第235話 インスタントダンジョン

そもそも、ゲーム的なシステム、それがこの世界に組み込まれている、それは十二分にオユキも理解した。

来たばかりの頃は、そもそも切り離されたもの、そんなことも考えていたが、魂、その薄いものがAIにも劣るありさまと、そんなことを目にすれば、人の傲慢の結果、それがここに在ることは理解せざるを得ない。


「それは。いえ、あの廃鉱山が出来たのは。」

「それこそ、過去の異邦人が望んだせいかもしれません。

 それとも別の要因があったのかもしれません。

 森にしてもそうですが、それこそ神の御業、推し量ることも難しいですから。」


考え込むメイに、そう言葉をかけたうえで、話を戻すことを告げ、覚えている範囲を説明する。


「魔石を相応の量捧げて、方向性を指定した簡易の迷宮を作る、そういった物でした。

 ここで、難しいことが一つあるのですが、迷宮であり、内部がどうなるかは、それこそ作った後でしか分かりません。

 難易度にも段階があり、こちらは確か魔石の質と量、その相互で決まったはずです。」


正直オユキがその機能について覚えていることは少ない。

あまり興味を持てなかったのもあるし、そういった事は団の管理者であるミズキリが取り仕切っていたのだから。


「町に戻れば、同郷のミズキリという男がいます。恐らく町に残っていると思いますが、彼の方が私よりも詳しいでしょう。」

「ミズキリさん、ですか。お手数ですが。」

「召喚状を道中ご用意いただければ、確実に。狩猟者ですので、ギルド経由でも。」

「いえ、その時には、改めて話を聞くことも有るでしょう。

 意見は多いほうが、良いと、そういう場合もありますから。」


そう、メイが言えば、部屋にノックの音が響く。


「入りなさい。」


メイの許可に、返答と共に扉があき、そこから呼び立てた相手が入ってくる。

家中の者、その中に含まれないものもいるのだろう。彼女が連れていた人数に比べれば、少ない。

さっと目で数えれば、僅か4人。護衛は信頼のおけるものだが、その職務を行うとすれば、やはり、少ない。

彼女の連れた一団で、15人はいたのだから。そうして裏側を知ってみてしまえば、人口の上限、その存在がオユキの胃のあたりをわずかに重くする。


「直ぐに人払いを。」


そう、メイが声をかけた後、女性騎士とアイリスが扉の外を確認したうえで、内側に立ち扉を閉める。

そして、ようやくメイによって、先ほどの一件が伝えられる。

それを伝えられた相手は、彼女の補佐、足りない物を補うための人員であり、年かさの、経験豊富と一目でわかる者たちだ。

そんな者たちでも、メイが授けられた聖印を掲げ、言葉に確かな重みを与えて話せば、動揺を隠せていない。


「予定の変更が、必要ではないかと、オユキから提案がありました。

 私は今、判断に困っています。あなた方がよいと思う、その案を示しなさい。」


そう彼女が言葉を締めくくれば、初老の男性が真っ先に口を開く。

恐らく、彼が彼女の祖父から借りた人物だろう。

伸びた背筋と、隙のない立ち居振る舞いは、確かな経験を感じさせる。


「お嬢様。領都に一度戻るべきかと。」

「理由は。」

「事態が大きすぎます。お嬢様の裁量、それを超える事態ですので、一度リース伯爵に諮るべきかと。」

「しかし、よく使え、備えよ、それも神の言葉です。」

「これが移動を始めてしばらくの事であれば、それも良いでしょう。しかし半日の距離です。」

「分かりました。他の者は。」


そうして、意見を求めれば、それぞれに異なる理由を異なる観点から彼女に伝える。

あるものは彼女の進退、その大きな始まりに瑕疵が出来る事を不安視し、あるものは啓示を得たなら、その道行を祝福されたのだとして、断行すべきと。

そうして、いろいろな意見を聞いたメイは改めてアイリスにも話を振る。


「傭兵として、何かありますか。」

「不測の事態が起きたなら、撤退を。これが鉄則です。」

「オユキは。」

「戻るべきでしょう。今後の管理、それもあるのですから。現状で不足する、つまり始めるに足らぬ、それがある以上、改めて必要な準備を行うべきです。」

「その意見を求められる相手が、始まりの町にいるのですが。」

