第60話 トモエによる指導

そうして、20分程だろうか。

イマノル、トラノスケ、オユキの三人が、彼ら、今は一人だけで戦っているが、そんな彼らの周囲に魔物が向かわないようにと、少し広めに間合いを開けて周囲を警戒する中、ようやく少年が丸兎を打倒する。

何度も力任せに、幅広の剣を振り回したからだろう。喜ぶ力も無いようで、自分の武器にもたれるようにして、ようやく立っている、そのような様子だ。

周りは、彼がひとりで魔物を打倒した、その事実に、歓声を上げる。


「先ほども言いましたね。すぐに装備を確認しなさい。

 それでは、次の方。」


トモエが言えば、少しひるんだように全員が一歩下がる。

そこに、直ぐにトモエの叱咤が飛ぶ。


「そうやって、疲れた仲間を見捨てますか。

 ならば、あなた方はおとなしく町に戻りなさい。

 戦うものの足を引っ張るだけ、仲間を殺す、ただそれだけの存在です。」


そう言えば、どうにか全員が次は私がと言い始め、その中から一人の少女をトモエが選び、また、移動を始める。

疲れてのろのろと、足を引きずるように歩く少年に代わり、先頭に立つ少女は、腰の引けた状態で武器を構えながらも、トモエについて、先へと歩いていく。


「それにしても、堂に入りすぎじゃないか。

 前の世界で、生き物、まぁ魔物だが、魔物相手なんてすることはなかっただろうに。」

「そうでもありませんよ。言葉は変わっていますが、伝えているのは心構えですから。」

「ほう。その心は。」

「戦いの場、そこで気を抜く、怖気づく。その危険性を説いているだけです。試合でも同じですから。

怯えれば、相手が勢いに乗ります。試合の結果を大きく左右する、自分の装備、それの手入れを怠るようでは、初めから負けても構わない、そう考えている。

あとは、まぁ、多人数を相手にする稽古が、うちにはありましたから。その時には常に周囲に気を張る、それを忘れれば、思いもよらないところから刃が届く。

そういう事です。」


オユキが、先を行く集団に合わせて、普段よりもゆっくりとした、それこそ他の面々にとっては遅いと、そう感じるものだろう、そんな速度で歩きながら、トラノスケと話していると、イマノルは実に楽しそうに、トモエと5人組を見ている。


「私たちのほうでも、実践訓練を導入しましょうかねぇ。

 まさに効果覿面、そういった様子ですから。」

「どうでしょうか。怯えてしまって、心が折れる可能性もありますが。」

「そうなるなら、その方がいいでしょう。

 やはり、無駄に死ぬ方が多すぎますから。」


そう言うイマノルは、僅かに表情を曇らせる。


「装備の確認をしなさい。剣はあなたの杖ではありませんよ。」


少し離れたところからは、トモエのそんな声が聞こえる。


「ままなりませんね。」

「そうですね。」


そんなことを、オユキとイマノルでつぶやいていると、次の魔物に遭遇したらしい。

引け越しの少女が、悲鳴とも、雄たけびともつかない声を上げながら、手に持った武器を振るっている。

先ほどの少年が、両手で持つ幅広の剣であったのに対して、少女は槍をこん棒か何かのように振り回す。


「それにしても、狩猟者になるっていうのなら、最低限の武器の扱いくらいは覚えてから、そうはならないもんかね。」


そんな、あまりにお粗末な様子に、トラノスケがぼやく。


「難しいでしょうね。狩猟者ギルドでは、それこそ、王都のように人員が豊富なところでもなければ、訓練を新人に施すこともままならないでしょうから。

 既存の人員の管理、持ち込まれたものの、鑑定、処理、それにそれらの管理。

 ギルド所在地周辺の魔物の同行の確認、彼らが行うべき業務は多いですからね。」

「細分化は考えなかったのか。」

「二百年ほど前に、失敗して、結局今の形に落ち着いたようですよ。」

「まぁ、魔物からの取得物を商人ギルドへ任せるとして、販売はともかく、購入を商人の方が、個人を相手、それも分量が安定しない、それを商品の仕入れとして扱うのは無理があるでしょうからね。」


