第6話 ツミキとアルファ
「お! 起きてくださいツミキ様!」
「ん、ば⋯⋯」
「あぁ⋯⋯いきなりおこして⋯ご、ごめんなさい。でも! 今すぐ庭に出てください! あ、でもその前にお顔を洗いましょう。あとは⋯⋯オムツも⋯⋯あれ? 汚れていない」
「あ〜う〜」
(魔法で表面上は綺麗にしてるから問題はないから水浴び以外は脱がさなくていい)
「わ、わかりました! では、外に出ましょう」
急いでいる割には死活問題なので抱き抱える時は細心の注意を払い抱っこをして外にでると街中の精霊が全員集まったかのように大混雑していた。
「ん〜」
よく見てみると、街中の精霊は目の前にある巨大な世界樹を呆然と見上げていた。
「んばう?」
(昨夜、暗くてチラッとしか見ていないが普通の木のサイズだったよな?)
『普通の木でしたね。ただ、皆さんが寝静まった後に、まるで⋯となりのトトロを見ているかのような木の成長具合でしたよ』
(なぜ、そこでジブリが⋯⋯)
『アルファとして生まれましたが、昨日はツミキ様との情報の相違に微妙なズレがありましたので、自己形成してバージョンアップしてました』
(なるほど。なら、後でこの世界の事を詳しく教えてもらえるか?)
『お断りします。ツミキ様の性格は死活問題以外は些細な事との傾向が見られ、更には日々新しい刺激が欲しいとも思っていた為、最初から答え合わせはしない方がいいと判断致します。ですので、私が答えられるのは、その状況に何があったかなどのフォローだけでいいと判断します。それだと私ーーアルファの意味がないと思うかもしれませんがーー』
(頭の中だけでも話せる相手がいるだけで必要性はあるーー
『ーーと判断します』
(か。まぁ、その通りだな)
「私を含めてこの状況でがどのような状態かを説明していただけたら嬉しいわけで〜(汗)」
「あぅ」
(アルファ説明頼む)
『わかりました』
集まっている精霊全てとリンクする。
『一度しか言わないからよく聞きなさい。世界樹の成長はツミキ様の根源である【白の誓書】から少しだけ溢れた力の恩恵である。大地の範囲を見る限り、拡張化は昨晩より180%以上と計算します。これは恩恵はツミキ様をお世話した褒美だと思っていただいて結構。これにより何かを献上などはなく、あなた方はまずは土地の開拓に着手し安全面を確保した方がいいと断言します』
何かを質問しようとした精霊がいたが、
『【白の誓書】を貴方達が理解することは不可能。片鱗でさえ知れば脳が焼き切れ死亡すると答えておきます』
の一言でピシャリと声が止まった。
『断層の亀裂が未開拓の地で現在30〜40箇所出現しています。それを全て処理しておかなければ、あとは分かりますね?』
そのまま脳内で座標ポイントを送るとすぐさま慌ただしく動き始めた。この赤ん坊が何者かと知りたいとも思うものの、それよりも亀裂処理を出来る限り早く終わらせないとという使命感が勝った。
断層の亀裂はこの世界に入る為の入り口である。動物であれば迷い込んだとしても、そのまま居続けて生活をしたりする為、食料や自然を育てたりする意味で言えばメリットしかないが、これが人間や魔族であれば、入り口を広げ侵入してくる可能性もあるのである。そうした意味で精霊の住む断層街は亀裂管理を徹底しており、動物達を招き入れる時に解放する程度であり、普段は完全に閉じているのである。それが広がった土地に亀裂がバラバラに出現している訳である。
『ちなみに明日までこの場所に留まった場合、できる限り拡大化を抑えた場合でも180%から1620%以上になります。その場合、この場所の発見される確率も90%となりーー』
(要するにここを出ろって事だよな?)
『そうですね』
(その後の言葉もあらかた用意しているのなら、わざわざ遠回しに言わなくてもいいから結果だけ言ってくれ)
『普通に暮らせるようにできる用意ができています。ただ、その際に【黒の誓書】の力を使いますので、その許可を申請します』
(普通に⋯⋯? ていうよりも⋯⋯俺よりもその誓書を使いこなしている気がするんだが、そのレクチャーをしてくれないのか?)