「お嬢様、それこそ急ぎで向かわせればよいのです。急げば1週あれば、話を聞き、戻ることもできるでしょう。」

「それを任せられる相手は。」


そうして、メイがその初老の男性を見返した後に、オユキとアイリスに視線をよこす。


「護衛の再編、そのあたりは、アイリスさん。」

「それこそ本来の仕事だもの。それに一人なら、馬車に空きも十分。

 乗っている人間が、少々大変だけど、急げばここからなら4日でつくわ。」

「私も急いで戻れば。」


そのあたりは、まだまだ年相応と、そう見えるメイに、家中の者が言い出さないため、いや、それだけこちらの人にとって神の啓示、言葉が重いのだと、考えを改めながら、声をかける。


「メイさん。急いではいけません。あなたが得たそれは、隠し、慌ただしく、そう運ぶものですか。」

「そうですね。どうにも気が急いていました。一先ず先触れを。私たちは確実に、堂々と、そういう事ですね。」

「それが宜しいかと。祭りの後、その騒ぎもあります。ここで出た物がすぐに慌ただしく引き返せば、何事かと、多くの者が心を乱すでしょう。」

「となると、相応の準備もいりますか。」

「そればかりは、私には。」


オユキが、流石に貴族の作法まではと、そう言葉を切れば、彼女の瑕疵それに思いを馳せた、侍女であろう女性が彼女に言葉をかける。


「リース伯爵、マリーア公爵。両名に先触れを送って、受け入れの準備を整えていただく他ないでしょう。」

「父、リース伯爵にだけ、ではないのですか。」

「お嬢様、事は領地に関わる事、それをお嬢様が聞いたのです。」

「この聖印にかけて、私が伝えねばならぬと、そういう事ですね。」

「はい。」

「となると、父には追加の隊を。公爵様には、受け入れを、そうなりますか。」

「教会は、どうなさいますか。」

「アンリエッタ、ゲラルド。私の手に余ります。今は考えるよりも、動くのが先と気も急いてしまいます。

 この件に関しては、私は、領都に戻る、そう決めました。後の事は任せます。」

「それも一つの決断ですよ、お嬢様。出来ぬことは、出来る物に。」


そう微笑んで答えた初老の男性、恐らく彼がゲラルドだろう、彼が指揮を執るようで、メイの隣に立つ。


「アンリエッタ。書簡を直ぐに用意せよ。マリーア公爵様、リース伯爵様、教会の3通だ。先代様には私が用意する。ローラ、馬を用意しておけ。」


彼の指示は的確で、早い。それを横目に見るメイが、少々不機嫌に見えるのは、この有事に自分が試されたと、そう感じるところがあるからだろう。


「メイ様。」


そんな彼女に、オユキが声をかける。

すると、呼ばれた彼女が拗ねたような視線で、オユキを見る。


「老婆心ではありますが、試されたのは事実でしょう。それでもゲラルド様が、こうして指揮を行えるのは、メイ・グレース・リース伯爵令嬢、あなたの決定があったからです。」

「二者択一、それをしただけです。」

「ですがそれが無ければ、他の者も動けません。指針を決める、まず何より指導者にはそれが求められるのです。」

「そう、ですか。」

「あなたも、今。リース伯、マリーア公に判断を求めています。あなたに付き従うものは、それをあなたに求める、そういう事ですよ。」


そうオユキが告げれば、ゲラルドが面白い物を見たと、そんな目でオユキを見ている。

他の者たちは、既に彼の指示で退室しているが、さて彼女の教育については、誰が権限を持っているのか、今更そんなことを考える。


「オユキさん、でしたか。」

「はい。差し出口を。」

「いえ、面白いご意見でした。お嬢様も、新しい観点で、貴族の心構えを考えられたご様子。」

「ご高配、有難く。」

「さて、あなた方は、今日の夜には出発していただきます。」

「強行軍、そういう事でしょう。傭兵の方々と相談しても。」

「いえ、今回に関しては、こちらで、あちらの方が責任者では。」

「ルイスという傭兵が、私達との契約、その責任者です。」

「ならば、その者もこちらに。」


そうして、実に慌ただしく事が運び始める。

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