6話「右の恐怖」
――この扉の向こうはどうなっているのだろう?
思わずそう考えてしまい、扉を開ける手を止めてしまう。出口まで半分を切った、最初の牢獄に繋がる廊下で、サクは立ち止まってしまった。そんな彼に、レイルは何も言わずにニヤニヤした――本当にロックそっくりだ――笑みを浮かべている。
暫くその状況が続き、レイルも飽きたのか問い掛けてきた。
「開けない……いや、怖いのか?」
当たり前だ。今でこそ殺気は消えているものの、決してもう一度受けたい程心地の良いものではない。
「やっぱりあんたらは慣れてるのか? 奴には」
質問に質問で返してもレイルは気にしていないようだ。もう何度も繰り返したかのように、機械的に答える。
「あいつは……大切なリーダーだ。少々ぶっ壊れてはいるけど、本質的には私らと大差ないし、逆に精神的には弱いくらいだ」
レイルの言う“私ら”とはどういう意味だろうか?
一般人という意味で、なのか、フェンリルという意味で、なのか……
「クリスは自らの力に振り回されている。あんたは“妖刀”って知ってるか?」
「北部の呪われたカタナ、だったな」
大陸北部は、特に霊的な習慣が強い地域である。一般的な力の流動とはまた違うプロセスを用いることにより、他の地方にはない独自の戦闘力を発揮する。北部では特に、刀と札が有名だ。
刀は剣とはまた異なる刃物。ここ中央部では剣術が盛んだが、北部では刀が主流だ。職人達が鍛え抜いた刀身を、その使い手達が研ぎ澄ます。一流の名刀となると職人の精神をも取り込み、有り得ない程の切れ味を誇るという。刃や技で切るのではなく、精神により断ち切る、らしい。
だが時にそれは、自らをも滅ぼすことがある。本当に稀にだが、刀に精神を蝕まれる使い手も存在する。
使い手の精神が弱い場合、刀に込められた負の感情、または斬られた者達の怨念が籠り、使い手を惨劇のみを求める狂人――北部の人間は伝承に準え“鬼”と呼ぶらしい――へと変えてしまうのだ。鬼となった人間は、ただひたすらに周りのものに襲いかかる。そこに敵味方の区別はない。
「クリスはある程度の虐殺を行うと、刀の中で膨らんだ殺意に逆らえなくなる。命令すら聞けない危険分子なんて、組織には必要ないだろ?」
そう言って笑うレイルを見る。あの挑発的な笑みはもう見えない。あるのはただ、嘲笑うかのような表情のみ。
「……だから、あんな処置を?」
「ここは場所が場所だからな。この牢獄で死んだ奴も多い。そんな奴らの怨念にも、刀がなくても反応しちまうらしい」
牢獄に入りクリスと目が合った瞬間を、サクは思い出す。あの突き刺すような眼光の裏には、純粋な弱き人間の光があったのか。
「サク。あんたが入ってきた時、クリスの牢獄では怨念が渦巻いた。外の世界を羨む声が、獣の匂いに反応した。それにクリスは耐えられなかった」
そう苦しげに言った後、レイルはこちらに身体ごと向き直り頭を下げる。
「私らのリーダーは普段はあんな奴じゃないんだ。だから悪く思わないでくれ。すまない」
「本当に……慕われていたんだな。いや、クリスだけじゃない。あんた達の間には、他の者が入り込めない絆があるらしい」
思わず、そう被せるように慰めていた。いや、これは本心だ。その証拠に、もう彼に対する恐怖は薄れていた。何も知らない虐殺者ではなく、これから任務でコンビを組む女の、大切なリーダーなのだから。
「リーダーに挨拶は必要か?」
呆けたように頭を下げた体勢のままこちらを見上げるレイルに微笑み、サクはその扉に手を掛けた。
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