8話「左と船」
今回の任務の目的地は、大陸南部にある中規模の街「デザキア」である。魔力を遮断する砂嵐に護られたその街は、大陸南部一帯の砂漠地帯を手中に収める砂漠の国の玄関口だ。
南部一帯を吹き荒ぶ砂嵐のために、この地方での移動は陸路に限られる。魔力を動力源にした乗り物の類は、全て無意味な鉄の塊と化してしまうためだ。そのためこの街には、長い砂漠縦断に向けての準備のために、たくさんの商人や冒険者が立ち寄る。そのため首都の「デザートローズ」よりも、この街の市場は活気があるという噂だ。
砂漠の移動には危険が付きまとう。それは古からその地を闊歩する殺戮兵器然り、大型に進化した狂暴な野生モンスター然り。命を充分に脅かす存在が蠢く砂漠には、それこそ腕に覚えのある者達しか挑むことがなかった。物流がそんな商人達頼みな砂漠の国にとって、彼等はまさに英雄であり、生命線でもあるのだった。
そんな商いの街に住む富豪宅の強襲が、今回のサク達の任務だった。砂漠の国は昔から、外に対しての閉鎖的な姿勢で有名だ。その理由には、物流の物理的な難しさもあるが、そもそもの砂嵐を隠れ蓑にした、秘密主義者が多いことが挙げられる。今回のターゲットもそんな者達の一人だった。
金のある豪商が、子飼いの科学者を囲って大規模なバイオウェポンの作成を行っているらしい。そんな情報をキャッチした本部からの命令で、特務部隊の突入計画が動き出したのが、つい十数時間前だった。まだ一日も経っていない。
「船旅か……なかなか慣れないものだな」
特別牢獄から出たサク、レイル、ロックの三人は、旅の準備を早々に整えて、その日の夕方には南部行きの小型船に乗り込んでいた。昼食は各自準備を整えるタイミングで軽食を済ませていた。軍に与えられていた自室が、そのまま残っていることに歓喜の声を上げていたレイルとロックの二人を見て、あの牢獄に囚われるということの意味を改めて考えさせられるサクだった。
「元陸戦隊さんは、海は苦手ってか?」
相変わらずのニヤニヤした笑みを浮かべながら、ロックが船室に備え付けられたテーブルの上に腰掛けた。傍に椅子が四つもあるというのに、行儀の悪い男だ。彼の手には、投獄時のまま保管されていた愛銃が握られている。
目的地に向かう航海中の小型船は、軍用の装備が整えられたものだ。目的地への自動運転機能を使い、一番広いスペースであるこの船室にて、サクは今回の任務について与えられた情報を整理していた。
椅子に座っていたサクを見下ろすようにロックはにっと笑うと、その愛銃を優しく撫でた。まるで壊れ物を扱うように優しい手つきだ。すっと細められる瞳が、男のサクから見ても思わず息を呑む程の色気を垂れ流している。男の暗殺者であるロックは、どうやらバイセクシャルのようで、本人から「僕は男でもいけるから、あんたが良いなら犯したいし犯されたい」と申告された。
その申告は丁寧に断りつつ、それでもサクも、彼のその端正な顔立ちを見るのはなかなかに心地が良かった。南部生まれらしいロックの美しい褐色の肌は、細身の彼の体型と合わさり、まるで女性のように――いや、より色気に満ちている。思わず誘われてしまいそうな、そんな妖艶さを、この暗殺者達は常に発しているのだ。そこに男女の差異はなく、暗殺者故の立ち振る舞いからくるものだった。
色気のある指先が、自身の愛銃――大型銃器に触れていく。
ロックはフェンリル所属のスナイパーである。超遠距離からの狙撃支援を主な任務として請け負う、遠距離戦のスペシャリスト。愛用の銃器には狙撃用ライフルの他に、魔力を詰めた弾丸を撃ち出すことが出来るレーザーキャノンと、敵からのある程度の銃撃はガードすることの出来るシールドも取り付けられている。非常に大きな荷物ともなっているその銃器だが、彼はその細腕で軽々と振り回し、そしてここまでも鞄に偽装したうえで背負ってきていた。
「船旅は初めてだ。わかっているだろうに……」
そう言って見上げると、その口元に白い歯が見えた。屈託のない笑みが広がったところで、その口が本題に入る。
「今、レイルが本部に定時連絡を入れてるが、おそらく明日の夜には目標地点を強襲だ。それまでにちゃんと、その頭にこの任務を叩き込めるんだろうな?」
今は姿が見えない彼女の姿を想像し、思わずサクは苦笑い。
この小型船は軍から用意されたもので、もちろん搭乗する三人全てが操縦することの出来るものだ。だが、少々“俗世間と隔離されていた”二人の知識では追い付かない外の変化に、気の短い彼女はご機嫌斜めで甲板に出て行ってしまったというわけだ。そのついでに本部への定時連絡をこなす辺り、やはりただ短気なだけではないということだろうが。
