第32話 6番目のトナカイ
「どなたですの?」
それから三日後。
仕事帰りにコンビニでダッシャーを拾い、自宅にたどり着いた俺を迎えたのは、不機嫌丸出し敵意むき出しな赤髪のツインテール。
見た目年齢は高校生くらいか。
猫のようなアーモンド形の赤い瞳が特徴的な少女は、俺をまるで汚物でも見るような目で見つめながらこたつでぬくもりつつ、鍋をつついていた。
今夜はゴマ豆乳鍋らしい。いいよね。鍋大好きだ。
「新しいトナカイか?」
「なっ!」
赤髪ツインテールは大げさなくらいびっくりした顔をすると、箸でつかんでいた白菜を鍋に落とした。
「なっ、なっ、なんなんですの、いきなり。初対面の女性に対していきなりトナカイ呼ばわりとは、失礼じゃありません? あなたがどなたか存じ上げませんが、礼儀がなっておりませんわ。どこの野蛮人なんですの?」
どこのお嬢様なんですの?
と、言い返したいのをぐっとこらえる。
「やばんじんじゃないよー。サンタはサンタだよー」
玄関で迎えてくれたルドルフがいそいそとこたつに入り、鍋の具をお玉ですくいながら言う。
「そうだな、三田は三田だ。しがない社畜だ」
おい、どこでそんな言葉覚えたんだ。
ダッシャーは洗面所で手を洗うとさっさとこたつに入り、箸を持つ。キューピッドが追加の肉と野菜を運びながら言った。
「さっき説明したでしょ。この方はこの家の主様で、私達と一緒に姉妹を探してくだっている三田黒須様。とってもお優しい方なんですよ。三田様、この子はヴィクセンといって、6番目の妹です」
「あっ、キューお姉様どうしてわたくしの名前をそんなに簡単に明かしてしまうのですか。殿方にそんなに簡単に名前を知られてはいけないのですよ」
「どうして?」
「名前は大事なんです。名前からはじまる運命があるんですの!」
ヴィクセンは力説する。キューピッドは戸惑うような顔をした。
「へぇ、ヴィクセンっていうのか、よろしくな」
「なっ! 呼び捨て!?」
「だめか?」
「だめに決まってます。わたくしを呼び捨てにしていいのは、サンタお父様と赤霧島様だけなんです!」
サンタお父様はともかく、赤霧島?
はて、どこかで聞いた覚えがあるような、ないような。
まあ、ともかく。出会ったばかりの他人に呼び捨てされたくない心理は分かるので、俺は「そうか」と頷いてひとまず着替えた。
鍋だ。鍋だ。
寒い夜は鍋を囲むに限るな。
ふんふん鼻歌なんか歌いながらこたつに入り、キューピッドから受け皿をもらって鍋の具をすくう。
買ってきたビールをグラスに注ぎ、ふと思う。
鍋なら焼酎もいいな。湯で割って飲めばさらに身体があったまる。
「あっ」
突如閃き、俺からできるだけ離れて鶏肉を食べているヴィクセンに言った。
「そうか。赤霧島ってあれか、芋焼酎か。ヴィクセンちゃんは芋焼酎が好きなのか」
見た目はまるきり未成年だけど渋い趣味してるな。なんて思ってたら、ヴィクセンの赤い瞳が見る間に輝きだした。
「え? 黒須、あなた赤霧島様をご存じなんですの?」
俺のことは呼び捨てなのか。たぶん年上なのに!
「こんなところにまさか、スイートポテト♡ショウチュウズをご存じの方がおらっしゃったなんて」
「え? なに? なんだって?」
「少しだけ見直しましたわ。それじゃあ、赤霧島様が黒霧島と双子なこともご存じですのね」
「赤霧島と黒霧島って双子なの? 使う芋の種類や麹が違うだけなんじゃなくて?」
「黒須、あなたはどの方を推しておられるんですの?」
「ねぇ待って。ちょっと待て。会話がかみ合ってない気がする。ヴィクセンちゃんは、一体なんの話しをしてるのかな?」
「教えてくださいな、黒須。あなたは四期もご覧になっていて? 今期は、不動のセンター魔王と佐藤が対立してしまったのと、新メンバー異端児れんとのせいで他のメンバーが萎縮してしまって、もう波乱な幕開けなんですわ。あなたはどうお思いになります? それと、新曲はもうお聴きになられました? 今回も赤霧島様と黒霧島の楽曲の掛け合いが素晴らしくって、わたしくし毎日リピートしているですけども、今回はなんと! 来年発売されるアルバムの中に赤霧島様のソロ曲が! あるんですの! ついに赤霧島様がお一人でお歌いになられるんです。今日も池袋の乙女ロードに行ってきたんですが、赤霧島様のポスターを見るだけでこう、胸が熱くなって涙が出てしまうんですの。黒須、お分かりいただけるかしら? あなたならお分かりになるわよね?」
すげー離れてたくせに、すげー近づいてきたヴィクセンは俺の目と鼻の先まで顔を寄せ、その赤い瞳を涙できらめかせていた。
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