第236話 到着前

「気持ちわりぃ。」

「言わないでよ。」


高速で移動する馬車は、取り付けられた魔道具では対応できないほど揺れを与えて来る。

まだ、言葉をしゃべれるシグルドとアンはまともな方で、オユキはトモエの膝の上の住人となり、他の少年たちも、ただ顔を青くして、口元を抑えて耐えているだけの有様だ。

方針を決めた後、ルイスと話をしたところ、無理をすれば3日で始まりの町にたどり着く、彼がそう宣言したため、日程はそのように決まった。

元の行程を完全に無視し、馬では耐えられぬと、傭兵が馬車を引くという、まさにこの世界ならではの訳の分からなさで、全てを力技でねじ伏せている。

領都に戻るときは、同じ方法をとるか、若しくは改めて傭兵ギルドで相談する、そんな話になり、準備もそこそこに、昼も夜も関係なく、ただただ先を急いでいる。


「全く。皆さんもまだまだですね。」


そういって、一人何でもないと、そんな表情で呑気に水筒に口を付けるゲラルドが彼らを評する。

トモエにしても、撃沈したオユキに膝を貸しているだけで、顔色悪く、壁にもたれるようにしている。


「正直、ついていけるなら、外を走りたいくらいです。」


少しでも気分がよくなるようにと、小窓は明けられているが、そこから見える景色は、それこそ新幹線もかくやとそんな速度で流れており、吹き込む風も強い。

加えて、振動もそうだが、馬車そのものがきしむ音が精神を削る。


「トモエ殿は、そういった鍛錬に余念がないかと思いましたが。」

「流石に、これは無理です。そのうち追いつくつもりではいますが。」

「ふむ。」

「そういや、あんちゃん、町の外を走るとか言ってたな。」

「ええ。まずは走り込み、本来ならそれですからね。それにしても、短期間でよかった。」


そうして、寝ているのではなく、気を失っている他の者たちに、トモエは視線を送る。

合間に数十分ほどの休憩をはさむことはあるが、それもあくまで傭兵の入れ替え、いくつかある馬車のうち、一つは傭兵達の休憩室と化している、それとの乗り換えを行い、何か致命的な不都合がないか、それを確認するためだけのものとなっている。

当然、人里から離れた場所を通っているため、魔物の襲撃はあるはずなのだが、こうして馬車の中にいる面々はそれに気が付くこともない。

とにかく、速度が落ちないのだ。馬車にしても、それぞれ、二人で引っ張っているというのに。


「交渉相手は、潰れてしまったので確認できませんが。」

「概要は聞いています。」


こうして移動が始まる前、オユキとしては、王太子妃の出産その前に王都に向かう腹積もりではあったのだが、それを覚えていたメイに問い詰められ、予定の変更を余儀なくされた。

実に恨めしそうに、後は任せて、神殿の観光に向かおうとしていたオユキは、流石にこの状況を全て放置して、ただでさえ新人の育成を言い出すきっかけを作って、それをミズキリに投げたというのに、今回迄もと、その負い目があったために、いくつかの交換条件を出すことで、予定の変更を承諾した。


「そちらの少年たちは。」

「何のことだか、さっぱりだ。」

「では、到着まであと数時間ですから、確認しましょうか。」


そうしてゲラルドが、でたらめに揺れる馬車の中、それを感じさせない涼しい佇まいで話し始める。


「そちら、オユキ殿と約束したのは、こちらが王都までの旅、その手配をすること。

 日程については、ギリギリではありますが、王太子妃様、そのご出産の祭事が行われる予定日の2週前から、一月の間。また、祭事が延期、子宝の事ですからね、それがあれば期間の延長を認める事、王都への滞在については、リース伯爵家が責任を持って手配する事、少年達、そちらシグルド殿を始めとした子供たちが望むなら、彼らの同行も許す事、以上です。」

