第59話 それもまた、懐かしい一幕
囲んで叩き、ようやくどうにかなった、その結果にリーダー格の少年が、さっそくトモエに噛みつきだす。
「ほら、俺たちだけでも問題ないだろ。」
その言葉に、トモエはただ額に手を当てて、ため息をつく。
自分より年かさの相手に、侮られる、その状況が癇に障ったのだろう、彼は、さらにまくしたてる。
「なんだよ、俺たちだけじゃどうにもならないみたいなことを言っておいて、いざ俺たちが結果を出したら、何も言えないのかよ。」
直ぐに反論しないトモエを、さて、この少年はどう解釈したのだろうか。
「言葉もない、それは事実ですね。」
そういってトモエは腰に下げた剣を抜くと、横合いから飛び出した丸兎を切り捨てる。
「ここはまだ敵地です。私に意識を完全向ける等、言語道断。
周囲の警戒を怠り、敵を見逃してどうするつもりですか。」
彼らが数分かけて、それも反撃を受けながら、どうにかした相手を話の流れで、切り捨てる。
そんな様子を見てか、トモエの静かな怒りに触れてか、威勢のいい少年が、一歩下がる。
「それと、得物を討伐したのなら、その物品をまず回収して、装備の確認をしなさい。」
そう言いながらも、トモエは腰から取り出した布で、血と油を拭う。
その際に、曲がりや毀れがないかも確認する。
「あなた達は、さらに体当たりも受けたのです。防具に不具合は起きていませんか。
乱雑に振るった武器で地面をたたきましたが、次も同じように使えますか。
はい、直ぐに確認しなさい。」
直ぐに鞘に戻さず、地面に剣を突き立てるトモエの迫力に押されてか、のろのろと、言われたことを行おうとする、少年たちを、トモエがすぐに一喝する。
「なにをグズグズしているのですか。ここは敵地、周囲にはまだ敵がいるのですよ。急ぎなさい。」
その声に、覿面にわたわたと動き出す、そんな様子を見て、イマノルが実に楽しそうに笑う。
「いやー、懐かしいですね。
私達も、よくああして上司に叱り飛ばされたものです。」
「それは、騎士団でのことですか?
どうにも、私が良く知らないせいか、騎士と聞けばお行儀のいい印象があるのですが。」
「人前に出す前に、ああして仕込まれているだけですよ。
その前は、やはり浮かれたお子様でしかありませんから。」
そう言いながらも、イマノルは装備の確認のため、鎧を外し始めた少年たちと、森と、その間に立ち位置を変える。
何の気なしに、歩き出した彼につられた、オユキとトラノスケも、今ではその位置に立つことになった。
それを雑談のついで、特に意識を割かずにこなせる彼の経験が伺える。
「ほう、イマノルさんは騎士をやってたのか。
なるほど、装備が堂に入っているわけだ。」
「まぁ、防衛となれば、やはりこの装備がしっくりきますからね。」
雑談のついでに、オユキは、よってきた丸兎を槍で貫き、トラノスケも、無造作に剣で切り捨てる。
そして、落ちた物品をそれぞれ拾い上げながら、話を続ける。
「イマノルさんから見て、俺はどんなもんだろうか。」
「そうですね、王都で志願すれば、直ぐに見習いとして騎士団に入れるかと思いますよ。
技の面でというのであれば、私よりもオユキさんやトモエさんに聞くほうがいいかと。
騎士団で学ぶ剣というのは、どうしても集団で戦うためのものですから。」
「そういうものか。」
「そういうものなんですよ。そもそも騎士団ですから。集団で動くのが大前提です。」
トラノスケは、それになるほどと、そう頷きながらオユキを見るが、途中でオユキが人に教えられないとそういった事を思い出したのだろう、オユキに尋ねることなく、少年たちの様子を見る。
そこでは、ようやく確認を終えた彼らが、次へと移動しようと、そんなそぶりを見せるころだった。
「終わったぞ、これでいいんだろ。」
「次からは、言われなくても行うように。
