第142話 会食
浴室を確認すると、オユキとトモエの予想とは違い、西洋によくあるバスタブが置かれたシャワーと思えば、しっかりと木で作られた浴槽に、どこから流しているのか、樋を伝って常にお湯が流れている、源泉があるなら温泉と呼んでもいいようなそんな設備だった。
二人は、少しゆっくり楽しもうと考えていたが、その設備を見ると、長風呂に、どうしても久しぶりであるし、晩年、体が動かなくなってからは、お互い病院のベッドを住みかとしており、久しぶりの楽しみなのだ、こういった風呂は。
最もそういった期間があったからこそ、水を汲んで体を、石鹸のようなものはあるとはいえ、流すだけ、といった生活にもある程度問題なく対応できたのだが。
少年たちに、その場に置かれた道具を説明するとともに、順にひとまず体を流すだけとして、一時間を少し超える時間でそれぞれが身ぎれいにすると、案内された際に説明を受けたベルを使って、ゲストリレーションズを呼ぶ。
室内で慣らしたはずのそれは、さて、どういう理屈か、部屋にノックの音が響く。
「お呼びでしょうか。」
「はい。少し休ませていただきましたので、ホセさんとそろそろ食事にしようかと。
こちらでは、食事は何処で、取るのでしょうか。」
「それぞれのお客様のお部屋まで運ばせて頂いております。」
言われて、部屋のダイニングを見れば、まぁ、全員席についてもどうにかなるだろうと、そう思える広さはある。
席が十分にあるのなら。
「皆で、一緒にと考えていますが。」
「机と椅子を追加でご用意させていただきます。支度をしますので、それが終わるころにホセ様に。」
「それでは、そのように。よろしくお願いします。」
そうとだけ伝えれば、後は当然のようにすべてが用意され、ホセが部屋へと訪れる。
「お寛ぎいただけていますか。」
前菜が並ぶ机で、ホセは葡萄酒だろう、それを口にしながらオユキとトモエへと話しかける。
少年たちは、どうにもなれない空気にあてられ、ぎこちなく、それこそオユキ達を真似るように食事を口に運んでいる。
オユキとトモエにしてもこちらでのテーブルマナーなどは、知らないので、真似られても正しいとは限らないのだが。
「ええ、良い場所をご紹介いただいたようで。」
「使徒様肝いりのホテルらしいですよ。私は流石に当時は知りませんが、使徒様がこの世界に降臨された200年前、正確な年数は存じ上げませんが、その際に、直接指導をされたとか。」
「成程、どうして馴染みのある。」
そうして雑談を勧めながら話を続け、ハーフコースもドルチェの皿が出たころ、その間も少年たちが口を開くことはなかったが、一度ウエイターに下がってもらい、本題に入る。
「お二人は、流石に慣れておられるようで。」
「異邦では、それなりに経験を積んでいますから。彼らには少々悪いことをしたかと思いますが。」
「なに、それも経験でしょう。さて、明日からの予定ですが。」
「はい、それと、ギルドではホセさんに優先的に話をしていただくように頼んでいます。
工房ですか、武器の用意をしていただける場所へ、さっそく赴きたいと考えていますが。」
「私がご案内できれば良いのですが。」
そういって、苦笑を浮かべるホセに、トモエも苦笑いで返す。
色々と、到着直前になって得た物も多い、つまりそういった物をやり取りする彼の行うべきことも増えたのだろう。
「お手間を取らせましたか。」
「いえ、有難い事ですから。明日の昼頃、この区画にある商人ギルドにお越しいただけますか。
この宿から、歩いて30分ほどでしょうか、具体的な場所は。」
「明日、こちらで伺ってから向かいましょう。」
「ありがとうございます。そちらで、こっちに明るい人間を改めてご紹介させていただきますので、恐れ入りますが。」
「いえ、過分なご配慮有難うございます。では、明日。」
「よろしくお願いします。それと、今後の予定ですが、一月と、こちらに滞在する期間はそうお伝えさせて頂いていましたが。」
そう言うとホセが軽く頭を下げる。
