第5話 精霊とツミキ

『あー』


 先程までの震えは止まり、声にビクリと反応するだけで頭はいまだ地面についている。


『まず最初に俺は魔王じゃないし、征服するつもりもないから安心してくれ』


「でも⋯⋯先程、貴様ら羽虫の地を蹂躙されたくなければ⋯⋯と仰られていたのですが」


(アルファ⋯⋯おまえ⋯⋯。しかも、調整とかいいつつ、ただ単に相手の脳に直接話しかけてるだけだよな)


『確かに貴方の声色でそれらしいテンプレートを発しましたが、そうでもしないと精霊は来ませんので仕方がない処置だと判断します』


(⋯⋯まぁ、次回したらクビだったからな。過ぎた事はもういいが⋯⋯)


「あ、あの⋯⋯」


『あぁ、すまない。先程のは貴方を呼ぶためにした行為だと思ってくれ。そして軽率な行動をし迷惑をかけてすまなかった』


「い⋯⋯いえ、力の差は歴然ですので謝罪の必要ありませんが、精霊をよんだのはどうしてでしょう?」


『ああ、湖で水浴びをしたいんだ。この姿ではなく元の姿でな⋯⋯。ただそれだと、歩く事もままならず動けない。だからこの姿で行こうとしたらどうやら湖に着く頃には黒くなるらしい。そこで亀裂を感じとったから呼んでみたんだ』


「水浴びとかは私たちの許可などは必要ないのですが、元の姿に戻った場合は⋯その⋯周りの影響は大丈夫なんですか?」


「あぁ、元の姿は周辺に危害を及ぼす事はないが、動くと破壊してしまう可能性がある」


「では、お迎えにあがりますので、元のお姿にお戻りになっておいてください」


「分かった。それと色々と迷惑かける様で悪いのだが、質問と寝床も任せ【ていいか?】る。 【俺ができることなら】⋯⋯」


「?? 質問は私がわかる範囲で質問はお答えいたします」


(アルファどういうつもりだ?)


『下手に出る必要はないと判断いたします。俺ができることならーーと、仰られた場合、いいように力を扱われたりする可能性がでてきます。それほど強力な力を所持している事をお忘れのない様に』


(⋯⋯そうか。わかった。今はまだアドバイスを聞き入れる様にしよう。そういえば、この状態で彼女に影響がないのは何か半透明な姿と関係があるのか?)


『はい。現在は断層からの様子見で姿は見えるけど実体はいない状態です』


 仰向けのまま、暗くなった空を見上げると元の世界にはない星々を眼にする。それは元の世界では味わえないほどの星の数に感動を覚えた。


「ま⋯⋯魔王さま? ど、どこにいらっしゃるのですか〜?」


 先程までの絶対的な覇気がすでに嵐が過ぎ去ったような静けさが物語っていた事に戸惑いを隠せなかった。


「ばぶぅ」

『主人を気づかない精霊など存在を消滅したほうがよろしいかと』


「ひぃ! おまち⋯⋯あれ? この赤ちゃんは⋯⋯?」


『早く丁寧に優しく愛しむように抱き抱えなさい。いつまで地べたに寝転がしているのですか?』


「は⋯はひぃ!」


 優しく抱き抱えられると、ふわりと身体が浮かび地面から足が少しだけ離れる。


(おお)

 なんとも心地よい感覚だ。空中に浮いているように見えて、高級羽毛に包み込まれた中で揺り籠やハンモックなどに心地よく揺れている感覚。


『ちっ⋯⋯ご主人様が満足しています。そのまま湖に行き、身体を流してください』


「わ⋯分かりました。あ、あと赤ちゃんがピクリとも動かないのはなぜなのでしょうか?」


『その小さな手が羽虫の頭に当たった瞬間に跡形も無く消し飛ぶからです。まぁ頭だけではなく身体のどの部分が当たってもですが』


「ひぃ」


 その瞬間、赤ちゃんを落としそうになり、赤ちゃんは瞬間的に目の前にあるプリンのような柔らかなメロンを掴む。


「ばっ」『あ⋯』「ひぃ」

 3人共、やってしまったと声を出す。


【赤ちゃんではおっぱいの破壊はできません】


『⋯⋯なるほど、相性問題ですか』


「ばぶばぶ」

(その言葉⋯⋯絶対に今そう思って言っただけだろ⋯⋯。ただ、これはある意味ありがたいバグなのか⋯⋯)


