第2話 美幼女の願い


「え? ああ、終わった。ハロウィンならもう終わった。今日から十一月だ」

「え――――、ざんねん」

「だから、もう家に帰りな。お家は近いの? お父さんとお母さんは家にいるのかな?」

 子供は首を横に振る。

 どういうことだ? 

 家は近くなくて、お父さんとお母さんも家にいないってこと? 

 やっぱり迷子かな。いや、虐待? 

 どっちにしてもこれはおまわりさん案件だ。


 ぐううううううううう。


 その時、気の抜けるような大きな音がどこからか聞こえてきた。どうやら目の前の子供から聞こえてきたらしい。

「お腹空いてるの?」

「うん! お腹空いた! そしたらこの中からいい匂いがしてきてきて、食べ物だーって突っ込んだら抜けられなくなっちゃったの」

 え? 大丈夫? この子大丈夫なの? 

 お腹空いたからっていくらなんでもゴミ箱に突っ込まないよ。

 普通じゃないのかな? 貧困? やっぱり虐待……。


 ぐうううううううう、きゅううううううううう。


 なんだか泣けてきた。

「よし、ちょっと待ってな。おじさんが今腹一杯食わしてやるから」

 俺はコンビニに舞い戻ると、総菜パンやらおにぎりやらお菓子やらをたっぷり買い込んで、キムさんに再びクリスマスケーキの注文を聞かれながら会計を終わらせ、外に佇んでいた子供に話しかけようとして固まった。

「あれ~? かわいいお嬢ちゃんじゃん。こ~んなところでなにしてんの? ひとり~? お兄さんたちと遊ばない?」

 まずい! あまりにも目立つ存在だからか。地元の野蛮な若者達に絡まれてる! いかん!

「ま、待たせたね」

 内心ひやひやしながら子供の知り合いを装って声をかける。野蛮連中共が「ああん?」ってな視線を俺に突き刺してくる。こわいよ~。

「え、ええと、ほら、お前の好きなもの、たくさん買ってきたぞ。さ、帰って食べよう」

「わあ! うん!」

 子供はあっさりと俺の横に並んで歩き出した。なんなら手なんか繋いで。野蛮連中達の舌打ちが聞こえる。

 その視線は次の角を曲がるところまで俺の背中に刺さっていたが、ようやく視線のビームから解放されてほっとした。

「ひとまずここまで来れば、大丈夫かな。君のお家はどこ? 送るよ」

 立ち止まって尋ねると、それまでにこにこ俺についてきていた子供はきょとんとした。

「お家は空」

「そら?」

 子供は指を指す。それは真っ直ぐ、頭上を指していた。

「えーっと、空……が、よく見えるってこと? タワーマンションとか?」

「たわーまんしょん?」

「えっと、ものすごーく高い建物に住んでるのかな?」

「ううん。空だよ」

 あまりにも無邪気に繰り返す単語は「空」だ。

「うーん、空って、例えば星とか月とか太陽なんかがあるとこ?」

「星とか月とか太陽は、もっと上にあるの。私のお家は雲の中。くものなかのもりにあるんだよ」

 くものなかのもり?

 雲、の、中、の、森? で、変換あってんのか?

 俺が唸っている間にも子供は話し続ける。

「雲の中の森の奥に、サンタパパの家があるの。サンタパパの家の周りの森が私達のお家なの」

 さんたぱぱ? お父さんと一緒に住んでるってことかな? 

 でも、家の周りの森に住んでるって、どういうこと?

 子供は俺の手をぎゅっとつかむと、今までになく真剣な顔をした。

「でも、私一人じゃ帰れないの。姉様達を探して一緒に帰らないと、雲の森で迷子になっちゃう。だから、お願いがあるの。一緒に、姉様達を探して」

「はい?」

「お願い。姉様達は地上に降りてきてから好きなことをしてて、バラバラになっちゃったの。一緒に帰らないと大変なことになる」

「大変なこと?」

「うん。私はルドルフ。あなたのお名前は?」

「俺? 俺は、三田黒須さんたくろす……」

「さんたくろす? あっ、サンタクロースね! パパと同じ!」

「え? えっ!?」

「じゃあ、お願い。サンタさんなら分かるよね。とってもとっても大変なこと。きんきゅうじたい! なんだよ!」

 大きなおめめをそんなにきゅるきゅるされても困る。

 ちょっといろいろ意味が分からなくて、頭の整理が追いつかない。

 子供が口にした単語はどれも聞き慣れていそうで聞き慣れない言葉ばかりで、なんというか、仕事で使い切った脳みそには辛かった。


 ぐうううううう、きゅううううううう。


 俺が回らない頭で必死に考えている間にも子供は空腹を訴え続けている。

「とりあえず、飯だな」

「ふぇっ?」

「飯だ。俺も腹が減ってきた。とにかく飯を食おう。それから考えよう」

「う、うん」



 俺は子供の小さな手を引いて自宅のマンションを目指す。最寄り駅から歩いて十分。住宅街の一角に俺の住む三階建てのマンションが見えてくる。

 一階の1DK、小さな庭付きだがまったく整備していないので草が生え放題だ。

 それはさておき、誰も待たない我が家にたどり着いた俺はこたつの電源を入れ、そこに子供を促した。

 脱衣所でシャツとズボンを脱ぎ、寝間着の上下スェットに着替える。

 洗面台で手洗いうがいをし、居間に戻るとこたつに入った子供がふやけた顔をしていた。

「あああ~~~~、あったまるぅ~~~。なにこれ。すご~~~く、あったまるぅ~~~~」

「こたつを知らないのか」

「こたつ?」

「一度入ったら出られなくなる、魔の電化製品だ」

「出られなくなるの!?」

「冗談だ」

 本気で驚いている子供を見るかぎり、本当にこたつを知らないらしい。溶けていた表情が驚愕に変わり、すぐにまたとろける。

 俺はこたつに入りながら、買ってきた物を次々とこたつのテーブルの上に並べた。

「パーティーかよ」

 自分で自分にツッコんだ。

 テーブルの上には溢れんばかりの食べ物が乗っていた。

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