや、まぁ? 私のベットは衣服禁止だからね? もちろん脱がすけど。私自身もすでにパンツ一枚でスタンバってますし?
「し⋯⋯しつれいしま〜す⋯⋯」
そういって兄のパンツに手をかける妹。
だが、その指を下ろす事は無く、何も言わないツミキの身体に少し寂しく悲しさが込み上げてくる。
どうにかなるなんて詭弁だ。兄がいなくなる世界に未練がないのも事実で一緒に逝くのも躊躇うことはない。
紬姉がここまで時間をかけている時点でソレはほぼ確定なのだろう。伊達におにぃと共にずっと一緒にいたからこそ明白なのである。
それでも⋯⋯それでも、やはり消えるよりかはずっと3人だけでーー3人だけの世界で仲良くできれば、それだけでよかったのにな⋯⋯。
ツミキの右腕を少し上にズラし、そこを枕代わりにして潜り込むように身体を割り込ます。
「お兄ちゃん寒くない? 私は寒いから⋯⋯今日だけはべったりぴったりひっついて寝るね⋯⋯」
⋯⋯グスンと少しだけ震えながら布団の中へ潜り込んでいった。
翌朝、紬姉が大慌てて起こしに来る。
隣を見ると兄の姿はない事から、成功していつも通り食事を作っているのだと安堵する。
【ツミキ残滓、入手しますか? Y/N? ※時間制限有、入手しなければ永遠に失われます】
「⋯⋯⋯⋯寝ぼけてるのかな?」
なんか変な文字が見える⋯⋯。まぁ、おにぃ関連のモノなら全て入手するので躊躇うことも無く今までもこれからも全てYES。
そのまま周りを見ると、全てに情報が表示されていた。
「ツバキちゃん⋯⋯その眼⋯⋯」
紬姉がひどく驚愕していながらも、戸惑う気持ちを整理しつつ気持ちを落ちつかしている。
「紬姉、おにぃはご飯作ってるの?」
寝ぼけているせいもあるのだろう。おにぃの姿がない事から目覚めたことが確定だと思い込み、紬姉の焦っている姿もいつも通りの私を焦らす為だけのモノだと勝手に思い込んでいたのだから。
「ツバキちゃん、よく聞いて。ツミキ様の存在や痕跡が消滅しています」
「⋯⋯は?」
何を言っているのか理解が出来なかった。
「私やツバキ様はまだ繋がりが太いので完全には消せないようですが、この世界においてほぼ消されかけています」
「⋯⋯冗談でしょ?」
「いいえ、冗談ではありません。私ですらツミキ様が消えた事に気づくのが今になってですから、かなり巨大な力が働いていると思われます。それといま視えてますよね? それがツミキ様が託し消えたと考えられるなによりの証拠です」
【現在、自身の感情が困惑、錯乱気味になっております。これ以上の悪化は行動に支障が現れます】
(⋯うるさいなぁ!)
それでも、外野から言われたおかげで多少は冷静になれ頭が冷静になる。
「それで⋯⋯現状はどうなっているの?」
「⋯⋯ツミキ様の部屋に入れません」
「⋯⋯はい? そんな冗談を聞いているんじゃ無いんだけど?」
「冗談ではありません。私とツバキ様なら部屋の前には行くことは可能ですが入室はできません。他の者はそこに辿り着く事さえ不可能です。それとツミキ様が所有していた世界中にある倉庫にもおなじ現象が適応されており、私達以外からは『そこにあるけど無いものとして認識』されています」
そういって慌ただしくツミキの部屋に行こうとすると黒い壁に行く手を阻まれる。
【黒の誓書により入室ができませんが、黒の誓書からツミキ欠片を手に入れました】
(黒の誓書とは何?)
