第232話 再臨

「さて、大方の事は分かりました。」


なかなか大変な時に来てしまった、オユキとしてもそんな思いはあるが、それについてはどうしようもない。

これまでと同じ、ただタイミング、それに尽きるのだ。


「ただ、難儀ではありますね。」

「はい。」


オユキが万感を込めてそう零せば、メイも肩を落とす。

人が増えれば、それも赤子が増えればどうしても手が取られる。

今後を考えれば、生産量を落とすわけにもいかず、労働力は必須。

新しく増える物を支える、その基盤を作るのは簡単な事ではない。

それも、魔物という脅威が存在する中で。


「協力すると、そういった以上、先達、この容貌では説得力が無いかもしれませんが、以前は組織を立ち上げ、それなりに育てた経験もある身です。向こうに信頼のおける友もいます。

 私が話し、頭を下げれば必ず協力はしてくれるでしょう。」


ミズキリ、トラノスケ。

どちらもゲームの中で、新人をいっぱしのプレイヤーに育て上げてきた実績はある。ミズキリに至っては苦楽を共にして、会社を成長もさせた。

事情を話し、頼むと、そういえば二人ともそれこそ二つ返事で受けるだろう。

だが、問題は。


「心強いお言葉です。今は、ただ、感謝を。」

「いえ、解決できない問題として、あの町の資源があります。」


そう、武器、それに使う鉄。

始まりの町に、それが無いのだ。

少し離れたところに鉱山があるとは聞いているが、輸送には限界もあるし、そもそもそれを扱える技術者にしても、一朝一夕でどうなるものでもない。

草原に囲まれ、石もとれぬ、鉱石もない。それでは町の防壁さえままならぬ。


「馬車で、どうにかと。それ以外にありませんから。」

「防壁の拡張を考えれば、とてもではありませんが。」

「分かってはいますが。」


そう、それくらいはメイ、そして公爵とリース伯爵、その間で散々議論がされている事だろう。

そもそも、オユキ達が得た人形による石材や鉄材が、あれほど喜ばれた理由もそこに在るのだろう。

南区の再開発に使う、それ以上に。

つまるところ、需要と供給、そのバランスが完全に崩れる。

そして、そんな中でも彼女は、まだ年若く実績もない少女が、解決を求められる。それはあまりにも酷だろう。

以前の世界であれば、それこそそういった物が確保できる場所が発展し、輸送技術が発展してから、版図が広がりとそうなったが、こちらではその手順も難しい。

ゲームとして、もともとそう作られた、その歪があるのだから。

ならば、それを解消するのも、その歪さに頼るしかないだろう。そして、そういった機能は確かに存在したのだから。


「そうなるだろう。」

「ええ、そうするしかありませんから」


二人分空いた席には、いつの間にか当たり前のように腰掛ける影がある。

オユキが慌てて席から立とうとすれば、突っ込んできた女性騎士を手を差し出すだけでその動きを封じた戦と武技の神が鷹揚に断る。


「先日ぶりだな。壮健なようで何よりだ我が巫女よ。もう一人も、そこで立っておらずこちらに来るとよい。」


茫然としているアイリスが、そう声をかけられると、おずおずと近寄ってくる。

メイに至っては、なかなか楽しい表情をしているが、それこそ見なかったことにするのがよいだろう。


「再び拝謁の栄誉を頂けましたこと。」

「よいよ。楽にせよ。我らは愛おしい子供たちを畏まらせて悦に入る、そのような趣味は持ち合わせておらぬ。」

「お久しぶりですね。トモエさんも、こちらに。」


創造神、久しぶりに見る少女がそう手を叩けば、それが当たり前のように、トモエが増えた椅子に座った状態で現れる。


「これは。流石に状況が分かりませんが。」

「分かる人の方が稀でしょう。お久しぶりです。ええと、騎士様、お手数かけますが、私どもの積み荷から、ワインの樽を。そうですね、こちらを。」


そうしてオユキはようやく解放された女性騎士に、持っている功績を鎖毎外して預ける。

許可があるといえばどうにかなりそうだが、それにしても何かそれを示すものがあったほうが良いだろうと、そう判断しての事だ。


「その、これは一体。」

「正直、私も分かりません。ですが、こうして神々がそのお姿をお見せくださった以上、何も供えぬというのは、私としても。」

「それは、そうですね。ですが、私も職務ですから。」

「では、外の方に。私がこの場を離れるわけにはいきそうもありませんから。」


