四⑥
「お疲れ様」
舞を終えた里帆は更衣室にて後輩のその労を労っていた。後輩の巫女は初舞台を終えて茫然自失の様子だ。里帆はその様子に微苦笑している。
「大丈夫?」
「あっ! 三浦さん!」
「ぼーっとしていたから、大丈夫かなって」
里帆の問いかけに後輩ははっとしたように声を上げる。
「私、ちゃんと出来ていましたかっ?」
「うん、一緒にやっていて、すごくやりやすかったわ」
里帆ににっこりと微笑まれた後輩の巫女は、少し照れたように笑っている。
「なんだか今、私、凄く気分がいいんです!」
後輩の巫女は少し興奮気味に言葉を口にする。
里帆に言われたとおり、新郎新婦の新たな門出を祝って舞ったことを。
「そうしたらこう、自然と身体が動いて……。あんな経験は生まれて初めてです! きっと私たちの祈りが神様に届いたんですね!」
嬉しそうに言う後輩の言葉に里帆は目を丸くする。まさかここで神が出てくるとは思ってもみなかったのだ。
(神様、か……)
不思議な自称天使の、ラファエルとの共同生活の中で、里帆は以前のように過剰に神の存在を意識することがなくなったことに気付いた。
神と言う単語を聞くと、以前はささくれのようにそそけ立っていた感情も、今はむしろ穏やかな気持ちにしてくれる。
(もしかしたら、本当はとても身近に神様はいてくれていたのかもしれないわね)
そして人知れず、自分たちを守ってくれていたのかもしれない。
そんなことをつれつれと考えていたら、
「……さん! 三浦さん!」
「あ、何?」
「結婚式、終わるみたいですよ!」
後輩に声をかけられた里帆は現実に戻ってくる。
「最後に私たちが祈った新郎新婦を見に行きませんか?」
わくわくとした様子で言う後輩に里帆は苦笑を返す。
「ダメよ。新郎新婦は見世物ではないのだから」
そう言って自分の業務を行うべく社務所へと向かうのだった。後ろからは後輩の巫女の残念そうな声が響いていた。
結婚式が終わると、いよいよ業務は年末に向けてのものに変わっていく。
クリスマスムード一色に染まった町の中では、どこからともなくクリスマスソングが聞こえてくる。木々たちが賑やかな電飾に飾られている中、職場である神社の中へと一歩足を踏み入れると、そんな町の浮かれた喧噪が嘘のように静寂に包まれる。
里帆たち巫女にとっては、クリスマスの町の喧騒よりも、迫り来る年の瀬の忙しさに備えることの方が重要課題となっていた。なぜならば、巫女服は非常に寒いのである。防寒対策をしっかり行っていなければ、年の瀬の業務はとてもではないが行っていけない。
そのような理由から、この日の休日、里帆は防寒用の肌着を新調するべく町の中の服屋へとやって来ていた。その後ろには当然、ラファエルの姿もある。
「どこに行っても、人、人、人だねー!」
「そうね」
里帆について回りながらはしゃぐラファエルに、里帆は短く言葉を返す。
年の瀬の近付いている店内では歳末セールが行われており、多くの人出で賑わっている。里帆はそんな店内で、真っ直ぐに目当てである防寒用の肌着を四枚まとめて手に取った。
「そんなに同じ物を買うの?」
「そう。一度に二枚は着込むから」
少し驚いた様子のラファエルに里帆は淡々と答えていく。
そして他の商品には目もくれず、里帆は四枚の防寒用肌着の会計をレジで済ませた。
店を出ると冷たい木枯らしが里帆の頬を撫でた。里帆はそのまま帰り道の途中にあるドラッグストアの中へと入っていった。ドラッグストアの店内も、平時より賑わいを見せており、否応なしに年の瀬が近付いていることを報せていた。
里帆は店内で特設されているカイロのコーナーへと足を向けた。ラファエルはそんな里帆の後ろを興味深そうにきょろきょろと店内を見回しながら付いてくる。
里帆は貼るタイプのカイロを大袋で手に取ると、レジへと向かった。
(そういえばここ、歳末クーポンが届いていたような?)
里帆はスマホを取り出して、ドラッグストアのアプリを開く。するとそこには歳末クーポン以外にクリスマス限定クーポンが届いていた。
(あ、クリスマス……)
里帆はスマホのスクリーンの隅にある日付を確認した。そこに記されている日付は十二月二十四日。クリスマスイヴの日付だ。
(すっかり忘れていたけれど、今日と明日なのね)
里帆は隣で相変わらず店内をきょろきょろと見回しているラファエルを横目で確認する。普段、自分のことを天使だと言っているラファエルだが、クリスマスについては何も言っては来なかった。クリスマスというと養護施設では一大イベントであったことを思い出すと、天使が何も言わないのはどう言うことなのだろうか。
(後で聞いてみようかな)
里帆はスマホのクリスマス限定クーポンを開いて、自分の会計の番が来るのを待つのだった。
一通りの買い物を終えた里帆は、帰り道の道中にあるいつものスーパーへと立ち寄った。クリスマスイヴと言うこともあり、店内はクリスマスソングに包まれている。そして特設コーナーにはクリスマス用のオードブルとケーキが山のように積まれていた。
里帆はその山をしげしげと見つめる。
「僕、知ってる! こういうのを『ご馳走』って言うんでしょ?」
後ろをついてきていたラファエルの声が弾んでいる。見上げるとその目はキラキラと輝いていた。
「今日は何かのパーティーなの? 里帆」
「今日はクリスマスイヴよ」
「あー! あの日か!」
里帆からの短い返答を受けて、ラファエルは何かを納得した様子だった。そんなラファエルを尻目に、里帆は小さめのオードブルと小さなホールケーキを籠に入れた。それから軽く店内を回ってからレジにて会計を済ませる。袋にオードブルと明日の食料を詰め込み、持ち上げようとしたとき、
「僕が持つよ」
そんな声と共に横から長い腕が伸びてきて、ラファエルが荷物を持つ。里帆が驚いてラファエルを見上げると、
「里帆はもう、たくさん荷物を持っているからね。こっちは僕が持つ」
そう言ってにっこり微笑むラファエルを見て、里帆の心臓が一気に跳ね上がった。それから顔に火が付いたように熱くなるのを感じる。
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