【解答すべき答えがありません。正しくは貴女には知る権利がありません】
(はぁ? おにぃの事ならなんでも知ってる私に知る権利はないと? じゃあ、なんでこの眼が私に受け継がれたのよ)
【ツミキ様がこの世界で消滅する過程で能力を妹であるツバキ様に移行するように要望してそれが叶ったからです】
「この眼⋯⋯役に立たないわね⋯」
「それは⋯⋯そうよ。ツミキの為の眼だったからね。眼と同じ力を持ったツバキちゃんにはそこまで役には⋯⋯あぁ⋯⋯けど、今まで視ることができないものが視れる程度にはなっているんじゃない?」
「え⋯⋯なにそれ、ならおにぃの眼さえなければ私がそのまま、おにぃの情報兼お嫁さんとして降臨できてたの」
「⋯⋯いまさらだけど、そうね(てへぺろ)。お姉ちゃんうっかりしてたなぁ。お嫁さんの線は皆無だけどね」
「めちゃくちゃ確信犯でしょ⋯⋯まぁ、もう過ぎた事だし。それよりも今からの方が大事だから説明してもらえる?」
「そういうところツミキ様そっくりね。死活問題以外はどうでもいいってところ」
「いや、それを言うなら今からの方が死活問題だからね? おにぃがいない世界に既に未練なんかないんだけど、この『未知だった力』に関して情報がないから、動きようがないから説明ほしいっていってんの」
「⋯⋯あ〜ね。それは⋯⋯」
どうにも煮え切らない返事に多少苛つきながらも、一つの結論が頭に浮かぶ。
もしかして紬姉ですらどうしようもない?
『紬お姉ちゃん! 結論を言ってよ!! お兄ちゃんの現状、どこまで知ってるの!」
焦りから少し叫びながら発する言葉。
「つばきちゃん⋯⋯それは⋯⋯」
「なんで! なんでお兄ちゃんの存在が消されていってるの! それにバンクのも消滅して子を⋯⋯」
その瞬間、紬姉が部屋の天井の角に反応すると同時に私も視る。
【ツミキの魔術回路を手に入れました】
「ツバキちゃん⋯⋯ごめんなさい。何かしらチャンスがあると思っていたけど、アルファの自我が思ってたより育っててミスをしたわ」
「アルファ?」
「えぇ、ツミキに譲った案内役(ナビゲーター)のアルファ。こっちでいえばAIみたいなモノよ。それが何かしらツミキを独り占めにできる優位から行動(アクション)してくると思ったんだけど、尻尾を掴むまでは至らなかった⋯⋯要するに手詰まりね」
「それは⋯⋯おにぃとどっか別の世界に行ったってこと?」
「えぇ、でも⋯⋯」
「その後の話に興味はないからいいわ。それよりもおにぃと異世界に行った事を絶対に後悔させてやる。身体がない案内役如きが⋯⋯絶対に許さない!」
「ツバキちゃん⋯⋯でも⋯⋯手がかりがね⋯⋯」
「ん!」
ツミキの残滓、魔術回路、欠片を紬に譲渡する。
「これでいいんでしょ! コレクターとして持っておきたかったけど⋯⋯本当に少しでもおにぃの感覚を感じれるから持っておきたかったけど⋯⋯あげる⋯⋯orz」
土下座をするかのように落胆するツバキ。
「ナビがいないのに、自律が成立してる? いえ、それよりもこれなら! ツバキちゃん! さすが私の妹ね」
ぎゅぅっとハグをされる。
「ふん! 私からコレクション奪ったんだから失敗なんてしないでね! それと終わるまでどれぐらいかかる? それまでこっちの事を済ませるから」
「早くても明日の朝ね。あと、行けば戻れる保証は皆無よ。ツミキと違い私達の身体は多分消失するわ。あと、これは迷いなんだけど、たぶんツミキならそのうち戻ってくると思うよ? いつになるかは知らないけど⋯⋯」
「知ってる。まるでコンビニから戻ってきた様に『もどった』で言ってくるね」
「それでも行くの? 私は残っておいてと言われる様に感じたから⋯⋯」
