第119話 すっかり日常風景

どうにか、這う這うの体で狩猟者ギルドにたどり着いた少年たちは、職員から向けられる生暖かい視線にも気が付かず、収穫物の換金を終えると、恒例の傭兵ギルドへとやってくる。

今後も、暫くはこうして午前中に狩りにでて、午後からその反省点を踏まえてここで訓練するのだろうと、そんなことをオユキはぼんやりと考える。

一方でトモエは早々に少年たちを並べて、素振りを始めさせている。

そして、そんな様子を眺める、イマノルとクララの姿にもすっかり馴染んでしまった。

そんなことを考えながら、数を数えつつ、少年たちの不備を指摘し、合わせて見本として武器を振るトモエの前で、少年たちと並んで、オユキも武器を振るう。

惰性というほどでもないが、慣れとして、自分の体にそこまで意識を向けずとも、思ったように武器が振れるようになったオユキは、さてとばかりに考える。

これまで、どうしたところで以前覚えた物に重きを置いたが、この体に、今の状況にあった理合いは何処であろうかと。

オユキから見ても、トモエは確かに以前の物が十全に使えている、むしろより馴染んでいるようにも感じはするが、ところどころ、今、こうして素振りをしている最中でも、何かを試している節がある。

それに置いて行かれぬよう、自分なりの、今のオユキとしての目標は何処だろうか、そんなことを考えながら、記憶をさかのぼる。

ゲームの中では、やはりある程度、見た目の調整が効き、その中では今のオユキ程の体躯でありながら、数多の魔物と戦い、折に触れて行われる、プレイヤー同士の戦い、闘技場で行われるそれに、見事な勝利を収める者もいた。

それこそ、オユキやトモエの技術と根本的に異なる、そんな技をもって名を馳せていた猛者もいた。

そういったゲームの記憶、武術を習い始めて興味を持った、他の、今体がはっきりと覚えている、それ以外の技そ、そういった物に思いを馳せながらも、ただ振る剣の切っ先、その少し先までが己の指であれと、同じ動きを繰り返す。


