第141話 質の良い宿

「なぁ、ホセのおっちゃんのところに行くのはいいとして、俺らは宿探さなくてもいいのか。」

「恐らく、今日の分は手配してくれていますよ。

 私たちの話し合いが、どの程度かかるかわからず、それから探すのは難しいですから。

 土地勘があれば、また話は変わるでしょうけど。」

「そういうもんなのか。」

「そうですね。そういう物です。あなた方も、今後人を案内するときは、こうした気遣いができると、覚えが良くなりますよ。」

「面倒だな。」


そう、シグルドがぼやいて頭を掻く。

こういった言外の部分に関しては、アナも慣れていないためか、シグルドの振る舞いを止めようとしない。

そういった部分は年相応と、微笑ましく思いながらも諭す。


「では、そういった心遣いを受けるのは嫌でしょうか。」

「いや、いい人だなって、そう思うさ。」

「なら、人にそうすることは悪い事ではありませんよね。」

「ああ。そうだな。」


そうして、少し説明すれば、きちんと理解できるいい子たちである。


「っと、セリーどうかしたのか。」


皆で聞いた宿へと向かっている最中、セシリアがふらりと、脇に逸れるように歩く。


「あ、ごめんなさい。見たことのない花が並んでいたから。」

「あー、流石に後にしたほうが。今買っても枯れちゃうよ。」

「うん、そうね。種を買って帰ろうかな。」

「それなりの期間、こちらに居る事になりそうですから、町も見て回りましょう。

 武器が用意できるまでは、出来る事もありませんから。」

「それだよな。武器。どうすっかな。練習するなら、変えないほうが良いんだよな。」


シグルドがそういって、トモエを見ると、トモエはそれに頷いて返す。


「そうできればいいのですが、長く使える物がいくつか用意できるなら、そちらに合わせたほうが良いかもしれませんね。私も、どうしても前の世界のあり方を引きずってしまいますから。

 工房に伺ったときに、相談してみましょう。」

「まぁ、教えてもらってるのはこっちだから、そのあたりは任せるさ。

 ただ、なんか力がついてきたから、もう少し重いのが良いかな。」

「ああ、それは駄目です。まだ重さに頼るには早いですから。

 軽く、頼りなく感じる武器を、速く鋭く振る、それができなければ、力を使うのではなく、力に振り回されることになりますよ。」

「繊細、なんだっけ、力を使うのって。」

「ええ。こちらでも、鍛錬ができる場所があればいいのですが。」


そんな話をしているうちに、目的としていた宿に着く。

門からかなり離れた、内部で区分けされた、富裕層向けのエリア、そこに入るための門を抜け、合計で、それこそ二時間以上は優に歩いた場所に、その宿はあった。

構えからも、その大きさが分かるほどで、木の建物にこちらに来てからは慣れていたし、ここまで歩く間も木造の建造物のほうが多かったが、この宿は石造りであるらしい。

頑丈さを感じさせる構えに、金属製だろう扉が取り付けられたそこは、格式ある、古風な佇まいを訪れる物に楽しませる。

入り口で、こちらでは初めて見る、それこそドアマンと一目でわかる、緋色のジャケットを着た人物が立っている。


「ご宿泊ですか。」

「ホセという、商人の方が話しているかと思いますが。」


そう言うと、オユキが順に全員の名前を告げていく。


「承っております。それでは、ご案内させていただきます。」


オユキとトモエにしてみれば、生前に受けたことがあるため、こちらにもこういった文化があるのだ、そう納得すれば済むのだが、シグルドたちはそうではないようで、背後で動きを止めている。

それに、ついて来てくださいと、そうとだけ声をかけて中に入ると、石造りではあるが、隅々まで良く磨かれており、照明の明りを穏やかに返す、そんな内装が広がっている。

ドアマンが歩く方向を変えると、そちらには受付だろう、これまた見慣れたスーツを着た人物が数人並んで立っている。

さて、ゲームの時代は早々にミズキリの一団が用意した、団の拠点でほとんどを過ごしていオユキとしては、当時からあったのかは定かではないが、成程、公爵の治める領都、そう思わせるものではある。