「残る選択肢はないよ? そもそもバンクにまだおにぃの遺伝子が残ってれば3%ぐらいは考えられる余地はあったけどね。とりあえずあっちに行ったらおにぃを探すのを最優先に動く。結婚してたらNTRを堪能した後奪い返す。まぁ、ただ、相手を納得させて幸せに別れさす予定ではある⋯⋯」
「ツバキちゃんらしい煮え切らない復讐よね。ツミキが選んだならとか支えてくれていたからとか思っているんだろうけど。まぁ、確かに⋯⋯あっちはあっちで楽しくはなりそうだね」
「私達が揃えばどこでもいいし」
「了解。じゃあ明日の朝までには終わらしておくわ」
ーー緊急会議ーー
「夜空」
「はい。ツバキ様」
「おにぃが別の世界に行ったらしいから追いかける。ただいつ戻って来れるかは知らないから、この会社はあなた達に任せるわ」
「分かりました」
実にあっさりしたやり取りだが、兄の育てた8人と私が育てた8人は誰も反対の声はあげない。
「それで明日の朝には発つから、解任処理とか間に合いそうに無いのよね。だから、その辺も最後の仕事だと思って全て処理しておいてもらえる?」
「その必要には及びません。ツバキ様と⋯ツミキ様が戻ってくるまで、維持しておきますが、その事で二つお聞きしておきたいのです」
「解任してくれてもいいんだけど、まぁ⋯⋯。それで聞きたいことは?」
「私達が入る事ができない場所に関してです。従来通りサンプル品を入れておいても問題はないのでしょうか?」
「⋯⋯そうね。入れておいてもいいと思うわ。ただ身体は入る事ができない筈だけど何があるか分からないからできるだけ触れない様にしてちょうだい」
(人が入ることが不可能だけど部屋自体の存在はある事から、おにぃに何かしら恩恵があると考えられる。それこそ中身が使えるなら実用性は多用だから、やっておいても損はないでしょ)
「もう一つは、ツミキ様の顔をわかる物をいただけませんか? ⋯⋯申し訳ございません。大切な人だとは分かってはいますが⋯⋯消しゴムで消されたかの様に顔を思い出せません」
「大丈夫。忘れているのが普通の中、存在を覚えているだけで十分よ」
【彼を表す物は新しく用意しても抹消されていきます。物を用意する事はお勧めできませんが、目の前にいる者達の脳に焼き付けることは可能】
(それって痛いの?)
【⋯⋯頭に電気が走るぐらいです】
(⋯⋯⋯⋯)
「ツバキ様?」
「あ、うん。物を用意してもダメみたい。ただし脳に焼き付けることは可能らしいけど⋯⋯痛さは脳に電流が走るぐらいらしいよ?」
全員、考えるまでも無く『やります!』と答えた。
「わかった」
【では、焼き付けます】
と言った瞬間に、部屋に稲妻が走り全員が気絶した。
「⋯⋯⋯⋯死んでないよね?」
【問題ありません。実際は電気が走ったように見えているだけでしたので】
「それにしてはすっごい光ってたけど⋯⋯」
【それは演出です。演出でなければ彼の存在が大きすぎて全員が共鳴したのかもしれませんが、命に別状はありません】
「⋯⋯そう」
全員が起き上がり、ツミキの顔を思い出した幹部達は涙目になりながら歓喜に震え、そのあとは大量の料理を用意して最後の晩餐を十分に堪能をしながら夜が更けていく。
ーー次の日、早朝ーー
「ツバキちゃん⋯⋯。お姉ちゃん頑張ったよ」
「できたの? 見せて」
「てってて、てってってー! 【黒の切符(きっぷー)】」
四次元ポケットではなく胸の谷間ポケットから黒い物を取り出した。
「ドラちゃんみたいな出し方しなくていいからね⋯⋯ああ、テンション上がってるのね⋯⋯どんまい」
「やめて! 温度差! 温度差を感じさせないで!」
テンションが急激に冷めていく。
「⋯⋯⋯⋯」
「はぁ、頑張ったのに⋯⋯。書いている通り片道切符よ。これを持っていれば入れない場所に入れるけど、部屋に入るわけじゃ無く向こうの世界に転生するわ。一応この姿のまま行ける予定だけど種族はどうなるかなどは分からないからね」