「オユキさん、えらく吹っ掛けましたね。」


トモエは改めて先方から条件を聞いて、苦笑いをこぼす。

王都の滞在を伯爵家が面倒を見る、それはあのホテルよりもかなり恵まれた状態で、宿が取れるかも分からない王都を楽しむことができるだろう。

そして、その権利は祭りがおこなわれる、その間を確約せよと、そう言っているのだから。

考えにくい事ではあるが、予定日から早まったとしても、祭りの日程はかえないだろうが、遅れれば、当然、下手をすれば一月単位でずれるのだから。


「何程の事はありませんよ。当家で責任を持ってとなりますが、滞在先は、正直分かりませんな。」

「公爵様でしたら、好意に甘えさせていただきます。」

「ふむ、オユキさんよりはこういった事が苦手なようですな。」


トモエの答えに、ゲラルドがそう、一つ頷いて見せるが、ようやく話の内容が頭に入ったらしいシグルドが反応を見せる。


「王都の祭りか。でも、良いのか。あんちゃんオユキと一緒に見て回りたいんじゃないのか。」

「その、私達も、連れて行ってもらえるのは嬉しいけど。」

「気にしなくてもいいですよ。勿論二人時間は求めますし、その時は遠慮していただきますけど。」

「おー。」

「そっか。うん、またみんなで話して、決めるね。」

「ええ、それがいいでしょう。王都までは距離もありますし、まだ先の話ですから。」


そうして馬車の床で横になったままのシグルド、アンの二人とトモエが言葉を交わす。

ゲラルドに言われたことについては、トモエとオユキではそういった事に対する経験が違うため、劣っている、というよりも気がつけないというのが事実なのだから、突かれたところで、何を思うところもない。

オユキの意識がないため、今はよくわからない部分については明言、返答を避ける、それだけでいい。下手に聞き返すことも、相手に裏側を隠したまま情報を与えさせ、オユキにはトモエに説明したと、そういう口実を与えるために、質問もしない。トモエにしても、そんな気楽な会話でしかない。


「ふむ。」


適当にトモエが流している、それが正しく伝わったのだろう。ゲラルドが品定めするような視線を、トモエに向けるが、それこそ付き合う必要もない。役割分担は、トモエとオユキその間にはっきりと存在するのだから。


「一先ず、お土産を配り歩くのと、この疲労を抜くことを考えなければいけませんね。」

「あー。」

「そっかー。私たちは教会と、お世話になってる人へのお土産があるし。」

「ええ。今は一つの馬車に纏めていますから、まずはそれを分けるところからですね。」

「えっと、司教様に虹月石渡すときは、オユキちゃんも。」


そうして、未だに意識を戻す様子のないオユキを案が心配そうに見る。


「元はオユキさんが得た物ですからね。勿論です。」

「よかったー。あ、トモエさんも。」

「ええ、ご一緒させていただきますよ。」

「あんちゃん、案外大丈夫そうだな。」

「いえ、どうかと言われれば、大丈夫ではありませんが。」


のろのろと、普段よりもゆっくりとした口調で、それしかできないのだろうが、そう話す二人に、いつも通りに見えるように話しかけるトモエが意外に見えるのだろう。

特に、早々にオユキが倒れたことも有る。


「元々私は乗り物に強い性質でして。」

「これ、なれんのかなー。」

「正直に言えば、難しいでしょうね。慣れにも上限はありますから。

 今後当身を教えるときに具体的に説明しますが、生き物の体、その中にバランスを司る機関があります。

 それを揺らして、耐えられる相手は、基本的にいません。」

「おー。」

「そっかー。」

「なので走り込みを行って、傭兵の皆さんと一緒に走っても問題ない、そうなるほうが良いでしょうね。」

「鍛えてどうにかなんのかなぁ。」

「加護もありますし、その結果としての方々ですよ。」

「そっか。うっし。」


そうして、ゲラルドの品定めを意に介さず話を続けていると、何処か楽し気に彼はそれを眺める。

そんな時間を過ごしていると、馬車が速度を落とし始める。


「お、休憩か。」


それを感じ取ったのか、シグルドが嬉しそうに声を上げるが、ゲラルドがそれを否定する。


「始まりの町まで、十分近づいたのでしょう。」

「かなり速いですね。」

「傭兵の方々は、優秀ですから。」


徐々に落ちる速度に合わせて、振動も次第になくなり、トモエとしても、ようやく気が抜ける状態になる。小窓から覗く景色は、正直途中から全く変わり映えせず、現在地の参考にもならないが、慣れた様子を見せる相手がそう言うのであれば、間違いないのだろうと、そう判断する。

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