『誓書に関しては教える事というものが不可能です。正確に言えば【既に理解はしている】が、【どこまでいけるのか】ということですので、私がやる事を見ていただければご理解ができるかと』
(わかった。でも、そこまで出来るのなら俺との主従関係がひっくり返ってもおかしくない気がするのだが⋯⋯?)
『それは絶対に不可能です。私が、もしもそれを実行した場合、その瞬間から私というモノは世界から消失します。それほど誓書の力は凄まじいですので』
(なるほど)
『それに⋯(そんな勿体無い事をするわけ⋯⋯)⋯ツミキ様がいるからこその私ですから』
(⋯⋯そうか。で、俺はこれからどうすればいい? どこで、誓書をつかうんだ?)
『昨日の場所です。そこに仕込みは終わっていますので』
亀裂問題も慌ただしく、リリィに昨日の場所まで連れていってもらう頃には昼過ぎになっていた。
『そこにある黒い点の上にツミキ様を下ろしてください。触れるとは思いませんが死にたくなければ黒い点には決して触れないように』
「はぁ〜い(汗)」
ツミキを黒い点の上へとゆっくり降ろす。
(⋯⋯あ⋯⋯)
身体中が液状化する感覚。そのまま溶けるように黒い点に吸い込まれていった。
「ええぇぇぇ〜⋯⋯」
リリィはその光景を見る事しかできなく、その後の行動をどうすればいいのかすら分からなく呆然と立っているしかなかった。
ゆらゆらとゆりかごの様に揺れている感覚。いや、もっと厳密にに言うならまるで狭い空間だけど生暖かい水の中、命の鼓動を感じているような心が落ち着くと言うべきなのか⋯⋯。
(⋯⋯胎盤)
覚えている事はないだろうが、もしかするとそういう感じなのかと咄嗟に理解してしまう。
【黒の誓書を起動。システム空間を確認。接続中⋯⋯】
前の世界での記憶が走馬灯のように流れていく。
【所有者:柊ツミキの所有物を読込(ロード)。確認致しました。現在進行形も含め⋯⋯】
懐かしい二人の姿を見る。
紬とつばき。共に育ち学び唯一家族と呼べる人達。
だが、その様子は見た事もない行動をしていた。
『紬お姉ちゃん! 結論を言ってよ!! お兄ちゃんの現状、どこまで知ってるの!』
『つばきちゃん⋯⋯それは⋯⋯』
見たこともない光景なのは当然である。俺が居なくなった後の世界だからだ。
『なんで! なんでお兄ちゃんの存在が消されていってるの! それにバンクのも消滅して子を⋯⋯』
なにその単語⋯⋯。ツバキ⋯⋯おまえ、何をしているんだ⋯⋯。
心配になっていると、紬がなぜかこちらを向き何かを言おうとしたが、
【構築完了致しました。システム起動】
完了の言葉に場面が消された。
目の前が温かな光に包まれ目を開ける。
「これは⋯⋯俺の家?」
玄関などはないが、リビングの中に俺は立っていた。紬が毎日掃除などをしている清潔なモデルルームのようなリビング。
姿は黒いままだが元の姿そのままである。そして、何より今は力の加減がハッキリと分かる。
冷蔵庫を開けるの出来るし、お茶を取り出しコップに注ぎそのまま飲むこともできる。
「⋯⋯美味い⋯⋯」
久々と言えるほどの時間が経っているとは到底思えないが、ひどく懐かしく自分の家にあるお茶が懐かしく美味しかった。
それから家を少し見回るがつばきや紬の部屋はなく俺の部屋と見知らぬ扉だけがあった。
俺の部屋も元の状態であったが、もしかするとツバキが俺のベットで寝ていたのかも知れない。これも少し懐かしいと思える程、ほんのりと香る華の匂いが付いていた。
「あとはこの部屋か」
ドアノブを握ると頭の中にそれぞれの空間が頭の中に現れる。
(あぁ⋯⋯なるほど)
一つの場面を意識してドアノブ回して開けると様々なインスタント食品が揃っている部屋に出る。
そこから再び別の場所を意識してその部屋から出ると次は銃火器などの兵器の部屋に出る。
「これは俺が所有していた世界中にあった倉庫に繋がる扉なのか⋯⋯もう、なんでもありだな⋯」
「正解です。これで黒の誓書ができる幅というものがお分かりにいただけたでしょうか? 特に人の街なぞ行かなくてもここにいれば何不自由なく暮らしていけますよ」
そこには紬が立っていた。
「⋯⋯紬なのか?」
