五①
ラファエルと空中散歩を行った後、里帆は買い物をすることで心を落ち着かせ、帰宅する頃にはいつもの調子に戻ることが出来た。
家に帰った里帆は雑煮を作り、少し遅めの正月気分をラファエルと味わう。ラファエルは初めての餅を前に、どこで噛みちぎって良いのか分からずに危うく喉に餅を詰まらせるところだった。
そうして過ごした遅い正月休みの連休も六日で終わりを迎え、七日の朝となった。連休中に身体の調子を夜型から朝型に戻した里帆は朝から家事を行い、出勤の準備を行っていく。
化粧を薄く施して着替えを済ませる。それから思い出したように、あ、と声を上げた。
「ラファエル。私、今日から帰りが遅くなると思うの」
「どうして?」
「以前後輩に頼まれていた舞の練習をしてから帰るつもりだから」
里帆の言葉を聞いたラファエルは、あぁ、と納得した様子だ。里帆はアウターのコートを羽織りながらそんなラファエルへと続ける。
「だからね、外は寒いし、窓の鍵を開けておくから先に帰っていて」
「やだ、ダメ」
ラファエルは里帆の言葉に即答する。その言葉を聞いた里帆は、
「言うと思った」
そう、ため息交じりで呟く。そんな里帆の呟きを聞いたラファエルが不満そうに声を上げる。
「だってだよ、里帆! 三階とはいえ鍵を開けておくのは反対だよ! 危険! 絶対、反対!」
勢い込んで言うラファエルが更に続ける。
「それに僕は、里帆のことが大好きだからね。待っていたいんだ」
里帆はこのラファエルの言葉を聞いて身支度をしていた手がピタリと止まった。それから錆び付いた鉄の扉の音が響きそうなぎごちない動きで、ラファエルの方を振り向く。ラファエルを見ると、ラファエルは真剣な表情で座りながらこちらを見ていた。そのラファエルと目が合った瞬間に、里帆の顔がぼっと音を立てる。里帆はぱっと俯くと、
「ありがとう……」
そう言うのが精一杯だった。
この言葉を聞いたラファエルは満足そうににっこりと笑う。
「そろそろ時間でしょ? 里帆。遅刻しないためにもう出よう!」
里帆はそう言うラファエルに背中を押されながら部屋を出た。
少し早足で歩いたため、業務時間には間に合うことが出来た。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい、里帆」
神社の境内で里帆は見送ってくれる笑顔のラファエルに三日ぶりとなる言葉をかける。ラファエルもそれを受けて言葉を返すと、三日ぶりに里帆の姿が見えなくなるまで見送るのだった。
さて、更衣室に入った里帆が巫女の衣装へと着替える。黒髪を一本にまとめて束ね、里帆は気合いを入れた。
それから後輩の巫女の姿を探す。社務所の中でその姿を認めた里帆がおはよう、と声をかける。
「あっ! 三浦さん! おはようございます!」
「この前話してくれた舞の練習なのだけど、今日から始めてもいいかな?」
「いいんですかっ? ありがとうございます! さっそくみんなに声、かけておきます!」
(みんな……?)
里帆は後輩の言葉に少しの疑問を抱きながらも笑顔を返した。
それから通常業務を行う。ラファエルは里帆の視界の中に入るよう、境内のベンチの上で笑顔で里帆を見守っている。
一日の業務の後、里帆は一、二時間舞を教えた。集まった後輩巫女の中には今日休みだったはずの子までいて、里帆は若干驚いた。
「ありがとうございました! また明日、よろしくお願いします!」
練習を終えた後輩たちのすがすがしい言葉と笑顔に、里帆も笑顔になる。
「お疲れ様。また明日ね」
里帆はそう言うと、更衣室に向かって私服へと着替えるのだった。
「おかえり、里帆! 今日もお疲れ様!」
更衣室を出て境内の方へ行くと、ラファエルが子犬のような笑顔で駆け寄ってくれる。里帆はそんなラファエルに笑顔を返すと、そのまま神社の外に向かって歩き始めた。当然その後ろをラファエルが追いかけてくる。
里帆は帰路の途中にあるスーパーで、今夜と明日の朝の分の食材を買い込むと、寮へと戻る。
帰宅してすぐに里帆は今朝干していた洗濯物を取り込み、たたむ。洗濯物は寒風にさらされ続けていたため冷たい。洗濯物を片付けてすぐに、里帆は夕飯の準備に取りかかる。
忙しく動き回る里帆をラファエルは黙って、邪魔にならないように部屋の隅でおとなしくしている。毎日仕事と家事を行う里帆は、凄いと感心するのだった。
夕飯が終わり、シャワーを浴びて後、ようやくゆっくりする時間が出来る。里帆はスマホを取り出すと、スマホのブラウザを開いた。その真剣な様子にラファエル思わず、
「里帆? 何をしているの?」
「再就職先探し」
ラファエルの問いかけに里帆はスマホから目を離すことなく言う。里帆は以前登録していた公共職業安定所のサイトを開いて、再就職先を探していく。
里帆は前回、公共職業安定所を訪れた時に貰ったアドバイスを元に、事務職をメインに探していた。接客業の求人も覗いていたのだが、給与面で心配になった上、里帆自身が接客に対してあまり自信もなかったのだ。そのため今回は、事務職を探していた。
ラファエルはスマホを手にして、スクリーンを凝視している里帆の隣に黙って座る。
こうして後輩たちに舞を教えつつ、自身の再就職先を探す日々が過ぎ、休みの日がやってきた。
里帆はこの日、仕事へ行くときと同じ時間に起床した。しかし仕事の日よりも少しゆっくりとした動きで朝食を摂り、洗濯した洗濯物を干していく。
「里帆、おはよう……」
「おはよう、ラファエル」
そうしていると目覚めたらしいラファエルが寝ぼけ眼をこすりながら挨拶をしてくる。里帆は洗濯物を干す手を止めて振り返り、その挨拶に応えた。
「里帆、今日は休みじゃなかった?」
「そうだけど、行きたいところがあるの」
里帆は洗濯物を干す作業に戻りながら、ラファエルの疑問に返答する。その答えを聞いたラファエルは目をぱちくりとしばたたかせながら、
「行きたいところって?」
「公共職業安定所」
「あぁ……」
里帆の答えにラファエルは納得した様子だ。
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