そうして、二百を数えたころには、トモエからそこまでと制止の声がかかり、少年たちが崩れ落ちる。

御前の慣れない状況の疲れが残る中、未だ普段と変わらぬと言い切れない運動で、相当に疲れたようだ。

荒い息をどうにか整えようとしている彼らを前に、涼しい顔をしたトモエが立ち、彼らに質問をする。


「道すがら話していましたが、初めて複数と同時に戦う、そんな状況を経験してどうでしたか。」

「どうもこうも。見てただろ。」

「あなた達がどう考えたか、それが重要なのですよ。

 道すがら、話していることももちろん聞いていました。それを踏まえて、どう考えましたか。」


トモエがそう尋ねれば、アナが最初に口を開く。

こういうときであれば、まずシグルドが真っ先にと、それが恒例であったが、案外まとめ役としては、シグルドの暴走を止める彼女が力を持っているのかもしれない。


「えっと、皆でちゃんと戦えば問題ないと思いました。

 誰かが集中して戦って、他のみんなで、そうできるように状況を整えれば、負けません。」


これまで、そうしてもらっていたと、わかりましたから。

そう力なく笑う彼女は、実に周囲をよく見ている。


「そうですね。これまで私達が場を整えました、それをあなた達が今後やる、それも正解の一つです。」


トモエが頷いて答えれば、シグルドが呟くように、絞り出すように声を上げる。


「俺は、それでも一人でできるようになりたい。

 皆でやるのが、簡単だとは言わない。でも、実際に、一人でやれるんだ。

 それをお前らだって、見ただろ。なら、俺は。」


そういって傍目にも分かるほどに、力を入れて持っている訓練用の武器をシグルドは握りしめる。

パウも何を言うでもなく、シグルドの意見に同調するように、体に力を入れている。


「でも、難しいんじゃない。私だって、自分たちが強くなったのは分かってる。

 でも、それでも、今日ひどいことになったじゃない。」

「怪我はしてない。」

「追加できたらどうなったか、わからないじゃない。」

「そうです。数が増えたら、もっと難しくなって、何もできないまま、丸兎に集られたかもしれないんですよ。」

「数が増えれば、振り回した武器も楽に当たる。」

「当たったからって、それで隙ができて、攻撃受けたらどうにもならないじゃない。」


少年たちが、徐々に加熱しながら話始めるのを、トモエが手を叩いて止める。


「そこまでですよ。私が教える以上は、どちらもできるようになってもらいます。」


トモエがそう断言をすれば、少年たちも黙り込む。

ただ、そこからの言葉は、少年たちにとっても意外な物だろう。

オユキも初めて聞いた時は、驚いたものだ。


「あと、最初に言っておきますが、一体多数、そんなことができるものはいません。」

「は?」


トモエの言葉に対する反応は、シグルドが最も顕著ではあるが、他の子たちも似たようなものだ。

側で話を聞いている、イマノルとクララは、ただその言葉に頷いているが。


「いや、だって、あんた、俺たち5人を同時に相手したろ。オユキだって。」

「もう、教えてもらうんだから、あんたじゃないでしょ。」

「えーと、師匠。」


そう呼ばれたトモエが難しい顔をする。


「その、師と呼ばれ、弟子を名乗ることを許すとなれば、こんな甘い教え方はできなくなりますが。」

「甘いって、これが。」

「はい。弟子となれば、一日の生活、そこから徹底的にですから。」


トモエの言葉に少年たちは震えあがるが、家が槍術を伝えているイマノルは、何やら遠い目をしている。


「それは置いておきましょうか。

 実のところ、一体複数ではないのです。常に一体一、それを繰り返す。それが重要なのです。」


そう言うと、トモエがオユキとイマノル、クララに声をかける。

それがなにを求めてかがわかるので、オユキは武器を構えて、イマノルとクララもそれに習って構える。


「さて、これで今、私は3人に囲まれています。」


そういう、トモエに、イマノルとクララがオユキに合わせた距離で、トモエを囲もうとするのを、動いてわざとずらす。

それに理解を得たのか、イマノルとクララも、それぞれに、自分の武器その間合いだけを考えた位置に移動する。


「ですが、例えば。」


その声に、オユキが短刀を片手に緩く、型どおりに動けば、トモエもそれに対応して、剣を差し出し、結局互いに武器を交えて、動きを止める。


「さて、こうなった時、残りの二人は、どうでしょう。」


その姿勢のまま、トモエがそう聞くと、シグルドがすぐに応える。


「なにって、おっちゃんが動きを止めたところを狙って、斬りに行くだろ。」

「いいえ。このまま武器を振れば、私はオユキさんも斬りますよ。」

「私も同じね。槍だから、隙間があるように見えるかもしれないけれど、ここから隙を通せばトモエにはあたらないわ。」


その言葉に、少年たちが動き出し、オユキの側や、イマノル、クララの側に移動して確認する。

その様子に、トモエが笑いながら声をかける。


「どうですか。二人とも、直ぐに攻撃はできそうにないでしょう。」

「ほんとだ。でも、ここから動けば、攻撃できますよね。」

「ですから、こうします。」


オユキはトモエが武器を流そうとする方向に逆らわず、半歩進んで、イマノルの次の行動を制限する位置へと、移動する。


「さて、これで次に攻撃できるのは、クララさんだけですね。」


少年たちが、何か不思議なものを見る様な、そんな表情でトモエを見る。


「一言で言ってしまえば、立ち回り、それに尽きます。

 敵が複数いる、その意識は重要です。そうでなければこうはできません。

 ただ、その中で、常に自分に向かってくるのが一人、その状況を作り続けるのです。」

「いや、簡単に言うけどさ。」

「簡単な事ではないと、自分でも言っていたではないですか。」


トモエが当たり前のようにそう返せば、うめき声をあげてシグルドが言葉に詰まる。

その彼に、優し気な微笑みを湛えて、肩を叩きながらトモエが告げる。


「安心しなさい。出来るようにしますから。」


少年たちの顔色は、青を通り越して、白く見えるほどになった。

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