第25話 優しい門番
しぶしぶと、外に出ることを許可した身としては、抱えられて戻るオユキの姿は、やはり止めておけばよかったと、そう考えるのも、やむを得ない。
そんな姿であろう。
オユキ自身、噛み後のついたブーツ、ちぎられた、衣服の一部、泥にまみれた姿。
それを考えれば、止めるのが正解、そう責任を感じても仕方ないのかもしれない。
たどり着けば、門番アーサーはすぐに3人に声をかける。
「おいおい、大丈夫かお嬢ちゃん。トラノスケ、あんたがついていながら、このあたりでお守りもできなかったのか。それとも何か、危険種でも湧いたか。」
アーサーは、オユキの様子を見て、他の二人が、特にトラノスケが対処しきれない事態が発生したのかと、あわてたように、そう尋ねる。
「いや、最後にグレイハウンド6匹に襲われてな、その時オユキが4匹を相手取ることになった。」
トラノスケがそう告げると、アーサーは信じられない、そうとでも言わんばかりの顔で、トラノスケに詰め寄り、詰問する。
「おいおい、トラノスケの旦那。あんた何考えてんだ。こんな小娘に壁役任せるだなんて。
あれか、生餌にでもするつもりか、冗談はやめてくれよ。」
アーサーの言葉が、棘をはらんでいる。
オユキは、それを心配から来るものだと判断する。確かに、今のオユキのような見た目をした人物を、狼6匹の内4匹の前に立たせ、他の、それこそ立派な体躯をした成人が、1匹づつ相手取る。
そんな状況を聞けば、オユキとてむごいことをする、そういった思いを抱くことであろう。
だが、それと今、トラノスケが責められている、その状況はオユキにとっては違うものであった。
「アーサーさん。心配していただきありがとうございます。二人には、十分よくしていただいていますし。まぁ、私の見た目で、グレイハウンドに与しやすい、そう侮られたからの結果でしょう。」
オユキのその応えは、どうやらアーサーには納得のいかないものだったらしい。
眉根を寄せて、彼はトモエに横抱きにされたオユキに心配げに、語りかける。
「だがな、嬢ちゃん。それを踏まえて、対策するのが護衛の役割だ。
おいしそうな獲物がいて、それを守る手立てを考えない、そんな護衛がいちゃ、話にならないだろう。
今回は、護衛の契約を結んでいなかったかもしれない、だが見た目に一番弱そうなのはだれか、そんなの分かり切ってただろうよ。」
その言葉に、トラノスケは頭を掻き、苦笑いで答え、トモエは痛みを堪える様な、そんな表情を浮かべる。
オユキにしても、アーサーの言葉は耳に痛いものであった。
「少なくとも、お嬢ちゃんに関しては怪我が治るまでは、外出禁止だな。
その様子だと、足だろう、痛めたのは。」
「はい。ご心配頂きありがとうございます。ただ、二人をあまり責めないで上げてください。
私も、少し過信していたところがありますので。」
「まぁ、そうでなきゃ、その形で町の外に仮登録証で出ようなんて考えやしないだろう。
これに懲りたら、一度考え直すといい。それか、出るとしても、森には近づかないことだ。
森から離れた所なら、あの面倒な狼共も2,3匹しか出てこないからな。」
その忠告と助言に、オユキは、ありがとうございますと、そう答えるしかない。
確かに、軽く考えすぎていたか、そうオユキは反省していた。
こうして見た目を変えたところで、結局のところ、何処かゲームの感覚が抜けていなかったのだ。
いや、それはむしろ体を大幅に変えた、その弊害であろうか。
緊急時には、これまで、前の人生における経験が、オユキの体を考えはそこに在り、確かな経験に基づいた理合いも存在するが、結局のところ、以前の体に引きずられ、今の体も動く。
そして、そこには明確な差がある。筋力もそうだが、体重、自身の重量、そこからもたらされる、結果の違いが。
「ご忠告、ありがとうございます。私も、今回の件で長物が必要だと、そう痛感しました。」
オユキは、自身の思考、まとまりなそれをひとまず置いて置き、アーサーにそう答える。
「ああ、それが正解だろうな。体から重さの中心が離れる分、取り回しの難しさ、精度に欠ける、そういった問題はあるが、嬢ちゃんには、それを超える恩恵があるだろう。」
そういって、アーサーは少し待て、そう声をかけて、門の側に備え付けられた、待機所、そう呼ぶべき場所へと、入っていく。
一体どうしたことか、そう、オユキとトモエが見ていると、アーサーは一本の古びた槍を、彼の構える槍とは別に持って出てきた。
「ほら、これをやろう。訓練用、その中でも使いすぎたもので、処分するしかないものだ。」
そういって、アーサーはそれをトモエに差し出す。
そこで、オユキに渡そうとしない、その仕草にもかれの配慮が見て取れる。
「いえ、こういった施しを頂くわけには。」
トラノスケとの会話、特に物価に関するものを話したこともあり、トモエはそれを受け取るのをためらう。
恐らく、こういった使い込まれたものでも、相応に高価なのだ、この世界では。
「いいから。どうせ、こちらとしては処分するか、修理するしかない代物だ。
そんなもので、有望な狩猟者が守れるなら、こいつも本望だろうさ。」
「その、相応に高価でしょう。今日来たばかりで、持ち合わせはありませんが、対価はお支払いさせて。」
そんなトモエの言葉を遮り、アーサーは告げる。
「気にするな。対価というなら、町の外、そこにいる魔物を狩ってくれればそれで十分だ。」
そう、トモエに告げて、槍をトモエに差し出す。
オユキは、ゲームなら何かフラグを踏んだか、そんなことを考えたろう、脳裏でそういった思いを浮かべながら、アーサーに礼を言い、トモエに受け取るよう勧める。
この、かつて憧れた世界。
なんと素晴らしい人がいるのだろうか。なんと優しい人がいるのだろうか。
その思いを、あらためてかみしめながら。
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