第230話 不安の種

「それで、リース伯爵令嬢に伺っておきたいのですが。」


他愛ない雑談を楽しんで、メイの疲れも多少は抜けた、そこでオユキは話を切り出すこととした。

そもそも、彼女がわざわざ移動についてくる、それも過剰とそう分かるほどの人員を割いて。

そして、村に着くなり周辺に向かった、騎士達の行動。

オユキにはどちらかと、そんな予想もすでにあるが。


「どこで襲撃があるとお考えで。」


そうオユキが尋ねればメイはただ華やかに笑う。

貴族として、それ以外は仕事を頼む相手、こちらの間隔は分からないが、どちらにせよ品定めを常にされているのは、少なくともオユキとトモエは理解している。

そうでなければ、こうしてオユキだけでここに来ることもないのだから。


「話が早くて結構ですね。どうしてそうお考えに。」

「言葉の順番が逆かとは思いますが、異邦からの身としても、この状況のおかしさは分かるものですから。」

「あら、そうですね。肯定したと、そうなりますね。」

「ただ、疲れているのも本当でしょうから、そちらは気遣っていますよ。」

「ええ。流石に、演技だとしても、あそこまでは。」


そうオユキが目だけは笑わずに、相手を見返しても、それこそメイはオユキの人生経験等よりもはるかに濃く、重くそういった環境で生きてきているのだ。

その程度の抗議で、何を感じることもないだろう。

それが分かっているからこそ、オユキとしては、ため息とともに告げるしかない。


「あの子たちには、まだ早いと思いますが。」

「それこそ、どうにもなりません。狩猟者として今後も生きる以上、遅かれ早かれです。

 特に、あの子たちの実績を考えれば、この機会と、そう見られても仕方がありませんから。」

「良い言い方が思いつきませんが、それほど質が低いのですね。」

「ええ。芽のあるものは、他の職に就きますから。」

「そして、育てるための手も足りていない、と。」


それは始まりの町でも聞いたが、共通認識なのかを、ここでオユキは聞いておきたかった。

メイが、まだ年若く、公爵家に見習いとして出されるような人物であり、補佐を必要とする人間を統治に向かわせなければならぬほどに、とにかく人が足りていないのかと。


「そうですね。皆、席を外してください。」


メイの言葉に、村についてから借り受けた部屋の中から人が出ていき、メイとオユキだけが机に残ると、彼女は何かはこのような物を机に乗せる。

複雑な模様の刻まれたそれは、何かの魔道具だろうと、オユキは当たりを付けるが。


「これで、外に声は漏れません。範囲は、この机がせいぜいですが。」

「そのような物が。アイリスさん。」


試しにと、内外を分ける扉の前で警戒をしている彼女の名前を呼んでみるが、反応はみられない。

彼女が最も気を許している女性騎士の、心配げな様子を見るに、恐らく嘘ではないのだろう。


「分からないことはすぐに試す。まったく、本当に見た目とは違いますね。」

「これでも、異邦で人の生を一度は全うした身ですから。」

「分かっているつもりですが、本当に異邦の方はやりにくいですね。」


そうして、これまでよりも少し年相応な空気を持ってメイが話し始める。


「では、聞きたいことにお応えしましょう。正直、アマリーア様があなた方を警戒していた以上、私でははぐらかしたところで、端々から情報を取られるだけでしょうから。」

「私も、流石にアマリーアさん程ではありませんよ。」


そうしてオユキは苦笑いで返す。

言葉は悪いが、高々商業ギルドの一支部の長、そんな人間が本来公爵に気軽に、突然の贈り物を持っていく、あまつさえ手紙迄任される、そのようなことはあり得ないのだから。


「さて、予測ではありますが、追放した人々、その中の何某かの勢力が襲撃を企てている。

 そして、そこで利用される手法、新しい、烙印者たちの神、もしくは魔道具、そのどちらかが使われる、それに心当たりがあるのでしょう。

 私達を戦力としてはいないでしょうが、そこでそういった手合いに対して、どういう行動を取るかを見たい、そのあたりかと。」

