五②
この休みの日を迎えるまで里帆は毎日スマホと睨めっこをし、次の再就職先となりそうな企業を探していたのだ。ラファエルはその様子をじっと見守ってきていた。
洗濯物を干し終えた里帆は部屋の中に戻ると、部屋着から外着へと着替え始める。それから薄く化粧をし、髪をといていく。
着々と外出の準備をしながら、里帆はチラリと壁に掛かっている時計に目をやる。時刻は朝の八時を回ったところだった。前回はこれくらいの時間に家を出たことを思い出す。
(あのときは、ラッシュは過ぎたとは言えまだまだ電車の中が混んでいたのよね)
そう考えた里帆は後はコートを羽織って家を出るところで、一度手を止めた。
「あれ? 里帆、今回はまだ家を出ないの?」
「二本ぐらい後の電車にするから」
「どうして?」
「この前はまだ、混んでいたから」
里帆はそう言うとコーヒーを煎れるために立ち上がる。キッチンでやかんに水を入れると火をかけた。それからマグカップを二つ用意し、コーヒーの粉とココアの粉を入れる。そうしているうちに、やかんが沸騰したことを告げた。里帆はマグカップの中程までお湯を入れると、スプーンで中をかき混ぜる。そしてそれらを持って、部屋へと戻った。
「まだ時間もあることだし、少しのんびりしましょう」
ラファエルは手渡されたマグカップを両手で持つと、フーフーと息を吹きかけて冷ましていく。そんなラファエルの様子を微笑ましく思いながら里帆は窓の外へと視線を向けた。
今朝は朝からよく晴れており、風も強くはない。テレビの天気予報では今日は二月下旬頃の暖かさだという。
二人の間に会話はなかったが、穏やかな時間を共有していく。そうして飲み物を飲み終えた二人は一息つくと、どちらからともなく時計の針を眺めた。
「ちょうど、良さそうな時間ね」
里帆はそう言ってラファエルが飲み干したココアのマグカップを受け取ると、キッチンのシンクで軽く洗い流す。それから家を出るためにコートを羽織りながら、
「一応言っておくけど、ラファエルは家にいても大丈夫よ?」
里帆の言葉を聞いたラファエルが不満そうにぷぅっとその両頬を膨らませた。それから、
「一緒に行くに決まってるでしょ?」
その返答を聞いた里帆が、やっぱり、と言う顔をする。その顔を見たラファエルは、
「里帆は僕が守るからね!」
そう言って胸を張った。里帆はそんなラファエルの様子に嬉しさと呆れがない交ぜになった複雑な気持ちになりながら、
「分かった、一緒に行こうか」
そう言ってラファエルと共に二人で、公共職業安定所へ向けて出発するのだった。
前回よりも大分空いている電車に揺られながら里帆たちは、公共職業安定所の最寄り駅に到着した。駅前は相変わらず賑やかで、ラッシュの時間は過ぎたにもかかわらず平日の遅い朝でも車と人通りが激しい。駅前の大型商業施設には人が集まっている。
そんな人々を尻目に里帆たちは歩いて公共職業安定所を目指す。ポカポカの小春日和の中、歩いているのはとても気持ちが良い。なんだかこれから良いことが起こりそうな、全てがうまくいきそうな、そんな気分にしてくれる。
十時前に里帆たちは公共職業安定所へと辿り着く。中は相変わらず人が多く、求人を見るためのコンピュータも埋まってしまっている。
里帆はしばらく待ってから、スマホで見かけた求人を探し出し、相談の窓口へと並んだ。
「ここはいつも、こんなに仕事を探す人でいっぱいなんだね」
ラファエルの言葉に里帆は小さく頷く。
公共職業安定所内は確かに多くの人がいた。しかしその人の多さの割には静かな空間で、無駄話をしている者など誰一人としていないのだった。それが妙な感覚にさせる。
そんな中で待っていると、里帆の番がやって来る。里帆は求人内容を見せ、しばらく話をしてから、
「じゃあ、面接日を決めましょうか」
「はい、お願いします」
それからまたしばらく話し込み、里帆は一週間後に面接をすることが決まった。職種は里帆の希望通り事務である。
この空間に若干の息苦しさを感じていた里帆は、面接日が決まったこともあり、さっさと公共職業安定所を後にする。外への扉を開けると太陽の明るさに目が一瞬だけくらむ。
(今日は本当に、いい天気……)
里帆は天を仰ぐ。空には雲もなく、青さだけが広がっていた。
里帆はこのまま帰宅するのももったいない気がした。
「ねぇ、ラファエル」
「何? 里帆」
「寄り道、してもいいかな?」
珍しい里帆からの言葉にラファエルが一瞬だけ目を丸くする。しかしすぐに破顔すると、
「もちろん!」
その明るい声を聞いた里帆も笑顔になるのだった。
「駅前のカフェに行きたいの。ラファエルは、どうする?」
「僕はこの辺りを散策しておくよ」
それはラファエルなりの気遣いだった。
いつも自分と一緒にいることで里帆に負担をかけていないか、ラファエルはそれを心配していた。だからこれは、里帆には里帆の、一人の時間も必要と感じたラファエルなりの言葉だったのだ。
その気遣いに気付いた里帆は柔らかく微笑むと、
「ありがとう」
そう言って駅前に向かって歩き出した。
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