第237話 久しぶり

「まだ、地面が揺れているようです。」


一度馬車が完全に止まり、アイリスに声をかけられて、遠く、靄の中に始まりの町の壁を見ながら、全体で休憩を取っている。

それなりの人数が、先ほどまでの速度で、始まりの町へ近づけば、いらぬ警戒を与えるだろうからと、こうして一度休憩を取って、後は普段通りの、オユキ達もついていける速度での移動になる。


「ま、俺らでも馬車の中の方がきついって言うのがいるからな。」


トモエにもたれるようにしてどうにか立っているオユキの呟きに、ルイスが笑いながら応える。


「私も、慣れそうにありませんね。」

「どうしましょうか、町まで、運びましょうか。」

「いえ、歩いたほうがまだ気がまぎれます。戦闘は、正直無理ですが。」


町の外、つまり魔物の領域ではあるが、今のオユキは武器を持つ気にもなれない。まっすぐ立っているつもりではあるが、それも定かではない。そんな状況ではまともに武器を振れる気もしない。

先ほどから、速度落としたことも影響しているのだろうが、グレイハウンドや、歩きキノコ、蛇に鷹にと、雑多な魔物が近寄っては傭兵に尽く狩られているが、それに参加するだけの体力も気力も自身もオユキには残ってない。


「ま、こういっちゃあれだが、そうしてるところを見ると、見た目通りで安心するな。」

「私としては、申し訳なく思いますが。トモエさんは、少し動きますか。」

「いえ。正直、休んでから出ないと、意味がないでしょうから。」


そうして、トモエはオユキを抱え上げると、草原に転がっている少年たちの側へと運んでいく。

少年たちは幽鬼のような足取りで、馬車からどうにか出た後は、そのまま大地に崩れ落ちていった。


「ああ、分かる。分かるのよ。私の中の血が、このまま大地に根を下ろせと。」


セシリアがそんな胡乱なことを呟きながら、大地に大の字で突っ伏している。

そして、彼女の周囲にある草が枯れだしているあたり、恐らく何かを吸い上げていると、一目でわかる状態となっている。


「町に帰るんだろ。」


馬車の中でも、どうにか意識を保っていたシグルドが、そんなセシリアに言葉をかけ、アナは初めての旅が過酷すぎる物となってしまった子供たちの面倒を見ている。

地面に掘られた穴に向かう彼らの背中を叩きながら、水や、顔を拭くための布を用意したりと、忙しそうだ。


「ま、ここからなら、もうしばらくゆっくりしても、日が沈む前に戻れるからな。」


そうして、全体を見ながらルイスが肩を竦める。


「走り込み、大事ですね。」


オユキとしても、向こう、子供たちと並んでしまいたい気持ちもあるが、どうにかこれまでの経験を糧に、堪えている。正直、馬車の中、あまりの振動に何時から意識を失っていたのかも記憶にない。

短い休憩の間、それとただ上下も定かでないような、強烈な眩暈の中、数度意識を取り戻した記憶があるだけだ。

その短い時間で、ゲラルドにトモエが試されていたが、まぁ、そのあたりはオユキの振る舞いが彼に警戒を与えた以上は仕方がない事だろう。トモエも特に関わらず、放っておいたようだし、問題は無い。

オユキとしては、ああいう不躾な試しでトモエが不快感をわずかにでも貯めているだろうから、その解消が優先されるのだが。それはそれとして、ぐったりとしている子供たちと一緒に、地面に寝かされたまま話しかける。


「ええと、こういった事態の方が稀ですからね。」


子供たちの側に問題は無いのだと、とりあえずそう告げる。


「そうなんだろうけど、なんか、この先も似たような事、起こる気がするんだよな。」

「ああ。」


普段から口数は少ないが、今はいつにも増して、ただ端的にパウがシグルドに同意する。


「原因の一端としては、謝るしかありませんが、今後は流石にないのではないかと。」

「んー、勘だけど、まだまだある気がするんだよな。」

「ジークも。私もなんだか王都に言ったら、また派手なことが起こる気がするんだ。」


シグルドとアンにそう言われて、オユキは何も言い返せない。

気休めと、オユキ自身も分かって、そう言っているのだから。

そもそも、今回の一件ですら、方々に問い詰められる、とまではいかないが、説明を求められる事は決定しているのだから。それこそ、今からすでにどうやってミズキリとトラノスケ、あの二人を巻き込むか算段を始めるくらいの面倒が待っている、その認識はある。


