第8話 クズはほっといてささやかな夕餉をいただきます
「半年前の、皆瀬課長と柏木さんとの修羅場で学んだんじゃないのかよ」
「皆瀬課長と柏木さんはどっちも彼女だったんすよ」
「あ?」
「だから二人とも大事にしてるつもりだったんすけど、なんか二人とも怒って取っ組み合いになっちゃって、あれはびっくりしました」
「びっくりじゃないし、驚いたのはうちの課の連中全員だ。取っ組み合いどころか殺し合いだったぞ。とにかくだ。彼女は一人だけにしろ。彼女を本当に大事にしたいんだったら、付き合ってる間は彼女以外の女性の誘いは断ること。じゃないと、嫉妬に狂ってなにするか分からんぞ」
はあー、と宗一郎は溜息をつく。溜息をつきたいのはこっちの方だ。
「女の人ってかわいいのに難しいっすよね」
だめだ。反省の色はない。
「でもね、聞いてください黒須先輩」
「なんだよ」
「俺、恋しちゃったかもしれないんっす」
「は? いきなりなんの話しだ」
「出会っちゃったんすよ、運命の人に」
「お前には美鈴さんがいるだろ」
「そうなんすけど。でも、めちゃくちゃ、ときめいちゃったんすよね」
宗一郎は珍しく頬を染め、ぽやんと上空を見つめる。
こいつ、どれだけ女性をたらし込めば気がすむのか。
入社当時、コンビを組まされたことでやけに懐かれて今に至るが、やっぱりこいつクズだな。
「宗一郎、お前今いくつだっけ?」
「へっ? 二十七っす」
「じゃあ、そろそろ身を固めろ」
「身を固める?」
「結婚しちまえ。彼女なんていつでも切れるような関係だから、そんな浮ついたことばっかできるんだ。嫁ともなれば意識変わるだろ」
「結婚! 嫁!」
あれ? 思いもよらず響いたっぽいぞ。
あまりに食いつきがいいので内心動揺した。宗一郎はその黒目を輝かせて言った。
「黒須先輩、ありがとうございます! 俺、がんばります!」
「は? ああ、決意できたんなら、まあ、よかった? えっと、がんばれ」
「はい!」と、勢いよく頷く宗一郎は一点の曇りもない笑顔を見せた。
よかったよかった。これで宗一郎も少しは落ち着くことだろう。
そう思っていた俺に宗一郎はトドメをさすことを忘れなかった。
「そういや黒須先輩は結婚しないんすか?」
「あ? 結婚どころか彼女すらいねーよ」
ちくしょうめ。宗一郎は一瞬だけ「あちゃー」という顔をした。
もう遅い。俺は傷ついた。
でも、もう十年以上彼女いないし、慣れっこだから平気だけどね。
親と会うたびに結婚は? 孫は? ってせっつかれるのも聞き流せるほど慣れっこだけどね。
本当だってば!
そんなこんなで仕事を終え自宅に帰り着いたのが八時過ぎ。
「おっかえりーなさーい!」
玄関を開けたらものすごい俊敏な動きで抱きつかれて後ろに倒れるかと思った。
「た、ただいま」
自分ち帰ってきてただいまなんて言うの初めてだから違和感がある。どぎまぎしている俺に構わずルドルフは言った。
「おかえりなさいおかえりなさいおかえりなさーい。おなかすいたー」
「だよな。すまん。これでもなるべく早く帰ってきたんだ。すぐ飯にしよう」
「わーい。ごはんだーごはん!」
ルドルフは俺の差し出したコンビニの袋を大切そうに胸に抱え、こたつへ向かった。
俺はスーツから部屋着のスェットに着替え、洗面台で手洗いうがいをすませてこたつへ向かって「うっ」となった。
「なんだこりゃ」
まあ、百歩譲ってもきれいとは言えない我が家だ。
男の一人暮らしなんてこんなもんだろってくらいには散らかっている。
が、しかし。
ルドルフに残していった食べ物類の食べたあとがそのままテーブルの上に散乱していた。
「ルドルフ」
「うん? なに?」
ルドルフはコンビニ袋の中に顔を突っ込んでいる。
「なにしてる?」
「えー? 匂いを嗅いでたの。はわー、いーい匂いー」
「ルドルフ」
「なあに? 早く食べようよ」
コンビニ袋から顔をあげるとルドルフは青い瞳をきらきらと輝かせた。
その様子から昨日ゴミ袋に顔を突っ込んでいた理由を知った。
まったくこの子ったら、本当に食べ物に目がないんだから。めっ。
じゃなくて、俺はごほんと咳払いする。
「ルドルフ。いいか、食べた物は片付けること。そのままにしてたら虫がわくかもしれないし、見た目も悪いだろ」
ルドルフは「ほへー」と言いそうな口の形をして俺を見つめ、テーブルの上に目をやった。それから、こくんと大きく頷く。
「そーだね。お片付けしなきゃ、テーブル使えないもんね」
「うん。そうだ」
俺は台所からゴミ袋を持ってきた。
そこにルドルフと分別しながらゴミを捨てていく。テーブルの上はすぐに片付いた。
そこに、本日の夕飯を並べていく。
夕飯のメニューはコンビニのおでんにビール、ルドルフはからあげ弁当だ。俺が両手を合わせるとルドルフも真似して手を合わせる。
「いただきます」
ささやかな夕餉が始まった。
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