14話「左と酒」
手に持ったままだったグラスを取り落とさなかったことは褒めて欲しい。想像以上にアルコールに弱かったこの身体だが、それはどうやら酒を“提供”した彼等も予想以上だったらしい。
「悪い悪い。まさかそんなに弱いとは思わなくてよ」
「リーダー大丈夫か? 一口目だったぜ?」
心配を通り越して呆れの表情を浮かべるロックとレイルの奥で、バーカウンターからバーテンダーも安心したような顔をしていた。
「素人が作る酒が危ないってのは本当だな」
「バカ、一応隠れ蓑のためだからちゃんと資格持ってるプロなんだぜ」
なあ? とロックが後ろを振り返るので、バーテンダーの男もその勢いに圧されるように頷いた。小さく「一応、ですけど……」とか言っているのが聞こえた。
「とにかくリーダー、おはようさん。任務前に話せて良かった」
隣に移動してきたレイルが、おしぼりで額を拭いてくれた。どうやら脂汗でも出ていたようだ。これではほとんど中毒症状じゃないか。情けない身体だ。
「すまないな。どうにも慣れない……突入まで時間は?」
「あと二時間ってとこだな。目が覚めて本当に良かったよ」
ロックがまだ酒を煽りながら答えた。彼の手元のグラスを見るに、どう考えてもあれから種類を変えて二杯以上はいっている。彼の目の前の灰皿には、吸い殻が山のように積まれていた。
「いくらここが特務部隊南部支部の隠れ家だからって、さすがに中毒症状起こしてる人間放置するわけにはいかねえよ。夜は一般の客も入るんだからよ」
隣に座りながらレイルが笑って補足してくれた。なるほど。どうやら、ここにいる人間は皆、全て特務部隊の人間のようだ。皆が皆戦闘要員ということはないらしい。バーテンダーの立ち姿を見るに、彼は非戦闘員にしか見えない。彼等特有の殺気があれば、さすがに気付く。
「ちゃんと営業している店なんだな」
「南部の軍は秘密主義者が多いからな」
唇に人差し指を当てながら、レイルが妖艶に笑った。その流れのままキスを迫られて、サクはそれを軽く受け入れる。視界の端でロックの目が細められたのが見えた。
彼女から仄かに甘い味が伝わり、サクは慌てて身体ごと離れる。それに笑ったのはレイルだけではなかった。ロックもニヤついた笑みを浮かべながら、サクの目の前のテーブルに腰掛ける。
「リーダーは甘い酒でもダメなのか? 僕にもちょーだい」
そう言いながら触れるだけのキスを落とされる。二人のペースにたじろぎながら、それでもサクの頭は任務のことでいっぱいだった。頭に残った憎悪の感情が、淫らな誘惑に塗り潰されるようなことはない。
変わらないサクの表情に、レイルもロックも――諦めたようだ。
すっと暗殺者の表情に戻ると、二人は今夜の作戦を話し始めた。話を続けるその顔が、どんどん獣の表情に変わっていく様を、サクは脳裏に焼き付けるように見詰めていた。
深夜二時。砂漠の国の繁華街からは少し離れた静かな住宅地。
一家族が住むには充分過ぎるスペースに高級感が漂うこの辺り一帯は、ある程度の富裕層の本宅があることで有名だ。まだまだ活気賑わう繁華街の喧騒も、時たま風に流れてくる程度である。道行く人の姿はなく、この手の建物によくある警備の人間も、敢えて門から奥まった屋敷の入り口から顔を覗かせる程度だ。
そんな高級住宅街の中に、まるで一国の主であるかのような豪邸が建っていた。ここにも他と同じように警備の人間の姿はない。
そして、生きた人間の気配も感じとることは出来ない。
厳重な警護を誇っていたその豪邸は、今では無惨な姿を晒すのみ。特務部隊の侵入口となった豪奢な門戸には、ひしゃげた大穴が開いており、大規模な爆撃があったことがわかる。そこから続く長い前庭も、夥しい量の“人であったもの”の残骸と血で赤黒く塗り潰されていた。そこかしこに散らばる銃弾により、蜂の巣にされたことが想像出来る。
メインである邸内のそこかしこに転がる骸から、侵入者達が招かれざる客であったことが容易に伺えた。かつては屈指の富豪だった者の豪邸は、一夜にして死神達により全てを塗り潰されてしまった。
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