四③
「それで、三浦さん。本当のところはどうなんですか? 彼氏」
ごくり、と喉を鳴らして真剣な面持ちで尋ねてくる後輩に、里帆は一瞬言葉に詰まってしまう。何故なら彼氏、と言う単語で脳裏をよぎったのは、
(ラファエル? いやいや、あの人、得体が知れないし。第一、彼氏と言うよりも弟みたいだし……)
「あ、その様子だとやっぱり、いるんですね? 彼氏!」
「えっ? いや……」
「いいんです、いいんです! この世界、彼氏のいないことが暗黙のルールですもんね! 私、神主さんには絶対に言いませんから!」
後輩の巫女は鼻息も荒くそう息巻いた。『神主さんには』と言うことは『他の巫女仲間には』話すという意味だろうか?
里帆はそんなことをつらつらと考えてしまう。そんな里帆に後輩の巫女はなんだか踏ん切りがついてスッキリしたような表情だ。どうやら里帆は盛大な誤解をされているようだったが、もうこうなってしまっては何を言っても逆効果になることを知っていた。なので短く息を吐き出すと、
「ほら、私の話はもういいでしょう? 明日の新郎新婦のためにも、また最初から合わせてやってみましょう?」
「はいっ!」
里帆の言葉に後輩は笑顔で返事をすると、二人は再び明日の舞の最終確認を進めていくのだった。
そして最後の調整も終わり、里帆は舞の練習を終える。
「お疲れ様でした!」
「お疲れ様。明日は頑張りましょう」
里帆は後輩の巫女に声をかけると更衣室で着替えを済ませてさっさと境内へと向かった。この行為がきっと、ウワサに拍車をかけていることは今日、理帆自身知ったことだったが、ウワサは所詮ウワサに過ぎないので、もう好きに言わせておくことにする。
(悪意のあるものでは、ないみたいだしね)
境内に出た里帆は、
「おかえり! 里帆!」
「ただいま」
笑顔で駆け寄ってきたラファエルを認めると、自身のその頬が自然と緩むのが自分でも分かる。
「またずっと待っていてくれていたの?」
「今日は自分の務めを果たしていたよ」
「ラファエルの、務め?」
里帆の問いかけにラファエルは曖昧に微笑むだけだった。
思えば、自分が傍にいない間のラファエルの行動を、里帆は全く知らなかった。知る必要もないと思っていた。それに、ラファエルの困ったようなこの笑顔を見せられては、詳しく訊く気も起きなくなるのだった。
「詳しくは訊かないであげるわ。さ、帰りましょう」
里帆はそう言うと、そのままスタスタと参道を歩いて行く。ラファエルはその後を小走りで付いてくるのだった。
帰宅途中で里帆は今晩の夕食の材料をスーパーで購入した。そうして帰宅してからは、朝に干していた洗濯物を取り込み、たたむ。そうして掃除を行ったりと、家事をこなしていくと、あっという間に時間は過ぎていき、夕食の時間になった。
里帆は夕飯を食べながらようやく一息つく。
「今日も一日お疲れ様、里帆」
「ありがとう、ラファエル」
ラファエルは食卓に座った里帆を労った。里帆はそんなラファエルに視線だけを投げて礼を言う。
「里帆は明日、いよいよ舞の本番?」
「そうね」
「そっか……。うん、うん、分かった!」
何が分かったのか、なんだか一人で納得してしまったラファエルを尻目に、里帆は自分が作った夕飯を黙々と食べていく。ラファエルが気にしていたので、里帆は最初の頃よりも時間をかけて食事を摂っている。
そして食べ終えると、食器を片付けるために立ち上がった。そんな里帆の様子を見ていたラファエルに、
「お皿、洗ってくるわね」
「あ! 待って、里帆!」
「何?」
里帆がラファエルに声をかけると、ラファエルは里帆を呼び止めて立ち上がった。里帆は皿を持ち上げようとしていたその手を止めて、傍に立つラファエルの顔を見上げる。
こうして間近で見ても、その肌は透き通るように白く、きめが細かい。奥二重の黄色の瞳は笑みの形にしている。
(相変わらず、憎らしいほど綺麗な顔立ちをしているんだから……)
里帆がそんなことを思っていると、突然その綺麗な顔が近付いてきた。そして次の瞬間。
(……!)
里帆は大きく目を見開くこととなった。
それはほんの一瞬の出来事であったにも関わらず、里帆にはラファエルの動きがスローモーションに映った。
ラファエルはその長身を折り曲げると、軽く、里帆の額にキスを落としてきたのだ。
驚いて目を丸くしている里帆に、里帆から顔を離したラファエルはその笑顔を深くすると、
「明日の里帆の舞がうまくいくように、おまじない!」
そう無邪気に言い放つ。
里帆はまだ声を出すことが出来ず、代わりにキスを落とされた自分の額を両手で押さえていた。
(何? 今の……)
混乱しそうになる頭の中を、里帆はなんとか鎮めていく。
「どうしたの? 里帆」
額に両手を当てたまま突っ立っている里帆に、ラファエルの不思議そうな声が降ってきた。その声に里帆は一つ大きく深呼吸をしてから、
「大丈夫よ」
「そう?」
何とか発した里帆の言葉にラファエルは心配そうな声を重ねてきた。その言葉に里帆はぎこちなく頷くと、皿を持ってキッチンへと向かうのだった。
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