そう話せば、どうにか気を取り直したのであろう、メイからも声がかかり、何か耳打ちされ、短剣を渡された騎士が部屋の外に向かい、少ししたら戻って来る。

その間も、神々は急かすでもなく、ただ楽し気にその様子を眺めていた。


「御前にて、失礼いたしました。」

「なに、もてなしの準備を整えさせる間もなく来た、こちらの非例もある、気にするな。まぁ、供物は有難くいただくがな。」

「もう、そんなことを言って。どうか気にしないでくださいね。今回の事で、これまでの事で、あなた達には迷惑をかけてしまっているのだから。」

「いえ、御身の威光に満ちた庭、そこに間借りさせて頂いているだけのまつろわぬ身。」

「ああ、どうかそんなことを言わないで。大切な子供たちが、そこまで己を卑下すると、悲しいもの。」

「は。」


本来であれば、椅子から降りて膝をつくのだろうが、メイもそれが許されていないのだろう、非常に気まずそうな表情で、どうにか椅子に座っているといった様子だ。

割と自由に歩けるのは、オユキとアイリス、巫女と呼ばれている二人だけか。

女性騎士にしても、自分の足で動いたわけではないのだから。


一先ずと、机の横に残された道具でオユキがお茶を入れて、二柱の神の前に並べる。

その際、少しメイの視線が厳しかったのは、作法がおかしかったからなのだろう。

後で聞かねば、そう反省しながらも、今はと席に着く。


「お久しぶりです。そして、改めて感謝を。」

「良いのです。気が付いたのでしょう。だから私がこうして姿を現すことが出来るのですから。」

「出会いに恵まれましたから。」

「そう、ならよかった。」


そうして、創造神が緩く笑って、お茶に手を付け、茶菓子を口にし始める。

一方戦と武技の神は、実に豪快に口に運んでいる。


「さて、巫女たちよ、先日ぶりではあるが、研鑽を積んでいるようで何よりだ。」

「恐縮です。一度はこの先はない、そのような愚かな選択をしておきながら。」

「道に迷うのも定めである、先人が引いたものがあればともかく、埋もれて消えたならなおの事。」

「ご厚情、真に有難く。」

「何、そこまでかしこまることはない、我が道を選ぶものは、須らく同胞である故な。

 最低限を弁えておれば、礼儀など気にするほどの物でもない。」


そうして、実に豪快に笑い飛ばす。


「さて、あまりこうしていられる時間も無いのでな。特に始まりの一柱は、今はなかなか忙しい。」

「ええと、それはそうだけど、それでもこうしている時間は好きよ。

 それにあまりお仕事ばかりでは息が詰まってしまうもの。」

「そうも言っておれんだろうに、こうして我が子たちが困っているのだ。遅れれば、遅れるだけな。」

「それは分かっているけれど。」

「偶の息抜き、それくらいであれば、良いのではないでしょうか。祭りもあると、そう聞いていますが。」

「あまり甘やかしてくれるなよ。我らの母ではあるが、伯母上にかなり甘やかされておる故な。」

「あまり、想像がつきませんが。」


トモエとしては、少しは話を聞いたが、印象としては何処までも超然とした、そんな相手なのだ。

元の世界の神というのは。ただ、オユキを待つと、そう告げたときに融通をしてくれる、その程度の愛情は持っているそう感じてはいたが。


「さて、気が付いた、私だけという事もないと思いますが。」

「多くはないがな。それでもその時々に、こうして最も近い柱が、こうして始まりの一柱を伴って降りている。」

「はい。皆さんに、ええと異邦の皆さんに分かり易く言うのであれば、そのたびに機能の開放を。」

「ああ、ミズキリが教会で、誰が来るか確認できるといったのは、それですか。」

「ええ。そうですよ。その人の望みに合わせて、可能な、この世界に許されていることを。

 さて、オユキさん、あなたは何を望みますか。閉ざされた機能、未だこの世界に存在しない機能。

 過去にはあったそのどれを、あなたは望みますか。

 過去の異邦人は、何も望まなかった、そちらのトモエさんはあなたに任すと。

 ならば、それらも含めれば、ある程度大きな機能も、今となっては解放できるでしょう。」


そう告げられた言葉に、オユキの答えは決まっている。

そして、それを子の神が望んでいるのも知っている。


「インスタントダンジョン。その作成機能を。」

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