第28話 女性のことなら俺にお任せ☆



「帰らない、か」

 会社のトイレで用を足しながらぼんやり振り返るのは昨日の出来事だ。

 ダンサーが姿をくらました後、後を追うことはできたがせずに俺達は三人でうちに戻った。

「ダンサーはいつもあんな感じだから、気にすんな」

 あっけらかんと言ったのはダッシャーだ。

「気にするなって言われても、気にするだろ普通。それに、絶対帰らないって、まずいんじゃないのか」

 今朝玄関で見送ってくれたのはルドルフとキューピッドだった。

 いつも通りのルドルフと違い、キューピッドはどこか浮かない顔をしていた。

 ルドルフとダッシャーは事の重大性に気づいてないのかもしれない。

 だから、キューピッドだけが気に病んでて、どうしようか悩んでるんじゃないかと思った。

「キューピッドのためにも、一刻も早くダンサーを説得せねば!」

「誰を説得するんすか」

「うわぁ」

 いつの間にトイレに入ってきたのか、宗一郎が隣の便器で用を足していた。同じ行動をとっているのに、なんでこいつこんな爽やかなんだ。

「あっぶないな。声かけるならもっと分かりやすくかけろよ、ズボン汚すとこだったわ」

「へぇ? いや、俺、普通にさっきからいましたけど。そんなに存在感なかったっすか?」

「なかった」

「そんなの言われたのはじめてっす」

「自慢か」

「事実っす」

 相変わらず可愛くねぇ奴だ。

 俺はさっさと手を洗ってトイレを出ようとした。

「で、黒須先輩、誰か説得するんすか? なんか問題勃発っすか?」

 手を洗っている俺の元に来ると、宗一郎は石鹸液をわしゃわしゃと泡立てて手を洗い始めた。

「もしかして、女性絡みっすか?」

 なんだこいつ、いつも以上に目が輝いてるぞ。手をハンカチでふきふき、俺は退散することにする。

「あ、待ってよ、先輩。なんなんすか。水臭い」

「だぁっ、やめろ。そんな泡だらけの手で俺のジャケットを引っ張るな!」

「なんで俺に相談してくれないんすか」

「離せ。なんでお前なんかに相談せにゃならん」

「えー? だって、女性のことなら俺にお任せ☆でしょ?」

「お前に任せたらまとまるもんもまとまらなくなって、余計にこじれる未来しか浮かばん。女絡みならなおさらだ」

「そんなことないっす。先輩、こういう時こそ、俺を頼ってください」

「その自信はどこからくる」

「俺には自信しかないっす」

 日本語が通じない。会話がまったくかみ合わない。

 やけにしつこい上に、泡だらけの手を離そうとしない宗一郎に俺は一旦折れることにした。

「分かった。分かった、話す。とりあえず相談だけはするから、その手を離せ」

「逃げちゃだめですよ、先輩。自販機でコーヒー買って待っててください。すぐ行きます」

「あいよ」

「あ、俺、コーヒーは砂糖とミルク入ってないと飲めません」

「分かった分かった。甘いカフェラテな」

 俺はトイレを出ると廊下を進み、休憩スペースに設置してある自販機へ向かった。

 俺の貴重な小休憩が……。

 がっくりしながら自販機に小銭を入れていく。

 缶コーヒーを二つ買い、ソファに腰かけて窓の外を見つめていること数秒後。

 意気揚々と宗一郎がやってきた。


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