七④

 その瞬間、ラファエルは耳まで真っ赤にさせると、


「里帆のそういうところ、ズルイと思うな……」


 視線は前を向けたままだが、ラファエルは小さな声で呟く。その呟きは小さすぎて里帆には届かない。里帆が、何を呟いたのか聞こうとした時、


「ガブリエルはね、許されたよ」

「そうなの?」

「うん。僕たちの神は許す存在。ガブリエルが今後も同じ過ちを繰り返さないのなら、神はガブリエルを許すよ」


 そう、自分が許されたように。神はその過ちを許してくれるのだと言う。


「そう、良かった……」


 里帆はほっと胸をなで下ろす。ラファエルのことで頭がいっぱいだったが、そのラファエルが傍にいることで安心し、その後ふと思いついたのがガブリエルの罪の裁きがどうなったのかということだったのだ。


 そんな話をしながらも、ラファエルは飛ぶ。上へ上へと。まるで宇宙のその先を、里帆に見せたがっているかのように。

 ラファエルは飛ぶ。

 そうして、


「里帆、上を見て」

「うわぁ……!」


 すっかりと日が暮れた周囲の中、ラファエルが指をさす天上にはこれでもかという程の満天の星が広がっている。天上を切り裂くようにある星の群れが天の川だろうか。


「凄く、綺麗……! 星がこんなにも近くに!」


 里帆は思わず空へと手を伸ばしてしまう。そんな里帆をラファエルは嬉しそうに見つめていた。


「さぁ、里帆。里帆の最後の願いは何?」

「今は思い浮かばないわ。ラファエルが無事で、今こうして私の傍に一緒にいてくれるだけで胸がいっぱいなの」


 里帆はそう言うと、にっこりと柔らかく微笑んだ。その笑顔にラファエルは一瞬だけ目を丸くする。そんなラファエルに今度は里帆が問う。


「ラファエルの願いは、何?」


 それは何気ない問いかけだった。しかしラファエルはその里帆の問いかけに怖いくらい真剣な表情になる。そして空いている手で里帆の後ろ頭をその手に髪を絡ませながら支える。

 そのラファエルの仕草に、里帆の心臓は痛いくらいに鼓動する。


「僕の願いは、愛しい人の幸せだよ、里帆。愛しい人の、君の幸せを、僕は切に、願う」


 真っ直ぐな視線に射貫かれて、里帆の身体は金縛りにあったように硬直する。


「僕のこの想いが、里帆の負担になるようなら、悲しいけれど僕はこの想いを封じるくらい、君が愛しいよ」


 天使は願う。

 それが天使としては禁忌なのだと理解した上で、それでも願わずにはいられなかった。


 その願いを受けた里帆の中から、ラファエルへの愛しさが込み上げてくる。そこにはもう、巫女だとか、宗派の違いだとかは考えられなかった。ただただ自分も、ラファエルが愛しい。

 里帆はゆっくりと自分の顔をラファエルの顔へと近づける。そしてその柔らかな天使の唇にキスを落とした。


 ラファエルは驚いて目を丸くする。

 そんなに長くはない口づけの後、里帆が言う。


「私の幸せは、ラファエルの傍にあるの。私が愛しいと感じる、ラファエルの傍に」


 だから、離れないで欲しい。傍にいて欲しい。


「里帆……。なんだか僕たちは、ずいぶんと遠回りをしたみたいだね」

「そうね」


 二人はふふっと笑い合う。


「愛しているよ、里帆。もう離さないから、覚悟していてね」

「ラファエルの方こそ、覚悟していてね」


 至近距離で囁き合う二人は、再びどちらからともなくキスを交わす。

 そんな二人の様子を、満天の星は静かに見守っていた。二人の幸せを祝福するように、キラキラと輝きながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それは天使の祝福か 彩女莉瑠 @kazuno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