第29話 宗一郎が言うことには
「それって嫉妬じゃないんですか」
俺は細かい部分は省いて昨日のやりとりを宗一郎に説明した。
「嫉妬?」
宗一郎はカフェラテを一口飲んで頷く。
なんてことないソファに腰かけて甘いカフェラテを飲んでるだけなのに、ファッション雑誌の一部から切り取ったかのようにやけに様になっていた。
「だから、その子は妹の存在に嫉妬してるんですよ。妹ができるまでは自分が一番かわいがられて、一心に愛情を受けていた。それがなくなって、自分の価値もなくなったと思ってるんだと思います」
俺の脳裏に甦ったのはダンサーの言葉だ。
『みんなが私を私として見てくれる。愛してくれる。最高に気持ちいい、まさに私の天職だよ』
「なんか思い当たりました?」
宗一郎は俺の変化にすぐに気づいたようだ。
「あ、いや、なんか、そんなにか? って思って」
「そんなに?」
「俺、上にも下にも兄弟いるけど、そんな風に思ったことはなかったと思う」
「それは先輩が男だからっすよ。女心は奥が深すぎて、一周回って未知っすから」
「未知なのか」
「まあ」
宗一郎は缶コーヒーを飲んで一息つくと、窓の外に目をやった。
「その子、姉妹の中でもしっかり者だったんすよね。いい子ちゃんでいられたのは、お姉さん達の愛情を感じられてたから。だから、がんばれてたのかもしれないっす。その立場を妹に取られてしまって、自分の存在理由を見失っちゃったのかもっすね。責任感が強い人って、実は甘えん坊なんですよ。だから、思い切り甘えさせてあげたら、」
宗一郎の黒い瞳が俺に向く。
「堕ちますよ」
「おっ? おちる?」
「先輩のものにできるってことっすよ。先輩はその子を堕としたいですよね。俺、いくらでも協力します。今度その子に合わせてください」
宗一郎は腕時計に目を落とすと一瞬ヤバイという顔をして、缶コーヒーを飲み干した。きれいな白い歯を見せて言う。
「いやー、まさか、黒須先輩から恋愛相談される日が訪れるなんて、俺夢みたいです。うれしいっす。先輩にも、ついに、ついに彼女が。奥さんができるって思うと、胸熱です。それじゃあ、また今度、進展聞かせてくださいね。チャオ」
ひらひらと手を振ると宗一郎は立ち去った。
すれ違う女性陣から熱視線を受けながら、颯爽と貴公子は遠のいていく。
「いや、いやいやいや、待てこら宗一郎! お前が急がにゃならんってことは俺だって急がなきゃいけないんだ」
俺はコーヒーを一気に飲んで、気管に入ってむせて、げほごほしながら空き缶をゴミ箱に捨てた。
なにがチャオだ。チャオじゃねぇ。
つーか、いろいろ間違えてんぞ。
俺はあいつに恋愛相談して、もはや好きな相手を堕とす戦略を教えられたのか。
感心して聞いてたのに。宗一郎ってもしかして本当はすごい人なのかもって、ちょっと尊敬しかけたのに。
やっぱりあいつはただのタラシだ。
女性の心を弄ぶ最低な奴だ!
「つーか、缶コーヒーおごるなんて一言も言ってねぇぞ」
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