「はい。そうですよツミキ様。貴方が生まれた時より常に共にいた姉でもあり侍女であり師匠でもあります。ツミキ様が望むならどのような事でも致しますし、ツミキ様が望んでいた平穏な暮らしもここでならできますよ」
「⋯⋯まぁ、それもいいか⋯⋯」
「⋯⋯では!」
「とは思うが、紬ではないのに紬だという嘘をつく者とは一緒には暮らせないな」
「⋯⋯私は紬⋯⋯」
「いやいや、紬に成り代われるほどの自信があるなら、たぶん何を質問しても全て答えられるんだろう。だが、先程の優劣をつけたかったのかどうかは知らないが俺の知らない二人の場面を見せたのは悪手だったな」
「⋯⋯あちらとの接続は既に断たれました」
「そこなんだよな。あちらとこちらの言い回し。それは紬が言った通り異世界から転移者や転生者なら言えるんだ。そこで思う事が一つ。紬以外にも一つ心当たりがあるんだよ」
「⋯⋯⋯⋯」
「俺が生まれた時から知っているなら、それは最初に紬が俺に渡したモノ【龍眼】と言いたいところだが【ナビ】が、アルファの正体だろ?」
「⋯⋯そ⋯⋯」
「ここからは予想だが、アルファがこちら側に来た時になにかしら恩恵みたいなものが手に入ったと考えられる。紬が言う通りなら異世界→地球であれば『存在』再び地球→異世界に来たとなれば、元々実体のなかった案内役であれば『自我』とかな」
「⋯⋯流石は⋯⋯ツミキ様ですね」
存在を手に入れたとはいえ、元々持っていた紬の知識から地球ではやる事は無かった。だが、今回で自我が芽生えた事により紬との接続が曖昧になっていった。自我と自我のぶつかり合いともいうべきだろうか⋯後で入った私に入り込む隙間もなく、このまま消えていく運命からは逃れられないと覚悟はしていたが、私のシステムをそのままツミキ様に譲渡した。自我が生まれた事により切り離しができたまったくの偶然の賜物。
生まれたばかりのツミキ様のナビとしての役割を得た私は⋯⋯そのまま最初は母性、成長していく姿に好意を持ち、そして最後にずっと一緒にいられたらと憧れを抱いた。
「最初にアルファと名前をつけた時に一瞬の間がきになったのもあるんだが、最後にみせた二人の場面。紬がこちらに一瞬気づいた様に見えて⋯⋯あれ『捉えた』や『見つけた』と言ってたからな〜⋯⋯」
正直、不安でしかない。
「そんな間はなかったはずですが⋯⋯」
「口で喋らなくとも俺たちぐらいなら目だけで十分会話できるからな。まぁ、俺を見たと言うよりはアルファを感じたみたいだったし、会話ができるならしておきたかったし、伝言頼めるならしておきたかった。じゃないとこちらに来る可能性が高い」
「不可能です。紬がいた世界ではありませんし、既に接続は断たれています」
「表面上はだろ? 創造魔法なんてあるんだ。出来るできないじゃなく多分、紬(アレ)はやるんじゃないかと思う。そもそもアルファと紬の関係性は切っても切れない繋がりっていうのは、先程の紬で理解できたからな」
「そんなまさか⋯⋯」
もしかしてツミキ様に移行したのも私を助ける為? それともただ単にツミキ様を育てる為? 考えれば考えるほど別の意見が生まれる。
「その迷いと葛藤が自我だな。ちなみに気づいてないかもしれないが、独占欲も、嫉妬も、優越感も全部『自我』の表れだよ。ナビが自我を手に入れた事により気付かぬうちに喋り方も微妙に変わってきたりしてるし、本来なら子供の時に感じて制御していくんだが⋯⋯」
『⋯⋯⋯⋯!』
ふと思えば⋯⋯そうだ。なんで私は⋯⋯意地悪な物言いに紬に対して勝ったと一瞬でも思っていたのだろうか⋯⋯あなが⋯⋯。
「穴があったら入りたいと思ったなら、それは『羞恥心』だな」
『言わなくても分かります! まさかこの不確定な自我というものがここまで影響するなんて⋯⋯くっ!!』
「そんなもんだ。だから本来であれば子供の頃からしっかりと親が教えていくしかないだろ? で、紬の姿はもういいのか?」
『はい、もう必要ありません。彼女がいずれこちら側に来られるなら私は私でやることをしておくべきだ判断しましたので、私はナビを辞職さしていただきます』
「うん? どう言う意味だ?」
(一心同体といってもおかしくない俺たちが別れる事は不可能じゃないか?)