「まぁ、その勘は外れないと、そうとだけ。」

「そっかー。」

「オユキちゃん、大変だね。」

「まぁ、自業自得、その側面はあるので。」


何となく、そうして地面に転がって少年たちと話していると、それ自体がおかしく感じられてしまう。

こんな真似をするのは、それこそトモエに鍛錬を付けられて、先輩たち一緒に転がされて以来の事だ。そういった事をやけに懐かしく感じる。


「自覚は、あるんだな。」

「勿論ですよ。利益を得る、そのための振る舞いですから、結果として相応の面倒を抱え込みます。」

「えっと。」

「ああ、皆さんのためと、そういう事ではありませんから、習い性のようなものです。」


そうして話しているうちに、隣でにこやかに座っている、それこそ過去にこういった惨状を何度も作ったトモエに寄りかかって起き上がれるくらいには、体調も回復したため、オユキは起き上がり、ただ全体を、特にトモエに意識を向けているゲラルドに改めて声をかける。


「という事で、道中ご理解いただけたかと思いますが、主体となっているのは私です。

 そちらのお姫様に面倒を運んだことについては、申し訳なく思いますが、トモエさんは悪い虫ではありませんので。」

「ああ、そういった警戒ですか。」


オユキがそう声をかければ、トモエから得心が言ったと、そんな頷きがある。


「こちらこそ、習い性、そのような物ですから。」

「それは理解していますが、それを理由にトモエさんに不快を押し付けることを、私は良しとしませんよ。」

「心得ておきましょう。」


そうして笑うゲラルドは、しかし警戒を緩めないあたり、どうやらお嬢様の方にも難がある、そういった事らしい。これまでに分かった背景を考えれば、そもそも人口が足りない以上、そこに何かあるのだろうが、考えても碌な事ではないため放っておく。

倫理観、それが構築されるべき下地が違いすぎるため、そこにこれまでを基盤とした価値観で話をしたところで意味などない。


「さて、町に戻ったら、そうですね、土産を肴に、居ればミズキリやトラノスケさんを交えて、話をすることになると思います。」

「私の事は、リース伯爵家の執事と。」

「相談役ではなく、ですか。」

「それで通るのであれば、そちらでも構いませんが。」


そうして、オユキがゲラルドと探り合いを始めれば、シグルドがさらに疲れをその表情に浮かべる。


「俺らも先々、そういう事が出来ないと駄目なのかなぁ。」

「うーん。私は無理そう。」

「無理なら、出来る相手に任せればいいのですよ。そうですね。赤心を持って話せる、そういった相手を大事にする、それに注力するのも一つですから。私もこういった事は最低限出来ますが、オユキさんに頼る事の方が多いですからね。」

「それって、どこで勉強するんだ。」

「して言えば、現場でしょうか。貴族家であれば、そういった経験を積んだ方が、過去の実例と共に紹介してくださるでしょうが。そういった会話は、そもそも表に出さない物ですから。」


そんな腹黒さとは無縁の相手に、やり取りを評されてしまえば、ゲラルドからも少々の毒気が抜ける。


「ゲラルド様。少なくともインスタントダンジョン、こちらに関してはやめておきましょう。」

「お嬢様、ひいては伯爵家のため、ですな。」

「ええ、信じてください、そうとしか言えませんが、不当な利益を得るつもりはありませんから。」

「求めているのは、補填、そういう事ですか。」

「予定を変えるのですから、そちらに関しては誠意を見せてほしい、そう願うばかりです。

 ただ、それが誰かに負担を過剰に強いるというなら、折れますよ。その、私達はこちらに来て二月ほど。

 伯爵家というその家格に対しても、以前の知識を基に考えています。」

「成程。そのあたりも含めて、一度すり合わせを。」


オユキの言葉にゲラルドの瞳に理解の色が見え、どうにかこれでひと段落と、オユキも安心する。

正直、こちらの貴族の体系にしても、オユキにしてみれば以前の世界に置けるものでしかないのだ。

人口の上限、その影響がどう出ているのか、魔物という明確な脅威が存在する状況で、貴族というものがどういうあり方を求められるのか、その実際は予想でしかない。

すり合わせの機会が得られるのならば、それに越したことはない。


「ともかく、私達は魔石を可能な限り得るのが第一でしょう。メイさんが来る前に、頑張って集めましょうか。」

「おー。そういう分かり易いのは良いな。」

「でも、メイさんに渡すからって、狩猟者ギルドの人に説明して、納得してもらえるかな。」

「そのためのゲラルドさんですよ。」

「舌の根が乾かぬうちに。」


しれっと言ってのけたオユキに、ゲラルドから非難の視線が送られるが、それは必要な事だと納得してもらうしかない。

オユキの予想、その先ではインスタントダンジョン、それはメイがこの町で作るのだから。

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