それと、今からは一人づつ、順に丸兎の相手をしなさい。」
「はぁ。なんでだよ。全員でやるほうが早いに決まってるだろうが。」
「あなたがた程度の速度を、早いとは言いません。それに先ほどまで、自分の装備ばかりに気を取られていましたが、その間に、私達が何匹の丸兎を討伐したのか、それに気が付いていますか?」
トモエの言葉に、少年たちが慌てたようにあたりを見回す。
警戒をしろ、そう言われていたのに、まったく行っていなかったことを思い出したのだろう。
「分かったようですね、だから一人づつです。
そして一人が作業を行う間に、もう一人が戦い、残りの三人で周りを警戒なさい。」
そういって、行きますよと声をかけて歩き出すトモエに、少年たち、それに送れてオユキ達もついていく。
「ちなみに、騎士団の最小編成は何名でしょう。」
「安全な場所、ああ、騎士一人で問題なく対応できる場所、という意味ですが、そこでも三人一組ですね。」
「成程。」
「今は分かりませんが、私が団を離れる前は、第4騎士団、私の所属していた団で、300の騎士が所属していました。第4は主に王都周辺の魔物の討伐が職務でした。」
「王都の魔物はこちらよりも?」
「そうですね、グレイハウンド程度が、最も下位ですね。」
「それはまた、普通の住人には、酷な環境だな。」
「それを守るために、私達がいましたから、不便など感じさせませんとも。」
「心強い事ですね。」
そう、雑談をしつつ歩く最中にも、森のほうから近寄ってきた丸兎をそれぞれに、切り捨てていく。
そんな中、前方を歩く集団の足が止まる。
どうやら、次の標的を見つけたのだろう。
まずは一人、威勢のいい少年が、まず集団から数歩離れて、武器を構える。
「オユキさんと、トラノスケさんは、あの少年一人で、丸兎の相手ができると思いますか?」
「まぁ、丸兎程度、問題ないだろう。」
「さて、私は難しいと思いますよ。」
オユキの言葉に、トラノスケが驚いたようにオユキのほうを振り向く。
ただイマノルはそれに驚いた風でもない。
「これまでも、あの5人だったのでしょう。
改めて一人と、そうなれば、動きが硬くなるでしょうし、他のご友人がフォローしていた部分が無くなります。」
ほら、あのように。
そういうオユキ達の視線の先では、丸兎にいいように翻弄され、がむしゃらに武器を振るう少年の姿があった。
それを見ながら、オユキとしても、ため息をこぼしてしまう。
「正面に構えて、正対する。それだけで十分対応できると、ギルドの情報にもあるでしょうに。」
「まぁ、そうだな。」
二人で、その様子を眺めていると、オユキは視界の端に少し気になるものが映った気がした。
三人の中で、最も森に近い側にいるからだろうか、それとも、身長差のある相手と話すために、視線を上に向けているからだろうか。
「おや、あれは。このあたりでしたら、プラドハルコンでしょうか。」
側にいた二人も、直ぐにオユキの視線を追って、それを確かめる。
「そうだろうが、あいつらの生息域はもっと先じゃなかったか。」
「ええ、そうです。これでほとんど氾濫は決まりですかね。
お二方は、上空への攻撃手段は?」
イマノルに問われて、二人とも首を横に振る。
「近づいたところを切り落とす予定です。」
「俺もだな。」
「そうですね、それも一つの対策です。」
そう言ったイマノルが、無造作に剣を振るうと、まだ小さく、黒い影と、そうとしか見えなかった相手が消える。
「一応、護衛役ですから、私も少しは体を動かさないといけませんからね。」
「いや、お見事です。」
そして、彼らの耳には、一人丸兎に向かう少年があげる気勢と、それを応援する声。そんな彼らを叱咤するトモエの声が聞こえた。
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