オユキが、そんなことを呟けば、トラノスケも成程なぁ、そうこぼしながら、視線を少女のほうに戻す。

どうやら、怯えも抜けてきたようで、槍を正しく、それでも拙さ、硬さは見えるが、丸兎と相対し始めている。


「先ほどの少年より、早く終わりそうですね。」

「ええ。やはり最低限、その閾値が低い武器がいいですね。」

「私もそうは思いますが、まぁ、個人の好み、それもありますから。」

「ふむ。ちなみに二人が、魔物相手、初心者に武器を進めるなら何になる。」


トラノスケの質問に、二人そろって、槍と答える。

使う金属は少なく、ここでも容易に手に入るだろう、木材も問題なく確保できるだろうから、他に比べて、安く手に入るだろう。拙い技量で獲物を痛めても、交換が容易、それは大きな魅力であるし、間合いを開けて、相手の動きが見れる、それだけでも、安心感が違うだろう。


「成程。そうなるか。」


視線の先では、先ほど戦い、疲れ果てた少年がどうにか息を整えながら、自身の装備の確認と手入れを行っている。

ただ、残りの三人は、周囲の警戒それがおろそかになっているようにも見える。


「これが騎士団の訓練なら、石の一つでも投げるんですがね。」


そんな様子に、イマノルがそう呟く。


「まぁ、ああいった分担は今日が初めてでしょうからね。

 次は自分かもしれない、そう考えてどう戦うのかを見覚えよう、そうしているのだと、考えましょう。」

「そうですね、トモエさんも気が付いていて注意をしていないようですし。

 指導者に預けましょう。」


そうして、先ほどまでと同じように、近寄ってくる魔物、丸兎ばかりだが、それを払いながら、様子を見ていると、10分ほどで、けりが付いた。

さてリーダー格の少年はどうだろう、そう思ってみれば、遠目で、良く知らない相手、内心はわからないが彼よりも早く魔物に打ち勝ったことを喜び、歓声を上げ、褒めている。


「おや、意外と良い気性の子ですね。」

「そうですね。身内を大事にしすぎるあまり、外に対して攻撃的になっているのでしょうか。」

「そうかもしれませんね。後はそれがいい方向に制御できれば、指揮官向きですね。

 それにしても、こういう話をしながら、若い子たちの様子を見ると、自分が年を取ったと、そう実感してしまいますね。」


イマノルは、そういいながら苦笑いをする。

トラノスケはその様子に肩をすくめながら、ここまでの道中にたいして思ったところを話し出す。


「それにしても、多すぎるな。」

「そうですね、あまり間を置かずに氾濫がおきるかもしれません。

 魔石は、どの魔物も必ず落としますから、狩猟者ギルドで、数えていただきましょう。

 確か、魔物の数がどの程度まで増えれば、そういった指標があったような気がしますので。」

「そうですね。流石に、私も10を超えたあたりで数えるのを止めましたし。」


彼ら三人は、それぞれ既に20近い丸兎を討伐している。

森からは普段は草原の中ほどにまで出てこないはずの、歩きキノコ、それが彼らからは遠くになるが、歩いているのが見える。

それを確認した後には、イマノルによって、遠間から切り捨てられてはいるが。


「まぁ、稼げていいさ。お、次を探すみたいだな。」


言われて視線を向ければ、トモエたちが動き出そうとしている。

だが、そこに、イマノルが声をかけ、止める。

オユキの見える範囲には、丸兎が遠くに白い塊として見えるだけ、そんな状況でもあるに関わらず、腰の剣に既に手をかけながら。


「皆さん、こちらに一度集まり、町の壁側によってください。」

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