「概ね正解です。使われるのは魔道具。見極めはそれに対しての物では無く、あなたとトモエさんの人柄ですね。」

「公爵家から、持ち出されましたか。となると、私が思うよりも、評価されていたのですね。」

「ええ。特に短剣が。」

「戦と武技の神が、公爵様より頂いたお酒を喜び、下賜してくださった、本当にそれだけなのですが。」

「それを無造作に譲る、そして、それほど気安く譲れるほど、そこが問題なのです。

 いえ、それは置いておきましょうか。人が足りていない、その話ですね。」


メイがそれに対してため息をつくが、その様子でオユキもようやく思い出す。

そもそも、何故異邦から人を招いたのか。


「こちらに来るにあたって、魂が足りていない、だから異邦から招いたと、そう伺っています。」


そう、そしてその言葉、それがなにを意味するのか、深く考えれば分かるのだ。

この世界の残酷な裏側というものが。

考えたくなかったから、目をそらしていたかったから、だから考えなかったのだろうか。

トモエは、どことなく気が付いているような、そんなそぶりが思い返せばあったようにも思う。

だから、見ず知らずとはいえ、子供たちを大切にしようと、そう行動したのだろうし。


「つまり、定数、人口の上限があったと、そういう事ですね。」

「はい。徐々に増えてはいましたが、そこには明確に定められた数が存在していました。」

「それが、無くなってきている、と。」

「ええ。数十年ほど前から。」

「思いのほか、時間がたっていますね。いえ、それまでがあるなら、変わりませんか、その程度では。」


ただ、そうだとしたら、烙印を押された者達、その怨嗟が向かう先にも納得がいく。

その思考形態はまた別ではあるが。


「ただ、そうなると分からないことも、また出てきますね。」

「私にわかる事なら。」

「烙印を持つ物が生かされた理由です。」


そう、そんなものたちに存在できる生命の数が奪われる、そうであるなら、そこには生存競争が発生する。

文字通り命がかかっているのだから、それは確実に苛烈なものになっただろう。

そうでないというなら、そこには、別の仕組みがあるはずだ。


「ああ。あの者達を殺しても、定数は増えません。むしろ減ったそうです。」

「そこで、彼らの神ですか。」

「話が早くて、何よりです。彼らを殺せば、その存在はあの者共の神に捧げられ、その力を増すだけです。

 そして、その力でさらに多くの命を引きずり込む、そのような存在だと。」

「切り離せるだけの魂、いえ、こちらで増やしていける、そうなったからこその、今回の神々の御言葉ですか。

 そして、王太子妃様のご懐妊、これは定数を超えた物ですね。」

「はい。」


つまり、こちらに来て子供をあまり見なかった理由、あまりに後進を育てることが軽視されていた理由。

そういった諸々がそこに在るという事なのだろう。

そして、烙印を負ったもの達にとって、確実にその優位が消える事態が発生した、その証が入ってもいたのだろう。


「これまでは、彼らを処分することもできなかった。それが解消された以上、向こうも手を打ちますか。

 なるほど。それで、あの子たちも遅かれ早かれ、ですか。」


そうして、オユキはただため息をつく。

言われてしまえば納得せざるを得ない。世界のシステムそれが変わる以上、誰も彼もが巻き込まれるのだ。

そこに斟酌の余地はない。


「このことは。」

「ごく限られた者だけです。」


机の上で握る手に、相応に入った力を見るに、彼女もそれこそ最近知ったと、そういう事かと、オユキは納得する。

そして、あれほどゲームとして楽しんでいた世界、それが現実となれば、その違和を解消するために、どれだけ残酷な理由付けが発生するのかと、そんなことを思い知る。

ただ、それと同時に、このゲームを作ったあの開発者たちは、恐らくこれすらも世界観に組み込んでいたのだろうと、そう考える。


「お辛かったでしょう。」

「務めですから。」


さて、色々と裏側は分かったがと、オユキは改めて思考を回す。

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