「もちろんだ。南部の地自体は歩いたことこそないが、それでも俺は“匂い”を知ってる。血に穢れた命を弄ぶ者達の、その汚らわしい匂いをな」
「獣の頭は狂犬の鼻を持つってか。いいぜ。僕もレイルもお前のことは気に入ってる。頭らしく命令を下してくれ。僕らが群れの手足になって、その穢れた奴等を噛み殺してやる」
ギラギラとした笑みを隠すことすらしないロックの様子に、サクもまた己の中で燻っていた憎悪の炎が燃え上がるのを感じていた。穢れた命を絶つために、サクはここにいる。
己の中の炎を隠すために、サクはなんでもないかのように襟を正す。ロックもレイルもそうであるように、サクもまた特務部隊の制服である漆黒のジャケットを羽織っている。
対魔繊維が編み込まれた情報迷彩付きの特製のジャケットは、正しくこの世の闇を体現したような色合いで、サクの身を包み込む。黒と白のコントラストを強調するような白シャツは、服装に無頓着なサクがそのまま支給品を着ているからだ。
目の前のロックは牢獄にいた時とはまた違う毒々しい紫色のシャツを着ているし、ここにはいないレイルもまた柔らかい薄い水色の女性らしい色合いのシャツに着替えていた。ちなみに男性陣のボトムは基本的にスラックスで決まっているが、女性はその限りではないらしく、彼女はレースのついた短いスカートを履いていた。相変わらずソックスで漆黒のカラーは守っているが、見た目だけなら町娘で通る可憐さだ。
「この身体のことも気に入ってくれ」
サクがそう言いながらくっくと喉の奥で笑うと、ロックもその好奇心旺盛な瞳でこちらを見てきた。金色の瞳が爛々と輝く。興味津々といった表情を、隠そうともしない。端正な顔が歪んでいく。
「……レイルもお前のことは気に入ってるからな。僕だけ抜け駆けはマズいんだって」
口ではそんなことを言いながら、彼は軽い身のこなしでサクの目の前まで移動すると、そのままその顔をサクに近づけてくる。彼の口元に張り付いた笑みの種類が変わっていく。軽薄そうな悪い笑みから、獲物を堕とす悪い笑みへと、その変貌を見せつけられる。
その時――
「……おい、ロック。てめえ、抜け駆けは無しだって、さっき言ったとこだよな?」
不機嫌極まりないといった表情で、レイルが船室の扉を蹴り開けた。スライド式の扉なのでそもそも蹴り開けるという行為自体が間違っているのだが、そんな扉からのギシギシと鳴る抗議なんてどこ吹く風。先程船室を出て行った時よりよっぽどご機嫌斜めな表情で、彼女はロックとサクの間に身を滑り込ませる。
椅子に座ったサクの上に跨るように座り、首にその両腕を掛けて上目遣いにこちらを見上げる。その行動全てが計算された偽りの好意で。そしてそれを理解したところで、本能に訴え掛けるその瞳の呪縛から逃げ出すことは容易ではない。蠱惑的なエメラルドグリーンの瞳に捕まったら最後、理性や建前なんてものはどこかに吹き飛んでしまうのだ。
「だったらこのまま三人でしちゃうか?」
間に挟まった赤髪を手櫛でといてやりながら、ロックがニヤついたままそう言う。その言葉に目の前に現れた瞳も笑う。どうやらこの二人にとっての異性とのそういった関係は、本当に特別な行為ということではないらしい。言動は、獣のそれだ。本能に忠実に、理性や道徳といったものとは縁遠い。
「リーダーが困ってるのは、いつものことだな」
そう言ってヘラヘラと笑い、レイルが膝の上から移動する。どうやらこの二匹の狂犬の扱いには、クリスも手を焼いているようだ。サクにはわかる。資料を見る限りでもあのリーダーは、日常生活においては“正常”な思考回路をしているらしい。
誘うような手が頬を包む。いつの間にかレイルが左側に立っている。そしてロックもそれに倣うように右側に、まるでサクを挟み込むようにして立っていた。目の前のテーブルには、作戦立案用の地図や資料といったものが並べられている。ちゃんと崩さないようにロックは気を付けていたようだ。
「今までおこったことも、これからやることも……身体も覚えてるんだろ?」
レイルが耳元で囁くように言った。蠱惑的なその息遣いに、サクの中が熱く滾る。
「なあ……どうなんだよ?」
試すような響きの低い声に、サクは頷くことしか出来ない。色欲を潜ませた二匹の獣に挟まれて、サクは静かに瞳を閉じた。
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