第3話 鹿、現る

「まあ、とりあえず食えるだけ食うか」

 子供にはペットボトルのりんごジュースを渡し、俺はプシッとビールの缶を開けた。

「いただきます」

 両手を合わせ、割り箸を割り、まずは冷めないうちにおでんをつつく。と、子供はりんごジュースを手にしたままきょとんとしていた。

「どうした? 腹減ってるんだろ。食べていいぞ」

「いいの!?」

「おう。俺のおごりだ。好きなだけ食べろ」

「わーい!」

 子供は手当たり次第に並べられた物を食べては感動していた。

 ツナマヨおにぎりを食べては「うまー!」と言い、さくさくチキンを頬張っては「うままー!」と言い、メロンパンを食べて「うままままー!」と叫ぶ。

 あまりにおいしそうに食べるので、俺もつられておでんの他にスナック菓子をつまみ、ビールを飲んだあと家に買い置きしてあったレモンチューハイを開け、さらに芋焼酎をロックにし、ふわふわしてそのまま意識がなくなった。


 気がついたら朝だった。

 こたつって恐い……。やっぱり魔の電化製品だ。一度入ったら出られないどころか、気づけば朝を迎えている。

「……たたたた」

 こたつで寝ると身体が痛くなる。

 それに、明らかに飲み過ぎた。頭が重い。

 尿意をもよおしてこたつから出ると、寒くて身体が震えた。

「ん?」

 だが、ここで俺の脳内からトイレの文字は消し飛んだ。

「んんん?」

 こたつから明らかに毛量の多い毛の塊が飛び出している。

 それだけじゃない。電気をつけっぱなしで寝てしまったから、その形態はおおいに知れる。

 毛の塊には角が二本生えていた。角のすぐそばにある耳がぴくぴくと動く。

 ふごーふごーと、息をする鼻だけがなぜか赤い。

 口からはよだれが垂れている。つやつやとした毛並みは、見たこともない水色の毛をしていた。

 だが、その姿形は、どうみたって……。

「鹿!?」

 鹿が俺の家のこたつに入りながら横たわって寝ていた。

 なんだこれは。二日酔いのせいか、それとも実はまだ夢の中なのか。

「なんで俺の家に鹿がいるんだ。つーか、こんな住宅街に鹿がいるか? ここは奈良じゃないぞ」

 鹿はぴくぴく耳を動かすと、前足を動かした。角が左右に揺れる。

 まるで人間みたいな仕草で器用に目を擦った。

 そしてのっそり半身を起こす。長いまつげに縁取られたその瞳は澄んだ青色をしていた。

「日本のサンタさん、おはよー」

 笑った。

 鹿が言葉を話して俺に向けて笑顔を作った。

 俺は卒倒した。


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