 ペチペチと精霊の胸を掴んだり揉んでみたりペシペシと叩いてみたりしてみるが、普通の赤ちゃんと同じように触れる。


「⋯⋯はぁん。⋯⋯ぅん」


 艶やかな声色に変わっていく所で、自分がやってはいけないことに気づいた。


「ば⋯⋯ばぶ」

(すまない⋯⋯無造作に胸を触り過ぎた)


 精霊がその声に不思議な反応をして、おれを木に向ける。


『ご主人様、そのまま木を叩いてください』


 言われた通りに木を叩くと、木が根っこから吹き飛び、そのまま周りの木を巻き込みながら吹っ飛んでいく。


「はわわわ⋯⋯」

 精霊が今見た光景に先程言われた言葉の意味を察し、そのまま俺の手を片方のメロンにホールドさせる。


「ば⋯ばぶ」

(お⋯⋯おい)


『どうですか? これがご主人様の力を封印する最高の環境だと判断いたします。感度はどうですか? よろしいですね? よろしいのですね?』


「ば⋯⋯ばぶ」


 すこし頬を染めている精霊は恥ずかしそうに微笑む所を見ると、どうやら了承はしているらしい。


『最高ですか? 最高ですか?』


(お前はどの位置なんだよ⋯⋯。まぁ、本人が気持ち悪いと思っていないなら良いだろう)


『意外と冷静ですね⋯⋯そのお年頃ですと「やっふぅ〜!! 乳だぜ揉み放題だぜ!」みたいに発狂するかと思ったのですが』


(前の場所では、俺にいろんな事をおしえてくれた侍女がいたからな⋯⋯)

 ふと、紬の事を思い出すがそれは懐かしい気持ちからではなく、大人しく妹と元気に過ごしているかである。はっきり言って大人しくしているとは到底思えず、流石にここまで追ってくるとは思わないが⋯⋯。


『なるほど、色仕掛けには耐性有りと⋯⋯』


 改めて出発すると心地よい風に流れる景色は気持ちよかった。

「ばぶばぶ」

 地面から少しだけ離れているだけなので目線は爪先立ちをしている程度なのだが、歩くより早くまるで滑っていくかのように前に進んでいくイメージはまるで自分が風になったような気分だ。


 湖につくと他の精霊達も待機していた。どうやら黒い気が無くなった代わりに赤ちゃんになっていた事を見ていたらしい。


 女性達がキャッキャと俺を運んでこうとする巨乳精霊達。胸が小さい精霊は抱っこを悔しいながらも断念はしているが、その分ほっぺや足などの感触は堪能している。


 その間⋯おれは⋯⋯耐えていた。


 耐えるしかなかった。足も身体も動かしてはダメなおれはただ耐え続けるしかなかったのだが⋯⋯どうもテンションがアゲアゲになっていく精霊達は、食事をとして興奮しながらも衣服を脱ぎおっぱいを吸わせようとしてきた。


『どうなされますか? どうやら色々な意味でご主人様の存在に魅了されていますね』


(どうもしないが、とりあえず大人しくさせる。コップを用意させるよう伝えてくれ)

 とりたてて死活問題ではないので俺自身は冷静である。この姿である以上、食事の事も考慮はしている。


『わかりました』


 今にも押し付けてこようとする胸。その乳頭を赤ちゃんの手は見えない程の速さで『ゆっくり』うごいた。


「??」


 穏やかな風が一瞬舞うと、暴走しかけていた精霊達が今何をされたかもわからないままドサリと倒れ痙攣した。


『なにをされたのですか?』


「ばぶばぶ」

(胸を揉んだだけ。クーパ靭帯を傷つけないように凸部分から円を描くようにな)


