第9話 土曜の初めまして
一通り読み終えて一言。
「魔具とやらを確認してみよう。俺が体温を調べた時にはなかったはずだ」
「分かった」
そうして、仕切り布の向こう側へ。
「こんばんは、初めまして」
俺は亮の妹──
「こんばん……は?」
若干警戒の色を灯した目をしながら、不安そうに兄を見つめていた。それでも挨拶を返すあたり、しっかりした子だ。
「こいつは俺のダチでな、瀬賀凍夜っていうんだ。お前の見舞いに付き合って来てくれた」
紹介に合わせて、俺も軽く微笑みかける。
「何があったか覚えてないかもしれないけど、まず兄ちゃんに左手を見せてくれ」
混乱の最中にいる妹に畳み掛けるように要求する兄。どう見ても情報処理が追いついてないだろう。人の心がないのか。
案の定、訳もわからず言われるがままに左手を掛け布団から引き抜き、兄に見せるように開いて見せる。
小指には、室内灯を反射する銀細工。
「ッ……!!」
息を呑む気配がした。
最低限の確認は済んだ。亮にも整理の時間が必要だろうし、残りのフォローは、今後の俺がやろう。
「そういや、面会8時までだろ?」
言外に帰宅を促す。電話どころじゃなくなってしまっている。それに面会時間ももう若干過ぎていた。
「いや、でもよ……」
「こんな時間から退院の手続きなんて不可能だろうし、また明日出直したほうがいいだろう」
「……」
「親御さんにも、こんな事態は電話より直接説明したほうが分かりやすいし、何より、確認するにも説明するにも、状況を整理する時間が必要だ」
「……そうだな」
「不可解な点が多いけど、結果的には良いニュースだ。本人に軽く説明して、俺らは一旦帰ろう」
情報過多で処理しきれていない級友に畳み掛けるなんて、人のことを笑えない所業だ。俺に人の心はないのかもしれない。
だが、少し強引だったかもしれないが、今はこれでいい。
その後、亮はトラブルに巻き込まれ倒れたこと、左手の指輪がそれを解決してくれたこと、それを外してはいけないことを伝えた。
「兄ちゃんもまだ理解しきれてなくてな。詳しいことは明日改めて話すよ。おやすみ」
手短に済ませ、そそくさと退散する。外的要因に迫られる形の別れではあったが、じっくりと考えに耽りたい心理だったことは想像に難くない。
病院前で、急用があればメッセージを飛ばすようお互いに言って別れた。
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全く突然、目が覚めた。
何がなんだか分からなかった。気付いたらお兄ちゃんがいて、その友達がいて、自分は入院しているみたいで、思考がついていけていなかった。
言われるがまま左手を見せ、良く分からないまま良く分からない説明をされて1人になった。
トラブル?指輪?ちんぷんかんぷんだ。
そうやって分からないことについて考えていた時だった。
「ッ!?」
全く突然、人が現れた。音もなくいきなり現れたのだ。まるで瞬間移動だった。
先程まで何もなかった空間に、突如として現れたのだ。これ以上混乱させるのは勘弁して欲しい。
それでも不思議と、危害を加えられるような感じはしなかった。
その人は若い男の声で、こう告げた。
「君には全てを知る権利があり、私にはその説明責任がある」
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