第118話 初めての対複数
「え、おお。あれ。」
その後、少し移動を続けると、都合よく3匹の丸兎に遭遇でき、今はシグルドが相手をしている。
ただ、それに際して、トモエが相手の攻撃を全て回避しなさいと、そういいつけたことから、今の状況に陥ってしまった。
「どうしました、一度も攻撃していませんよ。」
「分かってるよ。くそ、あぶねーな。」
トモエの言葉に反応するため、振り返った彼に丸兎が飛び掛かる。
それをどうにか躱した彼は、崩れた体制で直ぐに次に飛び掛かる丸兎の攻撃から身を躱す為に、地面に体を投げ出し、直ぐに立ち上がる。
三匹でも問題ないと、そう豪語して向かったものの、今は一度も攻撃のために武器を振ることもできず、ただ丸兎の体当たりから身を躱し続けている。
「この。」
起こした体で、構えも何もなく、八つ当たりのように振った剣は、当然目測が狂っており、ただ空を切る。
「無理に剣を振れば、ただ疲れるだけですよ。
疲労が溜まれば、今躱せている物も躱せなくなりますよ。」
「分かってるっての。」
トモエが口をはさむその光景を見ながら、口答えができるうちはまだまだ余裕があるなと、そんなことを思いながらも、いざというときには助けに入れるように、気を張っているトモエを助けるため、残りの少年たちに、オユキはオユキで指示を出す。
「ほら、あちらから一匹近づいてきていますよ。
誰かが、対応しなければいけませんね。」
初めての対複数、そんな状況でシグルドが戸惑っているうちに、他の丸兎も近寄ってくる。
ゲームであれば、リンクモンスターなどと、そんな表現がされていたが、生き物であれば、生き物と考えていいのかはわからないが、自身の同族が攻撃している対象を敵として、囲んで叩くのは当然の修正だろう。
そうでなければ、群れとして逃げるだけなわけではあるし。
「あの、あっちを助けなくても。」
「次は、皆さんの番ですから。見て学びたいというのなら、そうですね、他の方があの丸兎の相手をしましょうか。」
オユキがわざと的外れな回答をすれば、どうやら助けに入ることは許さない、その思いが伝わったようで、残りの四人が震えあがる。
「さぁ、あちらも早く対処しなければ、次が来て、一人で複数に相対することになりますよ。
それとも、シグルド君に押し付けますか、こちらも。」
「俺がやる。」
パウがそういって武器を持ち、残されたものの中から、数歩進み出て、新しく現れた丸兎に対峙する。
そして残された少女3人に、オユキはすぐに声をかける。
「はい、安心してはいけませんよ。今はあれだけですが、次がいつ来るかはわかりませんよ。」
少し気が抜け、武器を構える手を緩めた少女たちに、そう声をかければ、彼女たちは気を引き締めて、辺りを警戒する。
「くそ、上手くいかねーな。」
「上手くやりなさい。」
「分かってるよ。」
相変わらず、一匹躱せば次と、飛び掛かってくる丸兎に翻弄されるシグルドの叫びが、聞こえる中、パウがそちらに意識を傾けるそぶりを見せれば、オユキもパウに声をかける。
「勿論、パウ君も、丸兎の攻撃を食らうことはありませんよね。」
「ああ。」
そのオユキの声に、パウの背中に力が入るのが見て取れる。
さて、無駄な力を入れればどうなるか、どれだけ言葉を重ねるよりも、今からよくわかるだろうと、そう気楽に考えながら、オユキは様子を見守る。
「くっそ。強くなったんじゃなかったのか、俺たち。」
「ぬ。」
一方ではシグルドが丸兎に追い回され、他方ではパウが盛大に空振り、そこに飛び込んできた丸兎をどうにか、体を転がして躱す。
そんな様子を見ながら、思わずオユキが呟く。
「平和ですねぇ。」
「ええ本当に。」
のんびりとした呟きは、トモエから同意がすぐに帰ってきて、未だ周囲の警戒を続ける少女の顔を悲壮なものに変えた。
「どこがだよ。くそが。」
そして、シグルドの叫びが、ただ草原に響いた。
それから10分ほどが経っただろうか。
散々に動き回り、どうにかによけながらも丸兎に剣をひっかけたシグルドは、そこを起点に順に討伐することに成功する。
そして、今は、大の字になって、草原に倒れ伏している。
残りの面々も、他から現れる丸兎に、いつもと違う状況で対応し、気疲れを見せ始めている。