『18歳でできる技術ではないですね⋯⋯ 。経験豊富どころか、触られた事も分からない程の的確な処置と刺激でミルクを出させるのは、さすがの私でも引きます』


(しょうがないだろう⋯⋯。拷問で一番怖いのは苦痛よりも快楽と教えられたんだからな⋯⋯。苦痛なら息止めて気絶すればいくらでも遅らせれるが、快楽はそうもいかないんだから)


『前の世界は⋯そんなに物騒だったんですか⋯⋯? この世界ではありえません』


(表は平和だよ。ただ裏の世界は⋯⋯)


 話している内にコップに入れたミルクが運ばれてくる。


『飲むのですか⋯⋯?』


(飲みたくはないが⋯⋯毎回、龍体を纏って食事をするのは迷惑がかかるだろう⋯⋯)


『それは無理な願いですね⋯⋯』


 コップを持とうとするとパキャッと砕けてミルクがボタボタと落ちていく。次は俺がコップを持たずに口に入れてもらおうとするが唇が触れた瞬間にコップが木端になった。


「⋯⋯⋯⋯」


 上からミルクを落とすようにしたり、茎などの棒に垂れ流す様にしようとしたが、赤ちゃんの喉は繊細で咳込んだ瞬間の事を考えただけで全面的に却下になった。


「⋯⋯⋯⋯しあわせです」


 結果、そのまま直飲みしかなかった。精霊はとても幸せそうで、その反面⋯俺は嫌だったが道はそれしかなかった。いや遠見から見れば普通の光景であり精霊の見た目もさることながら慈しむ光景で絵になるといってもよかったが、その赤ちゃんの中身は18歳である。心の中ではそういうプレイにしか思えれないが⋯⋯どうしようもなかった⋯⋯のだ。


『大丈夫です。しっかりその映像を保管していますので、何かあれば使いましょう』


(使うことなんざ一生ねぇよ)


 そのあと、食後のゲップで一悶着があったとにやっと一区切りがつき、この世界の事を聞こうとしたら先に精霊からかしこまった顔をした。


「この階層にどのような方法で渡ったのでしょうか?」


「ばぶ?」

(それはどういう意味だ?)


「先に勝手に情報を視た事をお許しください。魔王⋯⋯いえ、ツミキ様の能力値だと、第一階層ではありえない数字なのです」


「ばぶば」

(その質問の前に、質問で返して悪いが、階層や断層が当たり前に使われている、この世界の事を教えてくれ。そもそも俺はこの世界に来てまだ数時間程度しかたってはいない)


 その言葉に精霊達は驚きを隠せずにいる。


「数時間⋯⋯それは⋯⋯なんという。いえ、そうですね。先にこの世界の事を説明しておきます」


 話を要約すると、この世界は一つの世界ではあるが、一つに見えて世界は重なっているのだという。

 例えば地球の世界地図があるとする。日本が一階層とすると、歩いて外国に出ても一階層のままだが、許可を貰って空港から出ると二階層になるという訳だ。2階層になった外国から歩いて日本に帰っても日本という土地はあるが街はない状態である。


 一つの世界だが、その階層で世界観はガラリと変わっているようなものである。わかりやすく言えば一階層でいえば日本が世界を手に入れた状態で物事が進んでいると思っていいだろう。二階層の外国でいえばその外国世界を手に入れた状態であるということだ。


 ただ今言ったことはただの例としてであり、この世界では階層ごとに魔王などの争いもある為、それぞれの村も各所にある。それぞれの村といったのは階層毎であり、階層の入り口や出口がある場所に王城が建っていると言っても過言ではない為、どこでも階層出入り自由ということにはならないのである。


