四⑦

(あ、あれ……?)


 里帆がラファエルの顔を凝視しながら自分の身体の変化に戸惑っていると、


「里帆? 大丈夫? 顔が赤いけど、風邪、引いた?」

「だ、大丈夫よ。うん。今日は一段と寒いから、そのせい。それより、荷物持ってくれてありがとう、ラファエル」

「うん!」


 里帆の言葉に嬉しそうに元気よく返事をしたラファエルは、その後、へへへ、と笑顔になった。

 二人はそのままスーパーを後にして、寮であるマンションへと帰っていく。外は既に日が落ちて暗くなり始めており、街路樹の電飾は様々な暖かい色味で装飾されていた。

 寮であるマンションの部屋へと帰った二人は、スーパーで買ってきたオードブルとホールケーキを冷蔵庫へとしまう。それから肌着とカイロをそれぞれしまっていく。

 全ての片付けが終わったとき、里帆はラファエルへと向き直っていた。


「ねぇ、ラファエル」

「どうしたの? 里帆」

「ラファエルにとって、クリスマスはどんな日なの?」


 里帆は今まで不思議に思っていたことをラファエルに尋ねた。尋ねられたラファエルは一瞬目を丸くする。それを見た里帆は、


「天使にとって、クリスマスがどう言う日なのか気になって」


 里帆の追加の説明を聞いたラファエルはしばらく、んー? と考える素振りを見せていたが、突然ぽん! と手を叩く。そうして、


「神に選ばれし子の、誕生の日、かな!」


 あっけらかんと言われた里帆が今度は目を丸くする。


「天使は、その神に選ばれた子の誕生を、祝わないの?」

「どうして?」

「どうしてって……」


 言葉に詰まる里帆の元へと、ラファエルが近付いてくる。


「神に選ばれし子は、もういないでしょう? いない人は祝福できないよ」


 それに、と言ってラファエルが里帆の両頬に手を伸ばしてその大きな両手で里帆の両頬を包み込む。


「僕が今祝福したいのは、里帆、君だから」


 そう言って柔らかく微笑むラファエルの笑顔は、里帆の心臓の鼓動をどくどくと早くしていく。


「里帆?」

「えっ? 何?」


 言葉に詰まった里帆へラファエルが声をかけた。里帆ははっとし、ラファエルに気の抜けた返答をしてしまう。その返答を聞いたラファエルは、両手を下ろすとその左頬をぷぅと膨らませた。


「もう! 里帆、僕の話、聞いていなかったの?」

「き、聞いていたわよ? ありがとう、ラファエル」


 里帆は高鳴る心臓の音を無視するように立ち上がる。ラファエルがそんな里帆を見上げていると、里帆はキッチンの方へと向かって歩いて行った。


「夜ご飯?」


 ラファエルはそんな里帆の背中へと声をかける。里帆は振り返ることなくそうよ、と答えた。それは先程のラファエルの行動と言動で、赤くなる顔をラファエルに見られないようにするためだった。


 キッチンに立った里帆は買ってきたオードブルを皿の上に盛り付けると、レンジで温めを開始する。一皿目を温めている間に二皿目の盛り付けを行う。

 小さめのオードブルだったが、全部で三皿分になった。

 里帆は割り箸を二膳持つと、部屋の中にいるラファエルの前とその向かい側、自分の座る場所に置く。その様子を見ていたラファエルが、


「里帆? これは?」

「ラファエルの分。私一人じゃとてもじゃないけれど食べきれないから。手伝ってくれる?」


 里帆の言葉を聞いたラファエルが一瞬目を大きくするが、すぐに破顔する。

 ラファエルはクリスマスと言う日を祝う人間の習慣を知っていたのだ。そして里帆がその祝いを自分と一緒に行おうとしていることに、込み上げる喜びを押さえられずにいたのだ。

 ラファエルは笑顔のまま、


「ありがとう、里帆!」


 弾んだ声を隠すことなく、真っ直ぐな声と笑顔を向けられた里帆は思わず俯いてしまう。

 今日はこのラファエルの笑顔に振り回されっぱなしだ。この笑顔を見るだけで心臓は早鐘を打ち、顔は不自然に上気する。


(何なのよ、もう……)


「里帆?」

「……!」


 俯いて押し黙ってしまった里帆にラファエルが不思議そうに声をかけた。里帆はその声に弾かれたように顔を上げると、


「さ、ご飯にしましょう!」


 そう言って温めていたオードブルを運んでくる。ラファエルは並べられたオードブルを前に目を輝かせている。


「食べましょう。いただきます」

「いただきます!」


 二人はオードブルを囲んで、ささやかながらクリスマスの雰囲気を味わうのだった。

 食事を終えた二人は何を話すでもなく二人の時間を共有し、ゆっくりと過ごす。さすがに三皿分を二人で食べきることは出来なかったので、里帆はそれぞれの皿の中身を一つにまとめていた。そしてまとまったオードブルにラップをかけると、それを持ってキッチンへと向かう。


(手抜きの夕飯になってしまったけれど、ラファエルも喜んでくれたみたいだし、良かった)


 里帆はテレビに釘付けになっているラファエルをチラリと見やった。クリスマスの特番であるバラエティ番組に見入っているラファエルを見ていると、里帆の頬は自然とほころぶのだった。

 残ったオードブルを冷蔵庫へと片付けた里帆は、


「ラファエル。私、先にシャワー、浴びてくるわね」

「うん、いってらっしゃい」


 そうラファエルに声をかけるとシャワーを浴びるために浴室へと向かう。1人になった里帆はシャワーを浴びながら、今日一日の出来事がよみがえってくるのだった。

 買い物へ行くといつもラファエルはワクワクしている。その笑顔と好奇心は里帆の心をいつも穏やかにし、そして笑顔にさせてくれるのだった。

 そしてスーパーで荷物を持ってくれたときのラファエルを思い出す。


(意外とたくましい腕をしているのよね)


 それは普段のラファエルの言動や行動からは想像できない事実だった。

 里帆はまだ気付いていない。自分の中のラファエルの存在が大きくなっていることを。時間が出来ると考えるのはラファエルのことで、ラファエルとの時間であることを。

 シャワーを終えた里帆は冷蔵庫からミネラルウォーターを二本取り出すと、ラファエルの元へとやって来た。


「ラファエル、飲む?」

「あ! 里帆! おかえりなさい! 飲む!」


 笑顔を向けてくるラファエルに、里帆は胸がきゅうっと締め付けられる感覚になる。


(今日、私、変……)


 弟のような存在だったラファエルを急に男性として意識してしまった里帆は、暴れる心臓を止める手段が見つからない。

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