これまでと違い、誰かが戦っている、その状況で自分も別の魔物と戦う、そんな状況にどうしても戸惑いがあったのだろう。
その様子を、トモエとオユキは一瞥して、目線をかわすと、トモエが声をかける。
「では、次を探しましょうか。」
そうして、それから数時間、少年たちの内一人が3,4匹の丸兎に追い回され、残りの面々が新たに現れる物に順に対応する、そんな時間が経過する。
勿論、過剰だと感じた物は、トモエとオユキが間引いたが、その結果として、門の内側に戻り、少し開けたその空間で5人の少年少女が転がる羽目になった。
「はい、そこだと他の方の邪魔になりますよ。」
「当目に見えちゃいたが、体力つけなきゃだめだぞ、お前ら。」
「いや、自信はあったんだぞ。」
町にはいる手続きを行いながら、アーサーが少年たちに声をかける。
寝転がる少年たち、シグルドがどうにか荒い呼吸でそう返す。
「それが過信だと、今わかりましたね。」
トモエがにべもなく少年たちに告げる横で、オユキはふと気になって尋ねてみる。
「アーサーさんが十分と、そう思う体力はどの程度でしょう。」
「そりゃ最低限は、丸二日走れることだろうよ。」
それが当然と返された言葉には、オユキも苦笑いを浮かべるしかない。
それこそ前の世界でそんな真似をすれば、良くて途中で意識を失うだろう。
その言葉を聞いていた少年たちも、転がりながら震えあがっている。
「ま、門番やるならって、話だよ。それに疲労を堪えて何かしなきゃいけない、そんな状況を作らないように努力するほうが、いくらか建設的だろうがな。
それにしても、お前ら、外に出れば魔物に囲まれるのが当たり前だからな。
早めに対応できるようになっておけよ。」
「今回は、その差を体感してもらうのが目的でしたから。
対複数、その理合いはこれからです。」
「そうか、面倒見のいいことだな。」
そんな話をしている間に手続きも終わり、町中に入れるようになる。
となれば、次に向かう先は決まっている。
「さぁ、狩猟者ギルドで、納品ですよ。」
トモエがそう声をかけると、少年たちもそれが重要とはわかっているのだろう、のろのろと起き上がり、歩き出す。
唯一、少年たちの中で最も体力のあるアナは平時と変わらぬ足取りではあるが、他の面々は体力もそうだが、精神的な疲れもあるのだろう、何処かおぼつかない足取りで進むこととなる。
「もっと、上手くできると思ったんだけどね。」
道すがら、そんなことをシグルドが呟くと、それに他の者も同調する。
「ね。一対一なら簡単なのに、一匹増えただけで。」
「全くだ。」
「2匹と3匹でも全然違った。」
そうして、少年たちは話し合い、互いに互いの動きを見た感想を話し合う。
「ジークは大げさに避けすぎじゃないの。」
「いや、一回も攻撃受けるなって話だったからな。ギリギリで躱したら、万が一があるだろ。
アンのほうこそ、短剣なんだから、丸兎が動く前に、自分から動けば、もう少しうまくいったんじゃないか。」
「えー。近づかなきゃ届かないんだから、待ったほうが良いでしょ。セリーみたいに槍持ってれば、先に動くんじゃない。」
「私だって、突いて抜けなかったら、そのあと何もできなくなるもの。慎重になるよ。」
「そうだな。パウは、いっそ叩いて弾いてもよかったんじゃないか。」
「いや、空振った後が怖い。」
「切り返しの時間か。」
「ジークこそ、転がらずに、剣で叩いたりとか、逸らしたりっていうのは無理だったの。」
「今思えば、やれるタイミングはあったような気もするけど、それで次が突っ込んできたら、終わりだしなぁ。」
「うーん。やっぱりこうなると弓が良いなぁ。」
「外して次構えるまでに、時間かかるだろ。アリー。」
「でも、私達で動くなら、居てくれたほうが良いんじゃない。」
そんな活発な議論を行う少年たちを見ながら、オユキとトモエも言葉なく、目線で会話をする。
どちらにせよ、叩き込むのは剣一本で複数に対応するための技術で、全員弟子を名乗る以上は、最低限、それくらいはできるようになってもらうのだと。
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