第11話 きゅーちゃんを探せ

 

 ルドルフと最初に向かったのは、きゅーちゃんとはぐれたという場所だった。

 そこは小さな公園だ。

 ベンチに座ってひなたぼっこしていたおじいさんがルドルフを二度見していた。

 やっぱり帽子かなんかかぶらせるべきか。外に出てみて改めて思うが、ルドルフは目立つ。


「んーと、きゅーちゃんとはここで別れて、私ずーっと待ってたんだけど、いつまで待ってもきゅーちゃん来なかったの」

「よかったな。変な奴にさらわれなくて」

「へ?」

「いや、なんでもない」

 人通りはそこそこあるが、こんな子供が公園で一人ぼんやり突っ立ってるなんていつ誘拐されてもおかしくない状況だ。

 しかも、ルドルフは食べ物さえ与えれば誰にでもついていってしまう可能性大だ。危険。この子本当に危険。

「ちなみに、そのきゅーちゃんも観光しに来たのか?」

「うーん? きゅーちゃんは私がしぶや行くーって言ったら、心配だからってついてきてくれたの。かんこーのことはなにも言ってなかったよ」

「そうか。きゅーちゃんも観光したい場所があるなら、そっちを探すって手もあるわけだが、本当にただルドルフの面倒を見るためだけについてきたとなると……、どうしたもんかな」

「でもね、近くにはいると思うの」

 ルドルフは赤い鼻を発動させていた。

「きゅーちゃんの匂いがする」

「へぇ」

 どんな匂いなんだろう。俺には全然分からん。

「こっち」

 ルドルフは鼻をすんすんさせながら歩き出した。

 公園を出て右に曲がり、一度大通りに出て、駅前のロータリを通り過ぎると商店街に入っていく。

 土曜日で昼時も近いからか、商店街はそこそこ賑わっていた。人混みの間を進んでいくルドルフにくっついてひたすら進むこと、五分ほど。

「ここだ!」

 香辛料のいい香りがする。そこはインドカレー屋だった。

「はわー、いい匂い。お腹空いたー」

「って、お前まさか、ただ単に自分が腹減ったから、この店を選んだんじゃないだろうな。さっき朝飯食べたばっかだろ」

「違うよ。きゅーちゃんがこの中にいるんだよ。ほんとだよ」

 よだれを拭いつつ、ルドルフは努めて真面目そうな顔をした。

 確かにその赤い鼻はぴかぴか光っている。

 見つめ合うことしばし。ぐううううと鳴ったのは、ルドルフのお腹だ。

「入るか」

 俺は根負けした。

 こんなとこで押し問答を続けてたって意味がない。きゅーちゃんがここにいるのかどうか確かめる必要があった。

 そうだ。きゅーちゃんが本当にいたなら、ルドルフをきちんとお返しして俺は晴れてお役御免になるのだ。


 カランと、ドアベルが鳴る。ドアを開けるとそこはもう異国だった。

 甘辛いスパイスの香り、金と原色を組み合わせた飾り、像の神様、そして厨房に立つインド人。ウエイターが俺に白い歯を見せる。

「イラシャイマセー、お二人ですかー?」

「あ、いや、ちょっと人を探してて」

「待ち合わせ?」

「まあ」

 周囲を見回してみる。カウンター席が五つと、テーブル席が四つある店内に人はまばらだった。

 女性となると数人しかいない。ミシュランマンみたいなふくよかな女性となれば、すぐに見つかるはずだった。

 だが、そんな女性はどこに見当たらない。

「おい、ルドルフ。やっぱりお前、この店でカレー食いたかっただけだろ」

「きゅーちゃん!」

 俺がこそこそ言うのも聞かず、ルドルフは駆け出した。

「え? きゅーちゃん? 本当にいるのか?」

 ルドルフが向かったのは一番奥のテーブル席だった。

 オレンジ色のランプが灯る薄暗い店内で、ひっそりと影に潜むように、一人の女性が座っている。女性は駆け寄るルドルフにぱっと顔をあげた。

「ルドルフ!」

「きゅーちゃん! よかった! こんなところにいたんだね!」

 感激して抱き合う二人になにを勘違いしたのかインド人は拍手を送った。

「ヨカタデスネー」

 俺はぽんぽん肩を叩かれた。

「はあ、まあ、よかったですね」

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