「わかってる」
「どちらにせよ。最初に言っておくけど、この世界と同じに考えないでね。勝てないと思えば必死に逃げないと喰われるし、ゴブリンに子袋として捕らわれても有りえるのだから」
「大丈夫。心配しすぎよ。私達3人は個人としてもそこら辺の人より遥かに強いんだから」
「はいはい。慢心だけはしないでね。こっちでやる事はもう終わったの?」
「うん。終わったよ」
「じゃあ、いきましょうか」
「うん」
兄の部屋に辿り着くと二人はゆっくりと黒い壁に歩を進み吸い込まれていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーどこかの城?ーー
空は暗雲が立ち、豪雷が鳴り響く中、空気は魔素で淀んでいる。
何もない中庭。真ん中にある魔法陣を囲むように多種多様な魔族が埋め尽くしてその時を待っていた。
一際、大きな雷が魔法陣に落ちると赤い雷を発しながら輝いていく。
激しい煙と同時に何かが召喚される。
「⋯⋯⋯⋯けむ。異世界の召喚⋯⋯けむい。ケホっケホ」
次の瞬間、周りにいた魔族達が激しい雄叫びを上げながら、その中の一際おおきな魔族が生まれたばかりのモノに攻撃をする。
「今度の魔王はこの俺様だぁぁぁぁぁ!!」
周りにいた魔族達は全てこの魔族の配下になっており、現在の魔王といっても過言ではないほどの力とカリスマを持っていた。
【敵対反応】
(現状の打開策のスキルを提示)
「⋯⋯いつこの煙いの晴れんの⋯⋯けほ」
ずらぁぁぁと並べられるスキルを頭で確認し実行するまで1秒にもかからず。
「【空間固定】」
攻撃しようとした魔族が空中でピタッと止まる。
「てめ⋯⋯」
「【圧縮】」
広げた手をグッと握ると同時に、有無を言わさず魔族はサイコロ程度の大きさに圧縮され絶命した。
「ん、雷うっさいな。空気もわるいし」
意思はないはずの雷が途端に鳴らなくなり、暗雲が消え晴れた陽射しが差し込むと空気も浄化されるかのように澄んでいくと周りの魔族達にやっと気づく。
「ん? なに、あんた達?」
周りの魔族は萎縮しているが、それをじっくりと観察する。
「用がないなら散れば? あぁ、もしかして⋯⋯これで全部いるの?」
適当な魔族を見ながら言うと首を縦にふり震えながら肯定する。
「なら、いまから人間殺すの無し。それより私の大切な人を探してくれない? あなた達程度じゃ絶対に勝てないだろうから、そういう人間いたらすぐに報告」
その場からすぐにでも逃げ出したいのか脱兎の如く了承して散っていく魔族達。
その中で黄金色のスライムだけが近寄っていくとスライムの中からお茶会用のテーブルや椅子、ティーカップが用意されると、疑いもせずに座るとプルプルと震え出すスライム。
「いや、バレバレだからね紬姉」
スライムが人形になると、お茶を注ぎはじめる。
「助けるまでも無かったのは流石は魔王ってところかしら?」
「やっぱ魔王なんだ。すっごい力だから只者じゃないなぁと思ったんだけど⋯⋯」
「一応、この世界の情報は調べていっているから、まずは報告するね。残念だけどツミキの話はまだよ。もしかすると赤ちゃんだったり?」
「そっちの線もありなのね⋯⋯。赤ちゃん⋯⋯おにぃを一から育てれるチャンス!? それ絶対に欲しいやつやん!」
「はいはい。まずはこの世界の常識から教えていきながら、魔王城も改築していきましょう」
「おっけ」
この瞬間、この階層世界で最強の魔王が誕生したのにもかかわらず、魔王がいる事を示す暗雲が消え魔族の凶暴さも減少していったのもあり、誰一人ソレを知ることが無かったのであった。
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