第231話 期待

「世界の魂の総量、それを増やすのは、加護が主体ですか。」

「今となっては、そうです。」


流石に魂の総量は神の領分だろう。加護として間接的に強化し、死んだ後に輪廻の中で余剰が溜まっていく、そういった物とオユキは捉える。

第一種永久機関その者ともいえるが、神その人がいて、物理等何程の事もないだろう。理を作る側なのだから。

つまるところ、これまでの魂の補充、世界の内側での活動量、それが規定値を超えたことで、今後は安定してそれが増えていく、その下地だ出来たのが、このタイミングと、そういう事なのだろう。

であるなら、メイがオユキに、オユキ達に期待していることはそれを増やす、そうなるのだろうが。


「加護の量は、量れないと、そう伺っていますが。」

「察しが良いようで、そうでないところもあるのか、私が試されているのか。」

「ここまでの場を用意していただいて、試すようなことはしませんよ。

 とすると、あるのですか。」

「明確な方法としてはありませんが、狩猟者の方であれば。」

「失念していましたね、実績がそのまま、十分分かり易い指標になりますか。」

「ええ、特にこれまでは稀なトロフィーが、当たり前のように毎日持ち込まれる。

 さて、そんな方々へ加護が与えられないと、そう思うのは少々。」


言われて、オユキとしても反省するしかない。

これが異邦人だからですまないのは、少年たちが示している。

技を磨けば、功績を神々に認められるのだと。

ならば、分かり易い形の他にも、確かに加護はあるのだろう。

オユキ達も、少年たちも、確かに身体能力は順調に伸びて言っているのだから。


「ですが、私達はある程度までしか、無理ですよ。手が届きません。」

「個人にそこまで求めては、それこそ何のための貴族家かと、そういう話になりますからね。」

「これまで、そういった試みが失敗したのは、世代が続かなかったからですか。」

「まさしく。」

「ともすれば、いえ、口にするのはやめておきましょう。単位は、国ごとですか。それとも全体で、ですか。」


オユキは思いいたってしまった事は口に出さず、他の事を聞く。

それによっては、過去、ゲームには確かに存在した、そんな場所も失われているのだろうから。


「国毎、でした。一つの国を除いて。」

「そこに烙印者が集まるというわけですか。」


一先ず、この世界にある大きな違和感、ゲームではなく、現実としたときの。

それこそ神の実在だけでは、納得しきれないようなもの。

日々の生活に存在するそれが、いくらか解消されたと、オユキは頷き、今後の話を考える。

彼女が求めていることは、分かるのだが、譲れないところもあるし、何故彼女が、そうとも思うのだから。


「私から言える事、これはトモエさんも納得して頂けるでしょう。

 確かな約束として、協力できることは惜しみません。その、大変な事、それは理解していますが、私達にもここへ来た目的があります。道楽と、そう謗られようとも。」

「私、メイ・グレース・リースも誓いましょう。民の安寧こそが望み。

 良き民が、その生に目標も、望みも持てぬ、そんな日々は求めないと。」

「そうであれば、良き隣人、土地に暮らす者として、可能な助力を返しましょう。

 礼には礼を、信には信を、恩には恩を、仇には仇を。野蛮と言われようとも。」


オユキの世界、同害報復、過去の野蛮な風習とそう言われるかもしれないが、オユキの根底にある信条はそれだ。

法律よりも、オユキにとってはそれこそが信じられる、唯一でもあるのだから。


「野蛮、確かに法学の観点で言えば、理性的でないと、そういう方もいるかもしれませんが、私は好きですよ。

 だって、仇さえなければ、その心根はとても世界を豊かにするでしょう。」

「そうだとよいのですが。それと、リース伯爵令嬢が選ばれたのは、やはり短剣が。」

「その、異邦の方は本当によくわからない、そう思う事が。」

「根本の価値観が違いますから。こうして言葉を交わせはしますが、実態は、それこそ全く異なる種族と、そう思っていただく他有りません。この場合、言葉が通じてしまう事が、難点ですが。」


