六⑦
里帆は今、何が起きているのか、現状を把握できずにいた。
空中にはメタトロン。目の前に立つガブリエルの背後には、レイピアを突き立てたサンダルフォンがいるのだ。
この状況を把握できずにいるのは何も里帆だけではなかった。ウリエルもまた、現状についていけずに目を白黒とさせている。
「サンダルフォンのみならず、メタトロンまで、この審判の場にいるとは。何が起きているのだ?」
ウリエルの言葉に空中にいるメタトロンが身体ごとウリエルに向き直って見る。それによりメタトロンの翼にある無数の真っ赤な目がウリエルを舐めるように見る。そうしてメタトロンは言う。
「嘘にまみれた魂の審判。人間の魂を無理矢理刈り取ろうとした審判に、神はお怒りだよ」
「四天使ともあろう天使の一人が、嘘までついてこの娘の死を望んだ理由はなんだ? 答えよ、ガブリエル」
歌うようなメタトロンの声の後に響いたのは、サンダルフォンのガブリエルへ対する厳しい声だった。その声を聞いたガブリエルは降参の意味も込めて両手を挙げると、すっと里帆から離れる。サンダルフォンは里帆をかばうようにガブリエルの正面へとレイピアを突き立てながら移動した。
「さぁ、答えて貰おう、ガブリエル。この娘を死に追い込んだ理由はなんだ?」
ガブリエルにレイピアを突きつけているサンダルフォンに隙は全く感じられない。対するガブリエルは、お手上げと言いたげな表情を浮かべている。それからゆっくりと、ガブリエルは口を開いた。
「サンダルフォン、もしラファエルが永久に幽閉になった場合、困るのは誰だと思いますか?」
「……?」
ラファエルの羽には、他の天使にはない力が宿っている。それが癒やしの力だ。ラファエルは自身の羽を代償に、他の天使たちの傷を癒やす、癒やしの天使でもあるのだ。
「そのラファエルが永久に幽閉されては、我々は悪魔軍と、心おきなく戦うことが出来なくなるでしょう?」
だからガブリエルは考えたのだ。なんとかして、ラファエルを永久幽閉しなくて済む方法を。そして見付けたのが、里帆の命を代償としたものだったのだ。
「なのに我々の神は、その娘を生かせと仰る。何故? 我々、天使よりも大事な人間の命とはなんなのだ?」
いくら考えてもガブリエルには神が何を考えているのか、さっぱり分からない。そしていくら尋ねても、神は何も答えてくれなかったのだ。
「答えを戴けぬのなら、我々は我々の手で、天使という種を残すすべを考えていくしかないじゃありませんか」
「ガブリエルは、間違えたね」
空の上でじっとガブリエルの話を聞いていたメタトロンの声が降ってくる。その声はガブリエルの言葉をバッサリと切り捨てるものだった。
「そもそも僕たちの神は、ラファエルを永久に幽閉したりはしないよ。神は、ラファエルを許すよ。神とは元々、許す存在なのだから」
メタトロンの言葉にガブリエルははっとする。そしてそれは、里帆も同じなのだった。
『僕たちの神は、里帆が思っているような狭量ではないよ』
『神は、人間を許す存在だから』
初めてラファエルと会った頃、両親の死に悩んでいた時にかけられたラファエルの言葉たちがよみがえる。あの時教えて貰った、ラファエルたちの神と言う存在。里帆はあの時、ラファエルの言葉に確かに救われたのだ。
しかし言葉の意味を深く考えてはいなかった。
(神は、許す存在……。ここに来て、こんなにもこの言葉が私の中に響いてくるなんて……)
神と言う存在を大きいと感じたのは、里帆はこれが初めてだった。
「思い出した? ガブリエル」
メタトロンの言葉が降り注ぐ。ガブリエルの顔は、憑きものが落ちたようにスッキリとしている。
「私の考えが、間違っていたのですね……」
少しでも神を疑ったことを、神に不信感を抱いてしまったことを、ガブリエルは恥ずかしく思っている様子だ。そんなガブリエルの様子を見たサンダルフォンが、ようやく自身のレイピアをゆっくりとその首元から下げた。
「ガブリエル、分かっているとは思うが、お前はラファエルと共に自身の罪を償うために幽閉させて貰う」
「はい」
サンダルフォンの言葉にガブリエルが驚いた様子はない。しかしそのやり取りに驚いたのは里帆の方だった。里帆は思わず、目の前にあるサンダルフォンのトレンチコートの裾を引っ張っていた。
「ん? どうかしたか?」
「あの、ラファエルとガブリエルさんが幽閉って……」
「あぁ、案ずるな。永久ではない。罪を償えたその時は、二人とも解放する。ただし、それがいつになるのかの明言は出来ない」
サンダルフォンからの言葉に里帆はひとまずほっと息をついた。いちばん危惧していたラファエルの永久幽閉と言う事態だけは避けられたようだ。
「ではガブリエル。早速だが、幽閉所へ行くとしよう」
サンダルフォンに促されたガブリエルは小さく頷くと、その翼をバサリと広げた。それから二人の天使は連れだって飛んでいく。おそらく行き先は、サンダルフォンの幽閉所なのだろう。
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