「伸びるかと思います。昨日の品を競りにと、そういう声がありまして。」
「ホセさんが買い取ったうえでですか。」
「ええ。そのあたり少しややこしい話になりますが。」
これまでトモエに会話を任せていたオユキがそこで口をはさむ。
「いえ、だいたい想像は尽きますから。結論としては、ホセさんが、こちらに品を卸す、そういう立場という事でしょう。」
「ご明察の通りです。」
「私たちは急ぐものではありませんが、彼らは。」
オユキがそう言って、少年たちに目を向ければ、喋らなければと、そう感じたのだろう。
シグルドがどうにか口を開く。
「あー、俺らも、もう教会を出るから。その、日程はどうとでも。
まぁ、餓鬼どもの様子が見れないのは、気になるけど。」
「そうですか。急いでも二ヵ月は先になります。先に戻りたいと、そういう事でしたら手配させていただきますので。」
「分かりました。そのあたりはこちらの武器の手配もありますから、そうですね、2週間後に、改めて時間を頂けますか。」
「勿論ですとも。他に何かご要望などはありますか。」
そうホセが笑顔で答える。
彼としても、契約を反故にする、それがこの世界でどれほど重い物かはオユキ達も分かっているが、それに同意が取れたことを喜んでいるのだろう。
顔を合わせたときに顔色が少々悪いと感じたのは、どうも旅の疲ればかりではなかったようだ。
「ええ、いくつかお伺いしたいことが。」
それを慮って、オユキは気軽な話題を振る。
チップの相場、このあたりの名物、鉱山の事など。
デザートを片付け、改めてウエイターを呼び、飲み物と、オユキとセシリアが非常に気に入った果物の追加を頼みつつ、話は進む。
そんな中、トモエがふと思いついたように話を向ける。
「こちらで、衣類を仕立てようと思えば、おすすめのお店はありますか。
その、装備としてではなく、普段着るものと、そういう意味合いですが。」
「ええ、もちろんございますとも。夏も近いですからね、軽い衣類も必要でしょう。」
ホセはそう頷くと、生地からか、仕立て済みのものか、そうトモエと話始める。
「生地ですか、その以前水綿でしたか、見かけることがあったので、少し気になっていますが。」
「ああ、確かに夏に好まれる生地ですね。ここでは産地から遠いのですが、もちろんございますとも。」
「一着仕立てるのに、期間はどれくらいになるでしょうか。」
「あまり複雑でなければ、そうですね、3日程かと。」
「成程。生地と、仕立てどちらの店もご紹介いただけますか。」
「分かりました、明日紹介するものに伝えておきます。」
そこで話が切れたので、オユキは思い出したことを彼に尋ねる。
「それとこの子たちが、教会のロザリア様から、こちらの本教会、ですか、そちらへ手紙を預かっているそうなのですが。」
「司教様からですか。本教会は、ここから少し距離がありますね。
中央、行政区の中ですから。」
「確か、貴族の方がおられるとか。」
「ええ、手紙の封に印が用いられているでしょうから、それを見せれば、中に入ることは問題ないかと。
ただ、馬車の用意が無ければ、一日、往復で終わるでしょうが。」
「広い街ですね、本当に。」
トモエが冗談めかしてそう言えば、ホセもそれに乗ってくる。
「ええ、私としてもせめて半分の大きさであれば、もう少しやりやすいと、そう思いますよ。
なんせ、一周するのに、馬車で2日かかりますから。
始まりの町が60程は入るでしょうからね。」
「そんなに、広いのか。」
「王都はもっと大きな町ですよ。それと、周辺の施設、農場や牧場、鉱山も入れれば、もっと広いですから。」
「凄いな。本当に。」
そうして、食事も一通り終わったところで、ホセがその場を辞し、彼の部屋に戻っていく。
そして、慣れない食事で疲れたのだろう、少年たちがそれぞれ部屋に戻っていくのを見送って、オユキとトモエは改めて浴室へと向かう。
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