 何より階層を渡るのはデメリットの方が多い。一階層最上位の強者でも二階層に移った場合は凡人レベルまで能力が下がる。その差は約10倍程度である。勿論、再び鍛えれば二階層でもやっていけるがそれまではチンピラにも苦戦する程である。


【一階層移動前のステータス】

 HP1000(上限1500)

 攻撃力358(上限780)

 防御力450(上限1050)

 が、二階層に渡ると、

 HP100(上限16700)

 攻撃力39(上限8500)

 防御力45(上限13000)

 となる。


 修練(レベル)の上げやすさはあるのだが、それに伴う危険も増す。その分、更なる高みに登れるが上の階層にいくには勇者のような実績を残した上で王の許可なしには移動は不可能である。


 逆に階層を下る時は、時限をつけた上で階層移動する為、ステータスが一時的に下がるが元の階層に戻ればステータスは元の数値に戻る。時限をつけない場合は永住扱いとなりステータスは永久に下がり、再び元の階層に戻るには王の許可が必要になる為、ほぼ不可能といえる。


「ばぶ」

(で、俺のステータスは何階層ぐらいになるんだ?)


「⋯⋯分かりません⋯⋯。現在はこの世界は七階層までありますが、そこでは気をつければ生活はできそうな気はします」


「ばぶ?」

(それにしては歯切りが悪く聞こえるが)


「一階層でこの数字が生まれる事はありえないのです。そもそも二階層に行った場合のステータスの伸びなど想像ができません」


「ばぶぅ〜」

(なるほど)


「自分勝手な想像でアホみたいな事を言いますが、もしかするとツミキ様は我らの王ではないでしょうか?」


「ぶ?」


「人には勇者、魔族には魔王。精霊達にはそういう者がいままで現れた事はありません。そのためどちらに加担することもなく平穏に狭間で生きていく事を選んだのです」


「ばーぶ?」

(貴女は王女なのだろう?)


「形式上です。何かがあった時に犠牲になるようにできた王族ですよ。形だけの王族はその通りに地位は高くなく、ただ身体を清めながら生き神聖力をつけるのが仕事で、メリットは食べ物が献上される程度です。ですので、犠牲にならなければいけない時は嫌がる事もなく⋯⋯」


「ばぶばぶ」

(理解した。ただその可能性は無いと断言する。俺はそもそも田舎の貴族に生まれた無能者が当初の予定だったからな)


「そ、そうですか⋯⋯」


「ばぶばぶ」

(ただ、当分は隣人となるんだし仲良くはして行きたいとは思うから、よろしくしてくれると助かる)


「それは助け合ってくれるというわけですか?」


「ばぶ」

(あぁ、この身体でどこまでできるかは不明だが⋯⋯それ考慮して何ができるかは明日にでも確認だな)


「でしたら、今日は私たちの街で泊まるようにしていただけませんか? 本当はこの湖の周りに簡易的な寝床を用意さしていただいたのですが、私の家でしたらベットもありますので」


「ばぶばぶ」

(水浴びも食事も終わったし、俺は元の場所で寝てもいいんだが、なにか理由があるなら正直にいってくれ)


「やってもらう事は寝てもらう事なのですが、寝てもらうことにより、もしかすると断層を支えている世界樹の成長を促進できるかもしれないので、もし少しでも成長したのであれば、私たちにとってはそれが一番助かります」


 数世代経っても、未だ若木のままであるらしい。世界樹が成長すれば土地が広がり、食料問題も解決に至るという。


「ばぶ」

(どうなるかは分からないが、そういう理由なら断る理由はないから、よろしく頼む)


「はい! 改めまして、挨拶が物凄く遅れましたが私の名前はリリィ・アイリーナです。これからよろしくお願いします」


 最初は友好関係を結ぶつもりはなく、すぐに殺される覚悟して来たんだろうが⋯⋯その後の食事した中というか与えたというか、今となっては母性本能が勝っているのかもしれないなと、表情を見ながら思う俺であった。

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