第12話 3番目のトナカイ
おい、誰だよミシュランマンとか言ったやつは……。
俺の目の前に座る女性、ルドルフがどこもかしこも柔らかくてマシュマロのようだと形容して女性は、決してふくよかな女性ではなかった。
むしろ細い。上半身しか見えないが、その腕も肩周りも顔もほっそりとしている。ただ唯一、ふくよかだと言うのならば、その胸だろう。
薄手の黒いハイネックセーターを着ているせいもあって、その胸がやたらと強調されていた。
多分、E? Fカップくらい? あるんじゃね?
「あ、あ、あの……」
胸を隠すように手を組まれる。その指も白く細かった。
白魚のような手とはこういう手のことを言うのだろう。っていうか、いけね。胸ばっかガン見してた。
「あ、すみません」
でも、女性と目を合わせる方が勇気がいった。ついつい視線が下に向いてしまうのは、きゅーちゃんがまたえらい美人さんだったせいだ。
ぱっちりとした二重の目は深緑、その目を覆っているのは細い銀縁のメガネ。メガネが乗る鼻筋はきれいに通っていて、桜色の唇は儚げに薄い。緩くウエーブのかかった瞳と同色の髪は、右に寄せられ白いレースのシュシュで括られていた。
見た目は大学生くらいに見える。
「い、いえ、私の方こそ、ごめんなさい」
本当に申し訳なさそうに女性、きゅーちゃんは肩をすぼめる。というのも、俺の目の前には食べかけのグリーンカレーが置いてあった。
「おいしそうだと思ったんです。でも、こんなに辛いなんて、私思わなくて」
きゅーちゃんの前には新たに注文したチャイが置いてある。きゅーちゃんの隣でルドルフはチキンカレーをナンにつけておいしそうに食べていた。
「いえ、インドカレーを食べるの、はじめてだったんですよね?」
「はい。歩いていたらすごくいい香りがしてきて、緑のカレーなんて食べたことがなかったから食べてみたくなったんです。でも、食べたら口の中がピリピリして、どうしても食べられなくて、困っていました」
深緑色の瞳には涙が滲んでいた。
本当に困っていたのだろう。そこにタイミングよくルドルフと俺が現れたものだからきゅーちゃんは救われた。
食べ物を残さない主義なのに、食べ進められない罪悪感から泣きそうになっていたらしい。
きゅーちゃんが食べられなかったグリーンカレーは俺に回ってきた。きゅーちゃんはお口直しに甘いチャイを飲んでほっとして、事の経緯を俺に語ってくれたのだ。
「助かりました。ありがとうございます。このお礼をどうお返ししたらいいでしょう。私はあまりお金も持っていませんし、この身を差し出すくらいしかできないのですが」
食べてたグリーンカレーを吹き出しそうになった。
「は? いやいやいや、なに言ってんの」
「私、なんでもやります。この身体を好きなように使ってください」
「ねぇ、やめて。きゅーちゃんさん。そういうの、こんな公衆の面前で言うのはやめて。俺がなんか、すごいヤバイ人になっちゃうから。いいから。グリーンカレー、俺好きだし。なんなら大好物だし。食べられてうれしいから。だから、ちょっと、落ち着いて」
きゅーちゃんはまたも泣き出してしまいそうな顔をした。
俺はグリーンカレーをがつがつ食べて、おいしいアピールする。水を飲んだら溜息が出てきた。
ルドルフの姉だというからすごいのを想像していたが、なんか全然違う意味ですごい人だ。
この姉妹、どうなってるの。頭が痛い。
「本当に、申し訳ありませんでした」
「いや、もう謝らないでいいよ。本当に。きゅーちゃんさんに会えて、俺もよかったし」
「そう、なんですか?」
「うん。あなたはルドルフのお姉さんなんですよね」
「はい。私は3番目の姉です。ルドルフはまだ幼いので、私がよく面倒をみています」
「なるほど。いや、ルドルフが一人で困ってたみたいだから、あなたを探してたんです」
「そうだったんですね。ごめんね、ルドルフ。私、道に迷っちゃって」
「うん。分かってるよ。きゅーちゃんは悪くない」
答えるルドルフは口周りをカレーでベタベタにしている。
それをナプキンで拭ってやりながらきゅーちゃんは少しだけ笑った。
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