第33話 限定赤霧島様
お分かりになりません。
何の話をしてるのか全然さっぱりお分かりになりません。
「う゛ぃくちゃんはアニメが大好きなんだよ」
ルドルフがのほほんと言う。
「えーとなんだっけ? えーと、あにめおたく?」
アニメオタク?
俺の目の前にあったヴィクセンの顔から一気に血の気が引いた。
それまでの強気な態度が一変して急におろおろしはじめたのだ。
そして、小さな声でつぶやいた。
「アニメが好きなことは、そんなにいけないことですの?」
「いや、いけなくないだろ」
まるで雨の日に捨てられた犬みたいに傷ついた顔をするから、つい言ってしまった。
「ええと、なんだ、よく分からないけど、今のはアニメの話だったのか。芋焼酎が歌うアニメなんだな。れんとってのは黒糖焼酎だろ。そりゃ、芋焼酎にしてみれば異端だな。なかなかおもしろそうだ」
焼酎は歌手なんだろうか。
センター争いをしたり、新メンバーが入ったり、飲んだり飲まれたりして争うんだろうか。
ギャグアニメかなと俺は解釈した。
「アニメは日本の文化だし、俺も昔はよく見てたよ。好きな作品について熱く語ることはなにも悪くない。ルドルフ、アニメオタクとか、簡単に言っちゃだめだぞ」
「ふぇっ?」
ルドルフは大きな青い瞳をぱちくりとさせた。
「言いだしたのはルドルフじゃないぞ」
がつがつと具材をむさぼっていたダッシャーがふと箸を止める。
「ヴィクのことを二次元しか愛せないアニメオタクって言い出したのは、ダンサーだな」
「あー……」
つんとそっぽを向くダンサーが脳裏に浮かんだ。あの子なら言いかねない。
「ダンサーには赤霧島様の魅力が分からないんですわ」
ヴィクセンはむくれながら部屋の隅においてあった見慣れないカートを引っ張ってくると中身を開け、取りだした大きな紙をばばんと広げた。
「こんなにステキなお方。サンタお父様以外ではじめて出会ったんですの。ダンサーは目が腐ってるんですわ!」
広げられたのはポスターだ。多分等身大の。
ヴィクセンよりも背が高いせいで、途中から足がぐにゃりと折れ曲がっているが、それは俺の想像をはるかに超えたポスターだった。
「え? 焼酎じゃなくね?」
人だった。
俺が想像していたのは焼酎瓶だ。それが違った。全然違った。
ポスターに描かれているのは、ジャ○―ズアイドルみたいなきらびやかな衣装に身を包んだ、赤髪の男性だ。
「焼酎ですわ。間違うことなく、赤霧島様は立派な芋焼酎なんですわ!」
ヴィクセンは勢いを取り戻していた。
えーと、つまり、なんだ、これは……。
「擬人化か」
思い出した。そうだ。そうだった。
動物や乗り物や建物や、もはやなんでもかんでも人の姿に変えてしまうことがある。それが擬人化だ。
あれ? そうなると、このトナカイ達も立派な擬人化になるんじゃないか?
黙って成り行きを見守っていたらしい、キューピッドと目が合った。
「ヴィクセンは赤霧島様にお会いしたくて日本に来て、ずっと池袋にいたみたいです」
「なるほど」
「そうなんですわ。それで、今回なんと十二月一日に限定商品が販売されることを知りましたの。ですからわたくし、その限定赤霧島様をどうしても手に入れたくて、限定赤霧島様をこの手にするまでは、絶対帰らないことに決めたんですのよ!」
「は?」
「え?」
俺とキューピッドが同時に目を丸くする。
いきなりの帰らない宣言は寝耳に水だ。
っていうか、お前もか!
叫びたい気持ちをぐっと堪えて、キューピッドを見れば、ひどく困ったような顔をしていた。
ああ、もう。
「ヴィクセンちゃん、そもそもその、限定商品ってのを買えるだけの財力はあるのか」
「あるに決まってますわ」
「それはよかった。じゃあ、なにがなんでもその商品を手に入れよう。俺が手伝う。だから絶対入手して、ちゃんとみんなと帰るって約束してくれ」
「なぜ黒須が手伝ってくださるの?」
「トナカイ姉妹みんなそろって、帰ってほしいからだ」
ヴィクセンは腑に落ちないという顔をしていた。
だが、すぐにこれを好機ととらえたのだろう。
「絶対ですわよ。約束です」と、笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます