四④
洗い物を終え、シャワーの準備をしてから風呂場へ行く。ラファエルが傍にいる時間が増え、自分一人の時間はシャワーの時間などに限られているのだが、今回はその一人の時間に感謝する。
(ラファエルが近くにいると、どうしても意識しちゃう……!)
そう思いながらシャワーを浴びていた里帆は自分の額が熱くなるのを感じた。キスをされたところを中心にじんじんと熱を帯び、顔全体が火照ってくるのが分かる。
そもそも里帆は男性からキスをされた経験などもちろんなく、そのため否が応でもラファエルの存在を意識してしまうのだ。
(あんな無邪気に笑っちゃって……!)
おまじない、と言って笑っていたラファエルの顔が脳裏をよぎる。下心も何もなく、純粋に里帆の舞の成功を祈っての行動であることは伝わった。伝わったのだが、
(何も、キス、しなくたって……)
これではもう、どんな顔をしてラファエルに接していけば良いのか分からない。分からないが、
(ラファエルに下心が全くないことだけが、救い、かな……)
そう思った瞬間だった。
胸の、奥の奥の方がズキリ、と痛んだ気がした。
(え?)
不思議に思う里帆だったが、その胸の痛みはすぐになりを潜めてしまう。
(何だって言うの?)
疑問符を浮かべながらも、少し落ち着いた里帆は最後に全身にシャワーを浴びてから風呂場を出る。
服を着てから部屋に行くと、
「里帆!」
ラファエルが嬉しそうに声をかけてきた。そんなラファエルの笑顔を見た瞬間、里帆の心臓が一瞬でドクンと跳ねる。風呂上がりとは違う上気する顔を悟られないように、里帆は努めて平常を装い声を出す。
「どうしたの? ラファエル」
「髪の毛、乾かすでしょ?」
無邪気な笑顔で問われた。
「そうね。それがどうしたの?」
「僕、この前勉強したんだけど。人間の髪は早く乾かさないとこの季節、風邪を引いちゃうんでしょ?」
だから、と言ってラファエルは里帆の傍にやって来ると、里帆の身体を半回転させる。そして部屋の出口に身体を向けさせたラファエルは、
「これから僕が、毎日里帆の髪を乾かしてあげるね!」
「えっ? 毎日っ?」
驚いて里帆が声を上げるのを、ラファエルは楽しそうにうんうんと頷きながら里帆の背を押して洗面所へと移動させる。
こうなったラファエルはきっと、何を言っても自分の良い方に捉えるだろう。里帆は観念すると、
(髪、切ろうかしら……)
そんなことをこっそり思うのだった。
ラファエルは里帆がそんなことを思っているとはつゆ知らず、ご機嫌な様子でドライヤーを片手に長い髪を丁寧に乾かしていく。ドライヤーの轟音は会話をするにはあまりにも不向きなため、里帆は黙って鏡越しにラファエルを見つめる。
(嬉しそうな顔しちゃって……)
ラファエルの大きな手が髪を触れるたびに言い知れぬ恥ずかしさを感じてしまう里帆は、だんだんとその手元を直視できなくなり視線を外す。
(こんなに意識しちゃって、私、馬鹿みたい)
「でーきた!」
里帆が悶々としていると、頭上から楽しげなラファエルの声が降ってきて、ドライヤーの轟音が止まる。
「里帆? 出来たよ?」
「あ、うん。ありがとう」
「どういたしまして!」
考え事をしていた里帆は咄嗟にラファエルの言葉に反応できなかった。そんな里帆を不思議に思ったラファエルが声をかけてきので、里帆は慌てて返事をする。
お礼を言われたラファエルはと言うとその言葉に、にぱぁっと笑顔になる。
「ふふっ」
「何よ?」
突然笑い出したラファエルをいぶかしんだ里帆が声をかける。そんな里帆にラファエルは心底嬉しそうに、
「里帆と過ごす何気ない時間は、楽しくて嬉しいなって」
そう言って、へへへ、と笑うラファエルの笑顔に里帆の心臓はきゅぅっと締め付けられる。そんな里帆のことなど少しも分からないラファエルは部屋へと戻っていく。
里帆は突然の心臓の動きについていけない。
(何? 今の……)
何故自分の心臓が痛むのか、その場で考え込みそうになる里帆に、
「里帆ー! 明日に備えて今日は早く寝るんだよー?」
ラファエルが明るく声をかけてくる。
(まぁ、寝て忘れることも大事、かな?)
「今行くわ」
里帆は気持ちを切り替えると自室に戻って、ラファエルのいる方に背を向ける形でベッドの中へと潜り込んだ。
(今日はラファエルに振り回されてばかりだったわね……)
明日は、あぁ、結婚式の舞があったわね……。
練習通りやれば大丈夫、そう思っているうちに里帆はゆるゆると眠りの中へと沈んでいくのだった。
さて、里帆がベッドに潜り込んでしばらく時間が過ぎた。同居人となっているラファエルはそっとテレビを消して、電気の明かりを弱める。そうしているとすぐにベッドの上の里帆が健やかな寝息を立てだした。
ラファエルはそっと眠っている里帆の傍へと行く。里帆はラファエルに背を向けているため、その顔はラファエルからは見えない。しかしその規則正しい寝息から里帆が眠っていることは確かだった。
ラファエルはその寝息を聞きながら柔らかく微笑む。そして眠っている里帆の耳元に自身の口元を近づけると、
「大好きだよ、里帆」
そう甘く、低い声で囁いて離れるのだった。
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