第7話 貴公子は春風のように
遅刻して出社し、お客さんとの打ち合わせを二件終わらせたらとっくに二時を過ぎていた。
遅めの昼食に社内の食堂に向かい、券売機の前でさてなにを食べようかと考えていたら後ろからどつかれた。
「お疲れっす、黒須先輩!」
びっくりするだろ! どこのどいつだ!
と、叫ばなくったって分かる。俺のことを名前で呼ぶような奴は社内に一人しかいない。
「痛いだろ。やめろよ、
振り返るとキラキラまばゆい光に目がくらむ。
いや、比喩とかそういうのじゃなくて、本当に輝いているのだ。
なぜか、彼は。
寝癖とかいう言葉を知らないんじゃないかってほど、いつもさらさらの黒髪。
さすがは二十代。健康状態のいいきめ細やかな肌。
180センチの高身長をシワ一つないスーツで包む姿は完璧そのもの。
そしてなによりも吸い込まれそうなほど深い、黒い瞳。
その目に見つめられれば、男の俺だってどきりとする。
いや、毎日顔合わせてんのにいちいち動悸してたら心臓もたないからもう慣れたが。
とにかく、同じ営業部に所属している
「黒須先輩なに食べるんすか? んー、あんま残ってないっすね。あっ、鶏南蛮定食が二つだけ残ってますよ。これ、うまいっすよね。俺大好きです。先輩も同じものにしましょうよ。ねっ」
俺がぼんやりしてる間に宗一郎は勝手に俺の分の食券まで購入すると、俺の腕をつかんで食堂に進んでいく。
「おばちゃーん、ごはん大盛りで。お味噌汁もたくさんね。お肉ももりもりでー」
「あーら、宗ちゃん。今日は随分遅いお昼だねぇ。お腹空いたでしょう。たくさん食べてってね」
「はーい」
宗一郎の分は俺より全てが1・5倍大盛りになっていて、なぜか小鉢も二つ追加されていた。
「さっ、先輩食べましょ食べましょ。俺、お腹ぺこぺこです。いただきまーす」
時間が時間だからか食堂は空いていた。
が、ただでさえ目立つ宗一郎がよく通る声でしゃべるもんだから、ほら、色めき立った女性陣の視線がこっちめがけて飛んでくる。
しかし、宗一郎は気にも留めずおいしそうに飯を食らっていた。
俺は一息ついて自分の分の鶏南蛮を口に放り込む。
うん。鳥がジューシーで甘酸っぱくて、タルタルが絡んでうまい。白米とよく合う。
しばらく空腹を満たすために黙々と舌鼓を打っていたが、俺は気づいた。
「あれ? そういやお前、今日は弁当じゃないのか?」
白米をわしわしかき込んでいた宗一郎は言った。
「おひょらふぇふゃって」
「口の中飲み込んでからしゃべれよ。子供か」
水で口の中を流し込んだ宗一郎はもう一度言った。
「怒らせちゃって」
「は? 誰を」
「一緒に住んでる美鈴っす」
「なるほど。それで、今日は弁当を作ってもらえなかったのか」
宗一郎が女性にモテるのは当然の事実として、いつもは同棲中の彼女、美鈴さんとやらの手作り弁当を持参していたことを思い出した。
だから、食堂で昼飯を食ってるなんて珍しいなと、今さらながら気づいたのだ。
「そうっす。なんか、愛理ちゃんからお菓子もらったら怒っちゃって」
「愛理ちゃん?」
「はい。企画課の女の子っす。バナナマフィン作ったから味見してって言われて食べたらおいしくて、持って帰ったんす」
「そりゃ……だめだろ」
「え? なんでっすか? おいしかったから美鈴にも食べさせてあげたいって思っただけなんすけど」
宗一郎はきょとんとした。
そこに罪悪感のざの字もない。
「それに」と、宗一郎は続けた。
「他にもなんかいろいろ言われました。三木ちゃんとライブに行ったこととか、咲ちゃんとお茶したこととか、野々瀬先輩と飲みにいったこととか」
「いや、だめだろそれ。お前、相変わらずだな」
宗一郎は、はて? と首を傾げた。全然分かっていない。
そうなのだ。こいつは外見こそ好青年に見えるが、中身は軽い。ちょー軽い。
彼女がいようがなんだろうが、女性からの誘いは断らない。天然のタラシなのだ。
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