第4話 その名はルドルフ
なんの夢か、なんなら悪夢かと思った。
夢なら早くさめないと。幻覚を見ちゃってるのなら、なんとかしないと。
三十八歳にしてすでに老化現象が起こってるのは仕事の疲れか、ストレスか。
ストレス社会の餌食になってしまったのか。
つらみ……。
「サンタさん、だいじょーぶ?」
どれくらい倒れていたのか、眠っていたのか。時計を見たら五分程度だった。
そして、鹿――――――――ではなく、俺を心配そうに覗き込んでいたのは、俺が連れ帰った子供だった。
「やっぱり夢か」
「夢?」
「そうだ。不気味な夢を見た。俺の家のこたつで鹿が寝ていて、なおかつ人の言葉を話し、俺に笑いかけてきた」
子供はきょとんした。
そう言えば、なんだかんだでこうして連れてきてしまったわけだが、これって危うくないか? 俺、ナチュラルに誘拐してない?
これだけかわいい娘さんだ。親御さんが心配して探してるに違いない。早く警察に届けないと。
半身を起こし、後ろ頭をかいた。カーテンから太陽の光が差し込んでる。外は晴れているらしい。風呂に入って支度して警察に行こう。
その前に、トイレトイレっと。
「夢じゃないよ」
立ち上がろうとしたらスゥエットの袖を引かれた。
「それ、夢じゃない。しかも、鹿じゃない」
「うん?」
「トナカイだよ」
「となかい?」
「そう、トナカイ。私はトナカイだよ」
トカナイ? トナカイっていうのは、鹿の仲間だっけか?
見た目はそう大差なさそうだけど、いかんせん実物を見たことがないからよく分からないが――――――。
「いやいやいや、なに言ってんの。おじさんをからかっちゃだめだよ」
「からかってない」
ぷうっと、子供は頬を膨らませた。
「私はトナカイのルドルフ。サンタパパのお仕事をお手伝いするのが役目なの。9番目の末っ子トナカイなんだよ」
「……」
どうしよう。
どうしたらいいんだろう。
この子供、ルドルフの(外人だったのか。通りでえらいかわいいはずだ)話してる言葉は分かるのに、その言葉の意味が半分も理解できない。
「お前、大丈夫か? なんだ。なんか、辛いこと多すぎて、頭おかしくなったんか」
「おかしくないよ! 本当だもん! 信じてよ!」
「だって、信じるもなにも、な」
「もう!」
ルドルフは餅が膨らむみたいに頬を膨らませて立ち上がると、身体を発光させた。
「なっ、なんだなんだ」
ルドルフの身体が水色の光に包まれたかと思えば、次の瞬間、光が弾けて現れたのは―――――――。
夢で見たはずの水色の鹿だった。
鹿はふるんと、赤い鼻で息を吐き出す。その仕草もまさに鹿そのものだ。
「どう? 信じた?」
声はルドルフのものだ。
信じるもなにも、俺は何度も手で目を擦った。自分の頬をつねりもした。
ぎゅっと目を閉じて開いてみても、目の前にはやや小ぶりな鹿がいる。
なんでこんな狭い部屋に鹿なんかいるんだ。
「おまっ、お前は、なんなんだ。人間じゃ、ないのか?」
人間じゃないことは一目瞭然だ。だって、鹿だもの。
ルドルフは頷いた。
「人間じゃないよ。サンタパパのトナカイだよ」
「トナカイ……。へぇ……。トナカイって、人の言葉を話せたんだな」
「サンタパパに選ばれた特別なトナカイだからね」
そりゃあ、特別も特別だろう。
人の言葉が話せるトナカイなんていたら世界中で話題になる。
SNSで呟けば瞬く間に何百万リツイート、何千万イイネもらえるだろう。
しかし。
「えーっと、ちょっと頭の中を整理したいんだが、いいか?」
「うん」
「ルドルフはトナカイだった。人の言葉も話せるし、人間の子供にも化けることができる」
「うん、まあそうだね」
「ルドルフを選んだのが、サンタ、パパって人なのか。その人の仕事を手伝っている」
「うん、そっ」
「仕事っていうのは、一体どういう」
「お仕事は12月24日から25日にかけて、世界中の子供達にプレゼントを配ることだよ」
トナカイが胸を張った。
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