オユキは、そういって笑って見せるしかない。

他の物、出会ったのはそれこそ二人だけだが、他にも魂、それの総量を確保するため、総量を増やす循環を作るために連れてこられたものも多くいただろう。

ミズキリは、来る人間は分かるといっていたが、それ以外にいないとも言い切れないのだ。

分かるのは、ミズキリに係わりのある、それこそ団の人間だけかもしれないのだから。

そうであれば、過去の異邦者、1000年の間にこちらに来た異邦者の中には、今のオユキとは全く違った振る舞いをするものも、それこそ星の数ほどいただろう。

そして、こちらに居た人々の間では、その全体が、異邦人の総論として語られているのだ。


「いえ、あくまで、個人、そういう事なのでしょう。異邦という一つではなく、ここに在る一つの命と。」

「先入観は、大事ですよ。それが無ければ常に出会った相手と何もないところから手探りでと、そうなるのですから。」

「ありがとうございます。そうですね、あの短剣、戦と武技の神からの下賜品、柄頭には彼の神を示す聖印が、そして刀身には、一文が刻まれていたとか。」

「少し材質はみましたが、確かに宿の中なので、抜きはしませんでしたが、そのような物が。」

「恐らく、皆さんではお読みいただけないかと。私も分かりませんでしたから。」


そこには、恐らく神職の物が、当たり前のようにオユキとトモエが首から下げている功績を見て、それが如何なる神の手によるものか分かるような、そういった仕掛けがあったという事なのだろう。


「公爵様によれば、そこにはこうあったとか。

 ワインと同じ、積み重ねこそが武を磨く、と。」

「世代を重ねる、それが可能になったのだから、そこに改めて目を向けようと、そういう事ですか。」

「はい。ですから次世代として年頃の私がその短剣を持ってきた、それを兆しと。」

「験を担ぐのは、どの世界でも変わりがありませんね。」

「光栄なことではありますが。」


話がようやく明るい、先の事に向いたからかメイの手に過剰に入っていた力も抜けてきている。

良いことではあるのだが、難しい話ではある。

今後も踏まえて、人口の増加も踏まえて、魔物が増える。

そこから糧を得て、人々の生活を維持しなければならないのだから。

そして、今後は、これまで口を減らし、次の世代を得るためにと、軽視、むしろ死を望まれていた多くの狩猟者も、生産を担う人員として、計上する必要があると、そういう事なのだから。


「それにしても、王都や領都から、そうはならないのですね。」

「足元が不確か、それもありますが、次世代に任せるには。」

「既に育ちすぎていますか。」

「ええ。それぞれに策は打つのでしょうが。」

「優先すべきことがあるでしょうからね。」


所謂ベビーブームが巻き起こるとすれば、これからは人口の上限が明確に存在しないとなれば、既存の為政者は為すべきことがそれこそ冗談では済まされない量で存在するだろう。


「それにしても、私たち以外の異邦人も、何か情報の欠片は与えられていそうですね。」


そんな風にいう物の、恐らく間違いはないだろうなと、オユキはそう考える。

世界の魂の総量を増やす、その目的以外にも、何かがあってもおかしくはない。

一見して邪気などはなかったが、それと別の目的があるかという事は、何も相反するわけでもないのだから。


「その、同朋かもしれない方を指してこういうのは何ですが。」

「何か、ありましたか。」

「私が会った異邦からの方は、もっと単純な方が多かったのですが。」

「それこそ、人それぞれですよ。」


何も向こうの時系列に縛られているわけでもないのだろう。

それこそ、そうであるなら、トラノスケがオユキよりも先にこちらに来ているのもおかしな話だ。

ゲームとして遊んでいる時、言葉の端々に見える彼の振る舞いは、確実に年下の物であったのだから。

そして、ミズキリの団にしても、オユキと彼が最年長。

他の物は年若く、オユキよりも先にこちらに来るとすれば、それこそ事故でしかない。

だというのにトモエと二人で、最後、世界の切り離しが行われる段で、こちらに来ることになった。

それを考えれば、そうなるとしか言いようもないだろう。

オユキよりも5年は早く旅立ったミズキリが、こちらに来て2年程、そんな事実もあるのだから。

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