四②
「それが里帆の望み?」
ラファエルのその疑問に里帆は視線を外すことなく頷く。それを受けたラファエルは大きく深呼吸を何度かすると、
「分かった! 里帆が望むなら、僕は応援する! それに僕は天使だからね。頑張っている人間は応援しなきゃ」
ラファエルは自分に言い聞かせるように言う。そして里帆の目を見つめ返すと、にっこりと微笑んで、
「頑張ってね、里帆!」
ラファエルにそう言われるだけで、里帆はこの忙しい師走も乗り切られると、そう不思議と確信するのだった。
「ありがとう、ラファエル。それとね……」
里帆は言葉を続ける。
これからはずっと、境内のベンチで自分のことを待っている必要はない、と。
「風邪でも引いたら大変だもの。暖かい場所に……、あ、鍵を渡すから、私の家に戻っていても構わないのよ?」
里帆の言葉にラファエルは疑問符を浮かべている様子だ。ラファエルは小首をかしげると、
「心配してくれてるの?」
「まぁ、ほら、インフルエンザの時だって、熱はなかったけど具合悪そうにしていたし……」
里帆はなんだか居心地の悪さを感じてしまい、ラファエルから視線を外すとゴニョゴニョと口を動かした。そんな里帆の姿を見たラファエルは笑顔できゅーっと目をつむる。そして手を小さくばたつかせたかと思うと、
「大好きっ!」
そう言って我慢出来ずに目の前の里帆に抱きついた。
「ちょっと! ラファエルっ?」
里帆は突然のことに焦った声を出す。そんな里帆にラファエルは、
「ぎゅーっ!」
そう言って腕に力を込めてくるのだった。
里帆が苦しくならない程度に力を込めてくるラファエルに、里帆は普段感じない男の部分を感じてしまう。
(ラファエルって、意外と筋肉質……?)
自身の身体を預ける形になった状態で、里帆はラファエルの胸板が思ったよりも厚いことに驚く。普段は何にでも好奇心旺盛で、笑顔を浮かべているラファエルは里帆にとって弟のような存在だった。そんなラファエルの身体をこんなにも身近に感じてしまい、里帆はその造りが男性的であると実感する。
(腕だって、こんなに太い……、ん?)
抱きしめられている腕に目をやったその時、視線を感じた里帆は思わず顔を上げた。
(……!)
そして絶句する。
少し考えてみれば分かることだった。そこには至近距離から自分の顔を見下ろしているラファエルの不思議そうにしている顔があったのだ。
「どうしたの? 里帆。急におとなしくなって」
「へっ?」
しばらく里帆はラファエルのその端正な顔をぼーっと見つめていたのだが、いよいよ不思議に感じたラファエルから声をかけられ我に返った。
「なっ、何でも、ないわ……」
尻つぼみになる里帆の声をラファエルはやはり不思議そうに聞いている。いたたまれなくなった里帆は、
「いつまで抱きついているのよ?」
そう言ってじとりとラファエルを見やる。
「私、髪を乾かさないといけないのだけれど?」
「はいはーい! その役目、僕がやりまーす!」
ラファエルは当然のことだと言わんばかりに片手を挙げる。そんなラファエルの様子に里帆は短く息を吐き出すと、
「分かったわ。お願いする」
「はーい!」
ラファエルは嬉しそうにそう言うと里帆をその腕から解放して立ち上がり、ドライヤーのある洗面台まで歩いて行く。里帆もその背を追うように立ち上がると、髪を乾かすために歩き出した。
それからの日々はラファエルも不機嫌になることなく、里帆の出勤を見送ってくれていた。
(結局、あの日のラファエルの機嫌、何で悪かったのかしら? 聞きそびれてしまったわ……)
里帆はそんなことを思う。
あの後、ラファエルは上機嫌で里帆の髪を乾かしていた。その後すぐに里帆が不機嫌だったラファエルに理由を訊いたのだが、
「いいから、いいから! 僕が里帆のことを大好きってだけ! 気にしないで!」
そう笑顔で返されるだけだった。
(また、はぐらかされてしまったわ……)
「……さん、三浦さん!」
「はい?」
里帆はいつの間にか思考の渦の中にいたようで、後輩の巫女からの呼びかけで現実に戻ってきた。今は明日に控えた舞の最終調整を行っているところだ。
「あ、ごめんなさい。私、ちょっと、考え事しちゃってて……」
「あ! 考え事ってもしかして、彼氏さんのことですかぁ?」
後輩の巫女はニマニマとからかう風の笑顔と声音で訊いてくる。里帆は目をぱちくりとさせると、まじまじと後輩を見つめた。
この娘は一体、誰の、何の話をしているのだろう?
里帆の疑問の声が聞こえたかのように、後輩の巫女は次の瞬間、自分の口に手を当てて、顔を真っ赤にしながら慌てたように口を開いた。
「あ、あれ? あのウワサ、嘘だったんですか?」
「ウワサ?」
里帆が訪ね返すと、後輩の巫女は自分たちの周りでまことしやかに囁かれている里帆のウワサ話について教えてくれた。
「だって、三浦さんって凄い美人ですし、物腰も柔らかくて。舞だって指先まで洗練されていて……」
だから、そんな人に彼氏がいないわけがない。加えて秋頃からは仕事が終わると今まで以上に素早く退勤して帰路に就いている。
「だからこれはもう、いよいよ彼氏が出来てしまったに違いないってみんなと話をしていた所なんです。あぁ、残念だなぁって……」
そして、こんなにも完璧な人のハートを射止めたのは一体どんな人なのだろう、と。
そんなウワサ話をされていたことはつゆ知らずだった里帆は、後輩の言葉に一体どんな反応を返したら良いのか分からず目をしばたたかせていた。
美人で物腰が柔らかい?
指先まで洗練されている舞?
彼氏?
……、全てに置いて全く心当たりがない。
目をパチパチとさせながら無言になって固まってしまった里帆を見ていた後輩は慌てている。
「ご、ごめんなさい! 私たち別に、悪意があってそう言う話をしていた訳ではなくて……」
「あぁ、いや……。怒っているとかじゃないの。ただ、ビックリしちゃって……」
ようやく現実に戻ってきた里帆が、少し呆けた様子で言う。それを見ていた後輩は上目遣いで、恐る恐る里帆に尋ねる。
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