5話「右の安心」


 狭い牢獄から出たからだろうか、出口に向かう通路の途中にも関わらず、彼女は嬉しそうに伸びをしている。

 任務の説明をしながら歩いていたのだが、今にもスキップをしそうな軽い雰囲気で質問を返したりしている。こういうところは年相応で、全く危険な戦闘要員には見えない。この暗闇でも転ばないあたりはさすがだとは思うが。

「ロック達の牢獄は、このすぐ先だよな?」

 だが仲間を心配しているのだろう。すぐに上がった声のトーンも元に戻ってしまう。

 レイルを牢獄から出して、サクは気付いた。男を殺すために存在しているような殺人兵器が、何故男ばかりの部隊に存在出来るのか?

 レイルを初めて見た瞬間から抱いていた疑問だったが、すぐにわかった。

 彼女は――まるで男のようだった。口が悪く、下品。それがまたミスマッチの妙を醸し出してはいるが、少なくとも一緒にコンビとして行動するだけならば女として意識することはなさそうだった。

「女は猫を被る生き物だろ?」

 そう言って先を歩く彼女に、共感すら覚える。

 来る時はなかなか長く感じた道のりも、彼女との途切れない会話――説明が主だったが――のおかげで有意義な時間に感じた。あの濃厚な殺気は感じなかった。







「よぉロック! 生きているかぁ?」

「当たり前だろレーイル。僕がいないと寂しいくせに」

 おどけた調子で牢獄に声を掛けるレイルに、ロックも顔を輝かせる。先程と同じ距離感――触れてはならない防壁のせいだ――だが、二人の距離はもっと近く感じる。

――仲間なのだ。

 そう思った瞬間、サクは二人から目を逸らしていた。手持ち無沙汰を感じて、ルークの方を見る。

 彼もまた安心した表情で二人の様子を見詰めていた。レイルもたまに視線を投げ掛け、お互いに無事を確認しているようだ。

「まるで安い恋愛映画みたいだな」

 こんな状況でも、レイルの発言にはロマンの欠片もない。

「決して触れられない立場の相手ってか? そんなに良いもんかよ?」

 それにロックも笑って答える。お互いに信頼し合った――男女なので愛し合っていてもおかしくはないのだが――関係だからだろう。“部外者”にはわからない暖かい空気。これからの自分の居場所になるはずの場所だが、とても遠く感じる。

 そんな中、ロックがレイルに近付くように促した。ゆっくりと、防壁に触れるか触れないかの距離まで二人は近付く。

「なぁ、レイル……キスしてくれよ?」

 そして突然、真面目な顔をしてロックはそう言った。







 正直、この男は頭がおかしいのかと思った。あまりの禁欲生活に、防壁のことなどすっ飛んでいるのかと。

 思わずレイルを見やる。彼女も笑っていた。しかし彼女は近付いた距離を戻すどころか、顔はだんだん上を向いて――彼女が小柄なためかなりの身長差だ――、その妖しい光に満ちた瞳を閉じる。

 その反応に満足したのか、ロックも彼女を抱え込むように抱き締める。器用に格子の隙間から腕を伸ばし、ゆっくりと口づけを交わす。お互いがお互いを求めるような激しい動きと卑猥な水音に、サクはまたもや目を逸らす羽目になる。今回ばかりはルークも居心地が悪そうに、奥で横になっている。

 固く腰に回された腕が震える。ジャケットの袖の部分の痛みが目立つその腕を離しながら、ふぅっと息を吐いて、ロックはようやくレイルを解放した。離してからもまだレイルを見詰めながら微笑む。

 レイルもまた彼に微笑み返し、そっとサクの後ろにまわった。少しだけ、居心地の悪さは無くなった。

「もうお別れの挨拶は終わった。また会おうぜ」

 そう牢獄の二人に声を掛け、レイルはさっさと出口に向かってしまう。

 仕方なく後を追うサク。そんな彼にロックは沈黙し、ルークは「……こんな場所にはあんまり来るもんじゃない」と文句を投げ掛ける。

 どうやらこちらの気持ちは筒抜けだったらしい。

「すまないな」

 そう返し、扉に手を掛ける。

「……来たいならあんたの勝手だけどな」

 ルークはこちらを見ずにそう言った。

「……じゃあ、またな」

 ルークに軽く手を上げ、サクは出口に向かう。牢獄のベッドにぶっ倒れているロックが目に入り、思わず笑ってしまう。

 どうやら防壁は“内側から触れた対象”にしっかりと作用したらしい。やはり彼らは自分と同じ人間なのだ。防壁に長時間触れていれば、魔力を吸い尽くされて倒れてしまう。急に彼らが自分と近くなった気持ちになった。








 扉の闇の向こうに消えるサクの背中を、ルークはじっと見詰めていた。痛みがまだ引かない手首をもう片方の手で押さえて、ほんの少ししか触っていないだけで出来る痣ではないと改めて思った。

 ルークは呟く。それは問うべき者が答えられないせいだ。

「……なぁロック? ぶっ倒れてるとこ悪いんだが、なんであんなもの渡したんだ?」

 重い扉の閉まる音が、その声をかき消した。

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