第34話 乗りかかった船だから

 

 ふぅ、案外簡単に事が収まってよかった。

 俺達の話が済んだからだろう、ルドルフが「アニメオタク」と呼んだことをヴィクセンに詫びた。

 素直に謝られたせいか、ヴィクセンは気まずそうな顔をした。

「ま、まあ、よろしくてよ。ルドルフはまだお子様ですものね」

「うん。ごめんねう゛ぃくちゃん。ね、ね、この人さ、きれいな赤い髪してるのね。う゛ぃくちゃんとおんなじだ」

 赤霧島とヴィクセンを見比べてルドルフが言う。

「赤い色、きれいだよね。サンタパパのお洋服と同じ色」

 ルドルフに無邪気な笑みを向けられて、ヴィクセンは完全に毒気を抜かれたらしい。

「そうね。あと、ルドルフの光る鼻と同じ色ですわね」

 つられて笑うヴィクセンはただの愛らしい少女だった。

「つーかさ、ヴィク。お前、コメ姉と一緒だったんじゃないのか?」

 あらかた鍋を腹に収め満足したのか、ごろりと横になりながらダッシャーが言った。

 何気ない一言だったが、笑顔だったヴィクセンの表情が今にも泣き出しそうに変わった。

「どうした? ってか、コメ姉って、トナカイの姉のことか?」

「そうです」と、キューピッドが静かに頷く。「コメットは4番目の姉妹で、ヴィクセンと行動を共にしてたと思うのですが」

「コメ姉ぼーっとしてるからな。ヴィクに連れて行かれたはいいが、おおかた、赤霧島に夢中になったヴィクに置いてかれたんだろ」

「申し訳ありませんわ」

 ヴィクセンはしゅんと肩を落とした。

「百歩譲っても、ダッシャーの言う通り。気づいたらコメット姉様の姿はなくなっていたんですわ」

「百歩譲らなくてもそうだろ」

「ダッシャーに事実を突き詰められる日が来るなんて、不甲斐ないですわ」

「ヴィク、お前、コメ姉をどっかやっといて、なんだその言い方」

「あら、お気に障りまして?」

「障りまして、だ!」

 立ち上がったダッシャーはヴィクセンにつかみかかった。

「きゃあ、暴力反対ですわ!」

「うるさい、お嬢様気取り。そんなんだから、ダンサーに好き勝手言われるんだぞ。好きなものに夢中になるのはいいが、コメ姉と一緒に行動するならもっとしっかりしろ」

「そんなこと、分かってますわ。わたくしだって、わたくしだって、最初はちゃんとコメ姉様の手を離さないように、目を離さないようにしていなんです。でも、でも、赤霧島様と目があってしまったから……」

「だったらはじめから一人で行動しろよ」

「一人じゃ恐いんですわ。人も多いし、そう、人が多くて、それに人が多いから……」

「やめろ」

 ダッシャーに胸ぐらをつかまれたヴィクセンは涙目になっていた。

「ダッシャー、ヴィクセンちゃんを離せ。コメットがいなくなったのはなにもヴィクセンちゃんだけのせいじゃないだろ。コメット本人にも問題がある。いなくなったんなら、探すしかない。今までみたいに、ルドルフ、匂いを追えるか?」

「ふぇっ?」

 頬を鍋の具材でいっぱいにしていたルドルフはきょとんとした。

 もぐもぐごくんと口の中身を呑み込むと大きく頷く。

「うん! 大丈夫! こめちゃんはう゛ぃくちゃんの近くにいると思う。う゛ぃくちゃんを先に見つけたけど、こめちゃんの匂いも微かにしてたから。その、ふくぶくろうにいると思う」

「そうか、コメットも池袋にいるんだな。それなら」

「明日、私達で探しに行ってきます」

 キューピッドが言った。

「コメットのことは私達に任せてください。ダッシャー、ヴィクセン、三田様にお見苦しいとこを見せてしまったこと、謝れますか?」

 ダッシャーとヴィクセンは互いに顔を見合わせてから俺を見た。

「三田、その、うるさくして、すまなかった」

「ごめんなさいですわ」

「いや、別にいいけど。ただの、なんていうか姉妹のコミュニケーション? だろうし?」

「う゛ぃくちゃんとだしゃはいつもとっても仲良しなんだよ」

 ルドルフがにこにこ言う。

「5番目と6番目の姉妹なんだよな、二人は。喧嘩するほど仲がいいってやつなんだろ」

 ダッシャーとヴィクセンはもう一度互いに顔を見合わせてから、不思議そうに俺を見た。

「変わった方、ですわね」

 ぽつりとつぶやいたのはヴィクセンだ。

「三田は変人だからな。変人じゃなきゃ、そもそも姉妹を探してなんてくれないし、私達をこの家に住まわせたりしないだろ」

「確かに、そうですわね」

「ダッシャー、ヴィクセン」

 意気投合した二人をキューピッドがたしなめる。

「いいよ、キューピッド。俺も自分のこと変人だなって思うし。でも、乗りかかった船だから、姉妹は全員無事に帰したいって思ってるし」

「サンタはへんじゃないの。やさしいだけなのー」

 ルドルフが俺に抱きついてきた。

 ダッシャーもヴィクセンも笑う。

 キューピッドはそんな俺をぼんやりと見つめていた。


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