第8話 土曜のプランA

廊下に出てから、上手い誤魔化し方を考えていた。クリアすべき条件はいくつだろうか?


指輪を外させてはいけない。

昏睡の理由と、覚醒の理由を認識させなければいけない。

それでいて、


一つずつ列挙して確認していたそんな折、病室内で物音がした。想像より早い目醒めのようだ。

しょうがない。プランAでいこう。


扉が開かれる。視線の先には濡れた目、震える唇、くしゃくしゃになった顔。


もえが、妹が、起きた」


まったく、なんて顔をしてるんだか。

「本当か!?」

知ってたけど。あくまで驚きを装い、駆け寄る。


「なんでか分かんねぇけど、急に目が醒めたんだ」


「よかったじゃないか。親御さんに連絡しなきゃ」

肩を抱くようにして軽く叩きながら、再び病室へ戻りつつそう返し、会話で自然に誘導する。

律儀に電源を切って、カバンに入れていた亮のスマホへと、その意識を。


「あぁ、そうだな!公衆電話ってどっちだっけ?」


……律儀が過ぎた。いや、過ぎた動揺か。


「このフロアは精密機器とかないらしいから、そこのテラスに出ればスマホ使えるって」

仕方ないので、廊下で見たアナウンスを伝えた。公衆電話と違って家族内通話なら無料だ。


「サンキュ……」


感謝の言葉は、短く途切れた。

その視線の先には、。コピー用紙だ。

それが、亮の肩掛けカバンの外ポケットから、存在を主張するようにはみ出していた。


四つ折りのコピー用紙。一般には何も特別な要素のないそれだが、この町では違う意味を持つ場合がある。


「……」


用紙を手に取り、そのまま開く亮を無言で見つめる。

軽く流し読んだ亮に壁際まで連れられる。

目醒めたばかりの妹とは仕切り布を隔てた入口近くだ。


「これ……どう思う?」

わずかに震える手で見せられたそれを目で追う。


『二階堂亮殿

突然だが、私は君に2点、謝罪をせねばならない。

にと言うべきだろうか。

まず1つは、この手紙について。突然のことで驚かせたことを謝罪したい。

次は、君の妹さんについて。彼女を昏睡させたのは氷属性者だ。この街で氷属性者の犯罪を防げなかったことを謝罪したい。

さて、ここまででさとい者なら気付いたと思うが、一応自己紹介だ。と言っても、私に名乗るような名前や称号はない。世間で使われる"中途半端な魔法使い"を拝借させてもらおう。私はその人だ。


それを踏まえて、簡潔に説明しよう。

君の妹に掛けられた魔法は"凍結"。対象を物言わぬ人形のようにしてしまう悪辣あくらつな魔法だ。

これを無効化するには魔法式を肉体に刻むか、魔具を身に付けるかの2つしかない。私は後者を選んだ。左手の小指にあるのがそうだ。詳細な効果は省くが、それを外せば彼女はまた元に戻るので遠慮してくれ。

それを掛けた犯人は、今頃この街の取調室の中だろう。

いささか以上に説明足らずだろうが、私の自衛のために多くを語らない保身を許して欲しい。どうか息災で』

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