第56話 相談者に選んだのは
翌日の会社で意気揚々と話しかけてきた宗一郎をガン無視した。
仕事に取りかかってもミスばかり連発し上司に説教された。
残業してみたがどうにも頭が回らない。部屋の中は俺がいる場所以外の照明が落とされて暗かった。
どのみち仕事に身が入らない。一人椅子の背もたれにもたれて長い溜息を吐いた。
「帰るか」
昨日の帰り道で見たキューピッドが忘れられない。
これまで恥ずかしがって照れていたのとは違う。
上気して桃色に染まった頬。噛みしめた赤い唇。
弱ったような表情なのに、その瞳だけは頑なに強い光を放っていた。
「えー、両思いじゃん」
一人ごちたら虚しさが増した。
じゃあ、付き合っちゃえよ。なんて、簡単に言えたら楽なんだろう。
でも、そういうわけにいかないのだ。
「だって、トナカイだし……」
どんなに人間のようでも、べらぼうにきれいでかわいくても、その正体はトナカイで、しかもサンタクロースのソリを引くという立派な仕事を担っているトナカイなのだ。
「姉妹を集めて帰るんじゃなかったのかよ……」
真面目ではある。でも、決してしっかりはしていない。それがキューピッドだ。
だけど、そんな斜め上の方向に舵を切らなくたっていいだろ。
これまで「帰らない」宣言をしてたトナカイ達をさんざん見てきたくせに。それでいつも困ってたくせして、今さらそりゃないだろ。
「どうすりゃいいんだ」
まだ見つかっていない二匹の姉達を探し出して、説得してもらえばいいのか?
でもそれで、キューピッドは素直に帰るんだろうか。帰りそうな気もする。
でも、もしも帰らなかったら?
俺は頭をぐしゃぐしゃかいた。昨日からぐるぐる同じことばかり考えている。結局行き着く答えは同じで埒があかない。
俺は会社を出ることにした。電車に乗り自宅を目指す。のろのろした足取りで、家を目指したはずだった。だが、たどり着いた先は――――――。
「お帰りなさいませ~、ご主人様~」
メイドカフェ『みみっこ☆カフェ』だった。
「なにしに来たの?」
あれー? おかしいな。ここは職場で、君はかわいいメイドさんで、俺はご主人様の設定のはずなんだけど。頼んだ魔女の涙のなんとかとか言うコーヒーを運んできたダンサーは塩対応だった。
「いやー、困ったことになってな」
「困ったこと?」
「実は、キューピッドが、帰らないって言い始めてな」
「え?」
予想外だったのだろう。ダンサーは細めていた桃色の瞳をぱちくりさせた。
一瞬宙に視線を向けて、俺に戻すと言った。
「もうすぐ仕事上がるから、マイゼリアで待ってて」
それだけ言い残して仕事に戻る。来店した客相手にきゃぴきゃぴきゃるるんって感じで声をかけるダンサーを、心からすげーと思った。
マイゼリアでボンゴレパスタとコーンスープを飲み、食後のコーヒーで喉を潤していたら、桃色の髪をなびかせてダンサーが現れた。ミートドリアを注文したダンサーはアイスティーを飲んでから俺に尋ねた。
「で、どういうこと?」
俺はかくかくしかじかと昨日の出来事を語った。片手で頬杖をついて聞いていたダンサーは表情を険しくする。
「なにそれ」
ダンサーの第一声はそれだった。
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