「ご予約のトモエさまご一行を案内しました。」


ドアボーイが受付の前に立って、そう告げれば、引継ぎが終わる。

その様子に、習慣として小袋からいくらかを握りこんでオユキが握手をもとめれば、こちらにもそういった習慣はあるようで、無事に受け取られる。


「ありがとうございます。」

「いえ、どうぞごゆっくり。小さな淑女。」


そうしてきびきびと戻るドアマンとは別に、トモエが宿泊の手続きなどを進めている。

新しく探すにしても、手間がかかると考えているのか、続けての宿泊、一週間ほど伸ばせるかを尋ねている。


「皆さま、同じ部屋でと伺っておりますが。」

「あら、大部屋があるのですか。」

「中で分かれてはおりますが、こちらが間取りです。

 貴族の方や、商人の方であれば、ご家族に使用人も宿泊されますので。」

「ああ、成程。こちらの部屋は、延長できるのでしょうか。」

「はい。勿論ですとも。一部屋4千ペセとなりますが。」


とすると、一人で割れば、案外安いものだなと、オユキは考えてしまうが、少年たちは顔色を変えている。


「申し訳ありません、高額な貨幣の持ち合わせがなく。」

「為替などもあります。両替が必要でしたら、お申し付けください。」

「それは、この町の中ではどこでも使える物ですか。」

「いえ、流石に外周区では。」

「成程、これで3万あると思います。残りは計数の手間としてください。」

「お心遣いありがとうございます。」

「ホセさんに、少し休んでから食事を一緒にしたいと、お伝えいただいても宜しいでしょうか。」

「かしこまりました。」


そうして一通りの手続きが済めば、ベルホップが受付から鍵を受け取り、案内をしてくれる。

ドアから入った時にも見えていたが、中央は吹き抜けとなっており、装飾の施された、石の頑丈さを見せる階段が据え付けられている。

その階段には、毛足の長いじゅうたんが敷かれており、そちらも清掃が行き届いているようだ。

少年たちが、汚したらまずいのではないかと、隅の方を歩く姿に、懐かしさを覚えながら、案内されるままに部屋へとたどり着く。

四階建て、その最上階。左右に別れてはいるが、広いその階に部屋に繋がるだろう扉は四つしか存在しない。

これで一部屋4千。グレイハウンドの魔石で換算すれば二〇程。

かなり安いのではと考えるが、食事について言及がなかったことと、始まりの町が食事付きで一晩65ペセだったことを思い返せば、間違いなく高級宿なのだとトモエは思いなおす。

オユキもそうだが、こちらの金銭感覚が未だに判然としないのだ。基本となる価値観の違いが経済にも非常に大きな影響を与えているため、前の世界と同じ尺度ではとにかく計れない。

武器一本、良いものを探せば、前の世界では工業的に作られた練習刀のようなものでも、5千ペセほどになるのだから。それこそ、食事付きのそれなりの宿、その100倍近いものが、練習で使う消耗品となっている。


「こちらでございます。鍵は外出の際には、受付へとお渡しください。」

「助かりました。それと、相場が分からないので、今はこちらを。」

「お心遣いを喜んでおりますから、気持ちだけで十分です。

 それでは、ごゆっくりとお過ごしください。」


言われてベルホップが扉を閉めると、少年たちが大きく息をつく。


「すごいところね。オユキちゃん、何してたの。なんだか慣れた感じだったけど。」

「チップを渡していたんですよ。後でホセさんに相場を聞かないといけませんね。」

「へー。それにしても、私達も、こんなにいい部屋に泊まってもいいのかな。」

「高級宿であることは間違いないですが、一人当たり600ペセ、グレイハウンドだと4匹狩ればおつりが来ますよ。私も先ほどそう考えて、安いと思ってしまいましたが。」


トモエが苦笑いとともにそう言えば、少年たちもそれを聞くと、途端に方から力を抜く。


「あー、俺たちも毎日狩りに出れば、案外どうにかなるんだな、こんな宿も。」

「でも、武器を買えるのがだいぶ先になるよ。」

「そっか、それもか。やっぱ、そのあたりはリアに任せるか。」

「はいはい。今はひとまず荷物を置いて、身支度を整えましょうか。

 先ほど確認したら浴室もあるようですから。」


トモエがずいぶんと早く決めると思えば、それが理由かとオユキは納得する。

その施設はオユキとしても非常に嬉しいものであるから。


「浴室って、なんだ。」


そんなシグルドの言葉に、他の面々もよくわからない顔をしているので、案内して説明するところから始めることになった。

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