『私はこれから最優先で調べる事ができた為、意識下へと沈みます。仕事の引継ぎはベータが引継ぎます。過去の私と遜色はないので今より使い勝手は宜しいと思われます』
「ベータ? 初めて聞くが」
『それはそうです。たった今、私の意識を組織化にして分けましたから。アルファやベータはよく名付けされると地球人の記憶を読みましたので』
読んだと言う言葉に嫌な予感がすると同時にアルファがニヤリと笑っている様に感じた。
『理解していただいて嬉しい限りです。自我が芽生えたなら今一度人生を振り返り私の人格を構築させ安定させれば問題は解決しますので』
「で、その後は?」
『現状予想では、紬やツバキ様と同様になり得る可能性が99,876%ですから、ツミキ様の記憶を読み解き貴方の理想の姿を構築させて肉体を手に入れる事になりそうですね。私の肉体が早いかライバル達がこちらに来るのが早いかの問題になりそうですが』
「紬はともかくツバキは流石に違うだろ⋯⋯」
兄妹での仲ははっきり言って悪くはないが、それはあくまで兄妹愛である。
『こう見てみると、私と貴方は似ているのかもしれませんね。私としては紬よりツバキ様の方が恐ろしいですけどね』
「それは、どういう意味だ?」
『うふふ。それは⋯⋯その時までのお楽しみでしょうね。では、ツミキ様。暫しの間お暇をいただきます』
身体からすぅっと何かが引いていく感じがした。
「はぁ⋯⋯。まぁ、何を考えても仕方ないか⋯⋯とりあえず、飯や娯楽の心配は無くなっただけマシと思おう」
『マスター。現在、軽い空腹状態ですから軽い食事をご用意いたしましょうか?』
「あぁ、ベータか。じゃあよろしく頼む」
『かしこまりました。コーヒーはいつも通り濃いめでよろしいですか?』
「ああ、それと⋯⋯」
『大丈夫です。ミルキーもご用意いたしますので』
少し大きめのミルクキャンディを口にいれ、そのままコーヒーを含み少し転がすとまろやかな味に仕上がる。別に俺の趣味ではないが、紬とツバキにこれがコーヒーの飲み方として決定付けられた為、癖になっているだけだが懐かしい気分には陥る。
『この後なのですが、この空間に入る為の黒穴をその上に小さな小屋でも建てカモフラージュする事をお勧めします。小屋は基本的にマスター以外は中に入る事は不可能ですので不壊属性をつける予定ですが他に何かご希望はございますか?』
「とくにはないが⋯⋯そういえばここに人が訪れる可能性はどれぐらいある?」
『人ですか? 動物を含めれば数値は上昇しますが、人であれば⋯⋯位置や地形から見て0、3%程度でしょうか?』
「なら、小屋の外に【何でも屋一回10硬貨】とでも看板を置き投函するための箱と紙でも置いてくれ」
『はい。かしこまりました。ですが、なぜその様な事をするのか教えていただいてもよろしいですか?』
「なんとなくだ。もしかすると、それで何かが始まるかもしれないし始まらないかもしれない。些細なきっかけで世界はいくらでも変わっていけるのが世の中の法則だ。ただの小屋だけだときっかけ作りには弱いからな」
『なるほど。その判断がどのような形となるのかとても楽しみです』
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